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部屋と作業着と私

僕の社会人デビューは1998年。

勤務地は、横浜にある食品工場で、仕事は技術職と言えば聞こえはいいけど、実態はいわゆるライン工、ばりばりのブルーカラー=肉体労働者だった(実際に作業着も水色だったしね)

特に原料職場に配属された最初の2年間は、一個20kgの原料をひたすらパレットに積み替えたり、包材をむいてコンベアに運び続けるヘビメタ級の重労働だったから、社宅(駅前の借り上げマンション)に帰るなり、ベッドの上にバタンキューと倒れ込み、そのまま泥のように寝てしまうことも度々だった。

しかし、そんなただでライザップに通っているような毎日を過ごしているうちに、いつしか筋肉も(当時の体脂肪率は12%)スタミナもついてきたので、さすがに平日はきつかったけど、週末には趣味を楽しむ余裕が出てきたのだった。

そんな僕が趣味としてまず始めたのは英会話だった。

職場の人たちの、いわゆる、飲む、打つ、買う的なワイルドなノリに付いていけず工場ではほぼ無言を貫いていたのに、たまたま入ったクラスの雰囲気が自分にフィットしていたのか、ここではいつしかムードメーカー的な存在になっていた。

一方で、典型的なお登りさんだった僕は、横浜にはいっさい目もくれず、東京Walkerや散歩の達人を握りしめて、東は浅草から西は吉祥寺まで東京都内の主要都市のほとんどをぶらりひとり旅した。

そして、最終的には、その中で自分的にいちばんしっくりときた下北沢と当時、ミニシアターが沢山あった渋谷をハシゴするというパターンに落ち着いた。

また英会話をきっかけに出来た彼女のおかげで、横浜駅西口、関内、桜木町を中心にハマの街にもずいぶん通うようになっていた。

そして、入居直後は何もなく殺風景だった部屋も、気づいたら、そんな街歩きの戦利品に囲まれた、良くも悪くも、ポップカルチャー好きな僕らしい部屋=立派なオタク部屋に育っていた。

ちなみに、当時の部屋の様子をイラストにしてみたのがこちらだ。

字が下手過ぎでゴメソ

テレビデオでは、駅前のTSUTAYAではないレンタルショップで借りたATG系を中心としたマニアックな古い邦画をたくさん観た。

そのテレビの背後の壁には、テアトル新宿で観た千原ジュニア主演の「ポルノスター」のポスターとミニシアターでゲットした映画のチラシをベタベタと貼り付けた。

部屋のフォーカルポイントとなる下北沢の山本商店で買った楔どめの古い日本の飾り棚には、当時、自分が可愛いと思ったモノたちを好きなだけ散りばめた。

その対面に位置するパイプベッド沿いの壁一面には非売品の椎名林檎の「本能」の特大ポスターが飾られていた。

これは、当時、付き合っていたガールフレンドが、林檎ちゃん好きの僕のために、会社帰りに京急品川駅のホームに貼られていたものを同僚の女の子とふたりで強奪したものである。

つまり、立派な窃盗品なわけだけど(笑)、若い女の子が2人、大きなポスターを抱えながら夜のホームを駆け抜けるシーンを想像すると、いまだにエモい気持ちになる。

そんなある日のこと。

遅番で夜遅く帰ってきた僕がいつものようにリモコンでテレビをつけると、そこには、

見たことのないツインタワーのビルから黒い煙がモクモクと出ている映像が映し出されていた。

一瞬、映画かなと思ったけど、映像やナレーションの様子から、これは今まさにリアルタイムで起きている出来事であることに気づくのにそう時間はかからなかった。

あまりのことに茫然自失としている僕の目の前で、そのビルの横っ腹にジャンボジェットが突っ込み、ビルからオレンジ色の炎がぶわっと立ち上った。

これほどまでに人間の憎しみの禍々しさを可視化した映像を見たことがなかった僕は声を失いながら、

きっと世界は、こんなふうに僕らがお互いに憎しみ合った末に滅びるのだ

つまり、これこそ世界の終わりの予行演習なのだ

そんな風に思った。

などというヘビーな思い出も含めて、社会人成り立ての多感な時期を過ごしたこの部屋は、いまだに自分にとってとても特別な存在感を放っている。

そういえば、ちょうど今くらいの季節に

「揺るぎない幸せがただ欲しいのです。僕はあなたにそっと、そっと言います」

という歌詞からはじまる

くるりの「春風」

を彼女と肩を寄せ合って聴いたのも、この部屋だった。

小説家志望で、ポストペットのアカウント名をharuhiにするくらい村上春樹が好きだった彼女から

「あなたには才能があるわ」

と何となくさみしそうに言われたのもこの部屋だった。

彼女が僕のいったい何を差して才能があると言ったのかは分からないけれど、

とにかく今も僕はこうやって、一向に脚光を浴びる気配もないのに、くだらない駄文を書き続けている。





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