【短編小説】四葉のクローバーと義兄妹
「いらっしゃいませ。お食事ですね。空いてる席へどうぞ」
私はドアを開けて入って来た客に、ホールの方を示しながら微笑む。
この町の食堂と酒場を兼ねる宿屋が、受付兼ウェイトレスとして住み込みで働く私の住処でもある。
私には再び会って思いを伝えたい人がいる。ここで働いていれば会えるかもしれない。
そんな不確かな可能性に賭けて生きる私に、転機が訪れようとしていた。
この世界には12の神がいる。
栄光・秩序・誇りを司る光の神、炎・熱・活力を司る火の神、石や岩・鉱物や金属・頑丈さや忍耐力を司る土の神、植物・豊穣・生命力を司る森の神、海や川・寛容さ・柔軟な発想を司る水の神、飛行や移動・他者との交流・行動力や自由意思を司る風の神、眠り・夢や幻・安らぎを司る月の神、知性・思慮深さ・未来予知を司る星の神、美しさ・芸術や創作・こだわりを司る美の神、氷や雪、冷静さや鋭さ、真理への探究心を司る氷の神、闇や影・死や不死・独立心や隠匿による保護を司る闇の神、本能や快楽・執着や一途な思い・革新を司る血の神、の12神だ。
人々はその中から2神の加護を受けて生まれる。
第1神の加護は目の色として、第2神の加護は両手足の爪の色として現れる。加護とは神との結び付きであり、それによって魔法などの力を発揮できるが、同時に思考や生き方に強い影響を受けるものでもある。
遥か昔、神の間で諍いが起こり、神々は3つの陣営に分かれた。光の神を中心にする光陣営と、闇の神を中心する闇陣営、そしてどちらにも属さず中立を保った中立陣営だ。
光陣営には、光、火、土、森の神が属し、闇陣営には、闇と血の神が属した。中立陣営には、水、風、月、星、美、氷の神が属した。
神々による戦いは熾烈を極め、それは人々の間にも及んだ。光と闇の陣営に属する神の加護を受ける者達は、自身を加護する神のために戦った。
そして劣勢になった闇陣営の神によって、戦いに特化した様々な生物が生み出され、それらは怪物と呼ばれて恐れられた。
人々の住む世界は荒れ果て、世界の破滅を望まない神々は、反目しながらも戦いを停止した。1年に1度だけ、特別に言葉を伝える日を設け、それ以外は関わり過ぎないように人々からは離れて存在している。
世界は12の国に分かれ、それぞれの国で12神の内1神を国神として奉った。それぞれの国には第1加護を持つ者が多く集まったが、新たに生まれる者は、その国の神の加護を持つとは限らなかった。
同陣営の神や、中立陣営の神、そしてわずかながらも敵対陣営の神の加護を持つ者も生まれた。それはさながら神の気まぐれのようでもあり、どの神の加護を持ってどの国に生まれるかは、人々のその後の人生を大きく左右した。
それぞれの国ではそのような者のために、同陣営の神や、中立陣営の神の神殿が、小さいながらも建てられた。
神の加護。それは、神の意思であり神による庇護と支配。
これは、神の加護に影響される社会の中で、翻弄され葛藤しながら生きる者達による、2神の加護の世界の物語だ。
風の王国に住んでいた私が両親を事故で失い、母の姉にあたる伯母を頼ってこの土の王国に来たのは10年前。伯母の旧友に連れられてやって来た当時の私は、まだ7歳だった。
両親を失った悲しみに打ちひしがれ、新しい土地での生活に不安で一杯だった私を、伯母は温かく受け入れてくれた。
当時伯母の家に住み、私と入れ替わるように出て行ったのは、星属性の青紫色の瞳に月属性の紫色の爪、銀髪に褐色の肌と尖った耳を持つ、半闇エルフの若い男性。
同じく星と月の魔術師である伯母の弟子であり、伯母の元へ来た私に遠慮するように、使い魔であるオッドアイの白猫を連れてこの町を旅立って行った。
伯母は、独立した弟子である彼をその後も気にかけていて、興味を持った私に問われるままに、彼のことを話してくれた。
彼は人間の父と闇エルフの母の間に生まれた半闇エルフであること。ここ光陣営の国では闇エルフは怪物と認識され、その血を引く半闇エルフも忌み嫌われていること。
彼がまだ乳児の頃、父は既に亡くなっており、闇陣営の属性を持たないにも関わらず闇エルフの母は暗殺されたこと。この町の乳児院、そして孤児院にて暮らすようになった彼は、学校でも街中でも苛烈ないじめに遭い、傷つき心を閉ざしていたこと。
そんな彼が10歳の時に弟子として迎え入れたのが、町外れの家に1人で住む伯母だったこと。伯母が、どこにも居場所がない彼の居場所となり、学校で学ぶ以上のことを教えながら少しずつ彼の心を癒したこと。
彼の召喚した使い魔が不思議な力を持つオッドアイの白猫であること。彼は修業にて魔術師として独立して生計を立てられるだけの知識と技術を身に付けたこと。
6年を経て伯母は彼に卒業の証として、伯母の物と対である、星の神の守護宝石であるアイオライトと、月の神の守護宝石であるアメジストの耳飾りを渡したこと。その後彼は、星の王国の王都で魔術師として生活していること。
話を聞いた私は、彼の過酷な生い立ちに衝撃を受け、極端に偏狭な土の王国の民の思考と行動に、悲しみと憤り、やるせなさを感じた。
そして、卒業と独立が決まっていたとは言え、私が来たことで、慌ただしく居場所を奪うように旅立たせてしまったことに、申し訳なさも感じた。
しかし、幼かった私が世の中の仕組みを知り、伯母の話を真に理解し、そのような心境に至るには時間がかかった。既に彼が出て行ってから随分の時が経っていた。
彼からは1年に1度くらい手紙が来ていたが、その返事の中に私の思いをしたためたものを同封したとしても、かえって今更? と思われるのではないかと躊躇う内に年月は流れ、完全にタイミングを逸してしまった。
彼のような特殊な事情を持たない私は、当たり前のように町の学校へ通った。伯母から教わることも多かったが、残念ながら彼程には魔術師の素質はなかったため、早々にその道は諦めた。
この世界に生きる私達にはそれぞれ寿命がある。伯母の寿命は49歳と定められていた。伯母の49歳最後の日は、私は16歳になって半年経った頃だ。
16歳なら成人と認められる年齢ではあるものの、若い女性である私が町外れの1軒屋に1人で住むのは、色々な面で安全とは言い難かった。そのため、伯母亡き後は伯母の家を売り払い、街中にて住み込みで働くのがベターと思われた。
この世界には本職・副職・予備職の、3つまで職業を習得でき、ギルドに登録して働くことで様々に恩恵を受けることができる。私は本職を商業接客者、副職を薬師、予備職を賢者とし、宿屋に勤めることを決めた。
土属性の者は真面目で実直だが頑固で気難しく、不愛想で接客には不向きな者が多いため、商業接客の職は需要が高い。私の第1加護の美属性も、客を惹き付ける要素として重用された。第2加護の森属性は薬師として、伯母から学んだ豊富な知識は賢者として保持することにしたのだ。
伯母からは、薬師や賢者を本職にするよう勧められたが、それでもあえて私が商業接客者として宿屋に勤めることにしたのは、宿屋なら彼と再び会える可能性もあるのではないかと考えたからだ。
未来予知を司る星の神の魔術師である伯母は、彼が旅立って以降、2度この地を訪れることを予知していた。
そして、9年間私を養ってくれた伯母が亡くなり、私は既に勤めていた宿屋で、今は住み込みで働いている。今では17歳だ。
10歳の時に町から発行された世界共通の身分証であるパーソナルカードを眺める。伯母の死後、親族欄に記されていた伯母の名前は抹消されている。
死亡時等の緊急連絡先として登録しておける親族は、実の親子兄弟等の血縁のみならず、養父母・養子から義兄弟まで、かなり縛りは緩い。義兄弟など、当人同士が了解の上で双方申請しさえすれば認められる。
にもかかわらず全くの天涯孤独。それはきっと彼も同じだろう。
彼と実際に会ったのは、生前の伯母の家で1度だけ。それでも、その風貌、顔立ち、声色を、日々私は可能な限り思い起こしている。
この町を訪れるであろう彼を、私は待っているのだ。
もはや今更と思われても構わない。長く伝えそびれていた思いを伝えたい。そして伯母の死後、新たに胸に宿った思いも。
「いらっしゃいませ」
扉が開いたのに気づいて声をかける。入店したのは、フード付きの長衣を着た銀髪の若い男性だった。
星属性を示す青紫色の瞳。そして月属性を示す紫色の爪。フードを被った頭部からちらりと見えるのは尖った耳。そしてその耳にあるのは伯母が着けていた物と同じ、アイオライトとアメジストの耳飾り。顔立ちも記憶のものと似ていた。手には魔術師の杖、足元には茶色がかった黄色と薄い青色の瞳を持つオッドアイの白猫。
待ち望んだ彼と何もかも合致するのに、唯一の違いは肌の色。その男性は褐色ではなく白い肌であり、人間なら20歳過ぎ頃に見える半エルフの青年だった。
「宿に泊まりたい」と言った声には聞き覚えがあるように思えた。しかし受付で宿帳に記された名前は彼を示すものではなく、やはり別人なのかと思いながら、私は2階の部屋へと案内した。
食事の時間を伝え、部屋を辞する前に、私は意を決して言ってみることにした。
「あの……私、魔術師ディアナの姪の、セフィアと言います」
目の前の青年は頷くと何かの呪文を唱え、彼の白い肌は褐色へと変わった。
「魔術師ディアナの弟子、ジルクだ。君を迎えに来た」
「やっぱり別人じゃなかったんですね! よかった……」
喜びの声を上げる私の前で彼が呪文を唱えると、褐色の肌は再び白くなった。
「月魔法による幻影だよ。揉め事を避けるためにも、僕は僕であることを隠す必要がある」
彼が用心するのも、彼がこの町で受けた酷い出来事の数々を思えば、当然のことだろう。
「迎えに来た、ってどういうことですか?」
伯母が亡くなって独りになった身を心配してのことなら、1年以上経っているのはやや不自然でもあった。
「使い魔であるメルクの目を通して見たんだ。満月の夜、この町が海からの大津波に飲み込まれる幻をね」
淡々と話しながらも、彼の表情はやや複雑そうでもあった。
未来予知の魔法を使える星の魔術師ならあり得なくない話だ。もっとも、彼がその魔法を習得する前から、この使い魔は過去と未来を見せるという不思議な力を持っていた、と伯母から聞いていた。
「満月……って明日の夜じゃないですか!」
「そう。明日の朝にここを立とうと思っている。それまでに君も、ここを離れる準備をしておいて」
驚く私に淡々と返される言葉を聞きながら、それがあまりにも淡々としていることが気になった。
おそらく彼の行為は、恩義に対する義務的なもの。あくまでもただの義務。そして、そう思わせている原因は、私自身にある。
「ごめんなさい……!」
込み上げて来る思いが胸を締め付ける。頭を下げた私の視界が涙で滲む。
「ずっと……謝りたいと思っていました。慌ただしく居場所を奪うように旅立たせてしまってごめんなさい。……伯母さんとのこと、遠慮させてしまってごめんなさい……」
「もう……いいよ」
顔を上げた彼の顔には、大きく揺れ動く感情があるようだった。
「もう、いいんだ。君が悪いわけじゃないってことは、わかってる。それでも……謝ってくれてありがとう」
そう言う彼の声は震え、目には涙が浮かんでいた。
今まで彼を傷つけたどれ程の者が、彼に謝っただろう。多くの者に傷つけられながら、そのほとんどの者から謝られることはなかったのではないか。そう思うと、更に胸が締め付けられ、私は首を横に振りながら溢れる涙をこぼした。
「未来を知っても、僕にできることは多くはない。僕にできるのは知らせることくらいだ。だから水の神の神殿にこのことを伝えた後は、この町を離れるよ。留まれば、魔術で災いを起こしたと誤解され、揉め事になりかねないから」
私は涙を拭いて頷く。
「水の聖職者なら、津波の力を弱めて、被害を可能な限り抑えることができるかもしれません」
私の言葉に頷きながらも、彼はあまり期待していないようだった。水の聖職者が実際にどれ程の力を発揮できるのかは、私にもわからない。それに彼にとっては、恩義に報いた後のこの町の行く末には、あまり関心はないのかもしれない。
「明日の朝までに準備しておきます。店には、迎えが来たから故郷の風の国に帰る、とでも言っておきます。あの……迎えに来てくれて、ありがとうございます」
精一杯の微笑みで礼を言う私に、彼も静かに微笑んで頷いた。
その後、宿屋の店主夫婦には、迎えが来たので店を辞めて故郷に帰る、と伝え、惜しまれながらも、そういうことなら仕方ない、と了承された。
晩の食事時に2階から降りて来て、隅の席で使い魔と共に食事をする彼を、入店した20代半ば程の3人組の男達が、ジロジロと見ていた。
運ばれて来た食事を食べながらも彼を気にする様子の男達は、「やっぱりあいつ、半闇に似てないか?」、「まさか」、「でも魔法で肌の色を変えているのかも」などと話していて、心配する私をドキリとさせた。
やがて酒に酔い始めた男達は、かつて彼に行ったいじめの数々を大声で楽しげに語り合い、「止める大人もあまりいなかったし」、「この国では俺達の方が正義」、「あんな目障りで不快な奴、存在自体が罪」などと身勝手な放言で盛り上がっていた。
腹立たしさに戦慄く私と目が合った彼は、静かに首を横に振ってみせた。ここで騒ぎを起こせば、彼が幻影で肌の色を変えてまでこの町に来たことが台無しになる。
私は怒りをぐっと抑え込み、彼は感情を見せない表情のまま、食事を終えて使い魔と共に2階へと上がって行った。
それをちらりと見送った男達は、「魔法で肌の色を変えて復讐に来たのかも」、「まさか」、「やられる前に確かめた方がいい」、「さすがに1人で部屋にいる時までは魔法をかけてないだろうし」と、やや落としたつもりの漏れている声量で話し合っていた。
その後、仕事のフリをして彼の部屋を訪れ、用心するよう忠告する私に、彼は平然とした口調で、心配いらないと言った。
翌朝早く、旅立ちの格好で階下に降りて来た彼を見て、同じく旅装の私は胸をなでおろした。
昨夜は大丈夫だったかと問う私に、彼は、襲撃はあったが睡魔を召喚して無力化したから問題ない、と話して驚かせた。男達は2階の廊下で、私達が旅立った後にしか目覚めないくらいにぐっすり眠らされているとのことだった。
「連中を傷つけるのは簡単だけど、先生から教わった魔術を貶めるようなことはしたくないから。せいぜい無害な正当防衛までだよ。それに、僕が幸せになることが一番の復讐だと、先生も言っていたからね」と、静かな表情で彼は言った。
私と、彼と彼の使い魔はそれぞれに朝食を取り、私は宿屋の店主から昨日まで働いた分の給料を受け取った。今まで住み込みで働かせてもらった礼を言うと、宿屋の店主夫婦からは今までの働きを労われ、これからも元気で暮らすよう言われた。
こうして私と彼は、旅立ちに向けて宿屋を後にしたのだった。
水の神の神殿を訪れた私達を迎えた神官に、彼はあらかじめ書いておいた手紙を手渡した。自身が関わったことは町の者に口外する必要はない、と念を押す彼は、名声など一切興味がないようだった。
神殿を辞した後、彼にそう伝えると、「誤解や曲解で無駄に悪名を広めるよりいいよ」と言われた。本来の姿を隠していてさえ昨夜のように言われてしまう彼が、そう思うのも仕方がないのかもしれない。
乗合馬車の出発時刻までの間に、伯母の墓参りをすることにし、2人で共同墓地へと向かった。
使い魔の名前はどうやって決めたのか尋ねる私に、彼は使い魔であるオッドアイの白猫に目をやりながら、「自分に似た名前にしたかったのと、後は何となく」と答え、私は微笑ましい気持ちになって笑みを漏らした。
共同墓地に到着し、私達は伯母の墓前で祈りを捧げた。
私は彼に、この町を出た後再び訪れたのは今回が初めてかと尋ねた。彼は、実は2度目だと答えた。伯母が亡くなった直後頃、墓参りのためだけに訪れたのだそうだ。
当時、墓前には既に花が供えてあったと言う彼に、それはおそらく私だと告げると、彼もそうだろうと思っていたそうだ。そして彼は、私と思われる後ろ姿をちらっと見たものの確かめなかった、とも言った。
それだけ複雑な思いがあったということだろう。おそらくわだかまりも。改めて、昨日謝ることができて良かった、と思わせられた。
私は生前伯母が、彼は2度この町に戻って来る、という予知をしていたことを伝えると、彼は酷く驚いた顔を見せた。そして、「……先生には、全てお見通しだったんだな……」と言って、嬉しいような困ったような、苦い笑みを浮かべていた。
「ジルクさん、パーソナルカード、持ってますよね?」
懐から取り出してみせる私に、彼は、「あぁ、持ってる」と言って自分のものを出してみせた。世界共通の身分証なので、持っていて当然だ。
「見てもいいですか?」と尋ねる私に、彼は自分のものを差し出した。私も自分のものを彼に渡す。彼のパーソナルカードの親族欄は、やはり空欄だった。
私は彼にパーソナルカードを返し、自分の分を彼から受け取ると、意を決した。
「ジルクさん、私と義理のきょうだいになりませんか? ジルクさんが兄で、私が妹」
これが、私が彼に伝えたかった、もう1つの思い。
「私もジルクさんも、天涯孤独でしょう? 義理のきょうだいなんて、薄い関係かもしれないけど、何もないよりいい。私達は、時期は違ってもあの家で育った者同士なんだから、義理のきょうだいって言えると思うんです」
私の言葉に、彼はいい顔を見せなかった。
「僕は……君のきょうだいには相応しくないよ」
「どうして?」
尋ねる私から目を逸らして彼は続けた。
「僕は、この町が大津波に飲み込まれる幻を見ても、君を迎えに行くかどうか迷った。そんな、冷たい奴だよ」
私へのわだかまりや、この町への複雑な思いがあれば、それは迷いもするだろう。行ったら行ったで、昨夜のようなことを耳にして嫌な思いをするのも想定できる。それでも。
「……それでも、来てくれたじゃないですか! ただ、私を助けるために。それが、それだけが、紛れもない真実です!」
彼は首を横に振った。
「僕は君を助けるよ。でも、この町のことは、当てになるかどうかわからない水の神の神殿に丸投げして背を向けるんだ。
僕は別にこの町がどうなったって構わないと思っているから。僕の言葉なんて、この町の人々は何一つ聞き入れないばかりか、災いは全て僕のせいにするだろうと思っているから」
振り絞るように発する彼の言葉が、胸に痛かった。
「歪んでるよね。わかってるよ。でもこれが僕だから、仕方がない。
君はこんな僕をきょうだいとして誇れはしないだろう? ……そういうことだよ」
それでも、私は諦めるつもりはなかった。
私は、共同墓地に生えるクローバーの群生を見つめながら、森属性の特技である『四葉探し』を発動した。そして見つけられた四葉のクローバーを採ると、彼に差し出した。
「そう思うのも仕方がないことだと思っています。だから、非難も軽蔑もしません。私はただ、あなたに幸せでいてほしいんです。伯母がそう願ったように」
彼は私の瞳を探るように見つめた。
「四葉のクローバーは、幸せをもたらすと言われています。でも、その四葉のほとんどは、成長過程で踏まれたりして傷ついたものが、3つに葉が分かれるところを4つに分かれた、奇形なんです。傷ついても逞しく生き延びた結果が、特別な存在になっているんです」
私は彼の瞳を見つめ返し、言葉を続けた。
「あなたも四葉のクローバーと同じです。傷ついても逞しく生き延びたことを、私は尊敬します」
「僕は……半闇エルフだよ。今は僕の方が年上に見えるけど、長寿である闇エルフの血が混じっている僕は、成人とされる16歳以降は、人間の半分の早さでしか年を取らない。見た目では、8年後には同い年だし、それ以降は君に追い抜かれてしまうよ」
彼は俯くと口ごもったように言った。
「そんなこと関係ありません。いくつに見えても、あなたは兄、私は妹。私があなたの居場所になります。いいでしょう? ジルク兄さん」
彼は私の言葉に小さく頷くと、四葉のクローバーを受け取り、私を抱き締めた。その体は震え、嗚咽を堪えているようだった。
私は彼の背に腕を回してそっと抱き締め返した。彼は私に抱き締められるまま、静かに泣いていた。
涙が落ち着くと、彼は体を離して頭を垂れ、伯母と、星と月の神にお礼を述べた。
私達は微笑み合って共同墓地を後にし、乗合馬車に乗ってこの町を離れた。
その後の町には、大津波が押し寄せたものの、事前に人々を避難させ、津波の威力を抑えた水の神の聖職者達によって、死傷者も行方不明者もなく、大規模的な被害に至らずに済んだという噂だ。その話に、彼の名は含まれていない。
私達は、私の故郷である風の王国に立ち寄り、私の両親の墓参りをしてから、彼の住む星の王国の王都へと辿り着いた。役所で義兄妹の申請も済ませ、私と彼のパーソナルカードには、それぞれ親族が追加された。
取りあえずは宿屋暮らしだが、彼とは、いずれは2人で暮らすための小さな家を借りたいと話している。
私のことを知人に紹介する度に、彼は、「いい顔になったな」と言われている。それは彼が以前より幸せ、ということだろうか。
そんな私の思いに答えるかのように、彼の使い魔であるオッドアイの白猫は、尻尾を振りながら頷いてみせるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
よかったら「スキ」→「フォロー」していただけると嬉しいです。
コメントにて感想をいただけたらとても喜びます。
サポートしていただけたら嬉しいです。いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。