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医師転職において「CAN」を具体化する

 前回は「WILL」の番外編で<高年俸クリニック転職で留意すべきこと>を書きました。今回は「WILL-CAN-MUSTのフレームワーク」から「CAN」について考察します。
 「CAN」は、自分の過去から現在までの価値、生まれ持った資質や、経験により培われた「できること」を指します。この「CAN」の具体化にあたっては「量的に表現する」ことと「エピソードで語る」ことが重要という記事です。

「CAN」とは何か

 「CAN」とは、これまでの経験により培われた「できること」を指します。医師の転職では専門分野、得意な手技や症例数、取得済みの専門医資格や博士号、発表論文などが主に臨床面での「CAN」にあたり、その内容が「履歴書」に記載されます。また、「履歴書」には書かれませんが、臨床能力以外で「CAN」に含まれるものに「コミュニケーション能力」や「マネジメントスキル」があります。これらはエージェントから付加情報として伝えられ、面談の場で確認されます。

医師は「匿名略歴書」で、事前に「キャリアチェック」される

 一般人の転職では「実名履歴書」と「職務経歴書」で書類審査を行い、書類通過後に採用面接が行われます。採用面接では、質疑応答のなかで具体的な確認がされ「募集している仕事を任せられるか」を判断します。これを「キャリアチェック」といいます。

 医師転職では、実名履歴書ではなく「匿名略歴書」が使われます。これは転職活動をしていることを大学医局や現職場に知られないようにするためです。医師の数は全国でも33万9623人(令和2年12 月)です。その府県の専門医資格を持つ医師に、卒年や出身大学を組み合わせれば特定できるくらいの狭い世界です。もし教授に医局員の転職活動がバレたら、あとで大変なことになります。

 このため「匿名略歴書」では氏名や住所は伏せられますが、年代と性別、専門科目と経験年数、取得資格や経験症例数、転職で実現したい希望条件が記されています。
 問題は、この略歴書で面談前に「キャリアチェック」が行われ、意外なほど「見送り」にされていることです。募集内容とは明らかに違う応募なら仕方がありません。でも要領を得ないエージェントが作った書類が敗因になるので注意が必要です。

 要領を得ない書類とは、応募医師の「高望み条件」が並んで「病院が採用したくなる理由」のない「匿名略歴書」を指します。「WILL」は高望みでいいのですが、<フレームワークで整理する⑤>に書いたように、優先順位をつけて「WILL」を「市場価値」に具体化しないと独り歩きします。求人先には「絶対条件」として提示されてしまいます。

 病院関係者は「冒険」を好みません。採用可能性の低い医師と面談をして、あとで断るなら「時間の無駄」と考えます。「高望み条件」の医師との面談後に「不機嫌になる院長」を想像するのも嫌です。だから匿名略歴書で「キャリアチェック」して「採用したくなる理由」がなければ見送ります
 そんな大事な書類なのに、現物を見ると驚かれるほどの杜撰さです。
面倒がらずに、先生自身で自己分析と病院分析を行って、備えておくべきだと思います。

「キャリアチェック」は、本当に雇って問題ないかを確認する

 さて面談での「キャリアチェック」です。
まず最初に尋ねられるのは現在の職務内容です。ここで仕事に取り組む姿勢をチェックします。仕事への「思い」と「行動」について具体的に返答できて、その「結果」を量的に語れたら「キャリアチェック」は合格です。
 次に聞かれるのは転職理由です。すぐに辞める医師かどうかが気になるからです。続いて医師のコミュニケーション能力やマネジメントスタイルについての質問が続きます。もしコミュニケーションに関する質問のなかで「先生の性格」を聞いてきたら、自院の組織文化(カルチャー)との相性を探っています。

 事務方では判断できないのが「診療スキル」です。これは院長や募集科の医師が、これまでの仕事内容や経験を詳しく聞いて判断します。本当のところは、医師の診察現場をみなければ判りません。それゆえに面談では「量的表現」や「具体的なエピソード」を交えて、具体的なイメージを伝えることが大事になります。

「病院が採用したくなる理由」を準備する

 「CAN」を具体化するとは、言ってしまえば「先生を採用する理由」を客観的なデータや具体的なエピソードを用いて説明することです。
同様に「やりたくないこと」は、できることでも特別にアピールする必要はありません。

 たとえば「症例数」と「専門医資格」が履歴書に書いてあれば、スキルや経験はある程度は推測できます。でも「こんな工夫をして患者満足度を上げました」というエピソードが、先生から語られたならどうでしょう。
 「コミュニケーション能力」や「マネジメント・スタイル」は、履歴書には書かれないので、実際の経験に基づいたエピソードを準備しておきます。

 面談で一般論は要りません。「コミュニケーションの重要性」を語っておきながら「そうしない医師」に何人も会っているからです。それよりも「コメディカルとの情報共有のために、こういう行動をとり、これらの成果を上げました」というエピソードを通して、具体的な成果を語る先生ならどう感じるでしょう。私が採用担当者なら絶対に確保したいと思います。

キャリア作成補助シートを使って具体化する

 キャリアを整理するために、紙やエクセルのシートを用意します。時系列にそって棚卸しをします。

キャリア作成補助シートの例

 まずシートの左端の列に入職、退職の「在籍期間」を記入します。
「在籍期間」の見出しの行に「施設名」「科目」「職責」「取得資格」「職務内容」「客観数値」の項目を作り、それぞれの下にある対応セルに情報を記入します。「客観数値」のセルには具体的な数量(期間中のGF:1000例、CF:500例など)を記入します。これで時系列での「キャリアの棚卸し」を量的にも把握できます。

 エピソードの欄には、それぞれの在籍期間中に経験した「コミュニケーション」や「マネジメント」のエピソードを思い出して記入しておきます。
 これは「思いや志」「行動」「その結果」「振り返り・学び」の4つの要素にわけておき、それぞれに簡潔な文章で記述します。
こうしておけば「普段から~している」とか「何事についても~します」といった抽象表現はしないで、具体性をもった言葉でエピソードが語れます。

 もし先生の履歴に「空白」があったり、転職回数が多い、年齢的に不利と感じるなら、念のため「キャリアの振り返り」はしておくべきです。
 空白期間は「何をしていたか、どう過ごしたか」の記入がポイントです。転職回数は医局都合なら問題ありません。転職回数が多く、一貫性がないなら素直に内省して自身の課題を書き入れておきます。もし年齢的な問題が気になるなら、直近で「成長したエピソード」を書き込みます。いくら経験があっても、惰性で働く医師は忌避されるからです。

 このシートは提出しません。ただ「職務経歴書」にまとめておくことで、エージェントとの事前打ち合わせがスムーズになります。病院が何を重視しているか把握するエージェントと相談して「病院が採用したくなる理由」を自分のなかに見つけます。

重要なのは「事前の転職準備」

 転職活動は医師主導で動きます。いくら病院が面談を希望したところで、応募するかどうかを決めるのは医師です。だから病院は「キャリアチェック」を事前に済ませて面談に備えます。その意味で面談は「答え合わせ」にすぎません。事前の準備で「転職という問題を解く」という取り組みのほうがよほど重要です。

 エージェントは医師の立場を代表し、病院に医師の価値を伝える役割です。しかし先生に1時間ほどインタビューしただけで、完璧にキャリアを理解することは難しいでしょう。そのうえ「先生を採用したくなる理由」まで作りこむエージェントは寡聞にして知りません。
 履歴書作成と同時に自分のキャリアを振り返って、エージェントに武器を渡すつもりで「職務経歴書」にするのが賢明だと思います。

 次回は「CAN」で重視される「コミュニケーション能力とは何を指すか」について考察します。


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