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コミュニケーション能力とは何を指すか

 前回の記事<医師転職において「CAN」を具体化する>では「CAN」は「量的に表現する」ことと「エピソードで語る」ことが重要だと書きました。
 今回は「CAN」のなかでも、特に重視される「コミュニケーション能力」に触れますが、実は「コミュニケーション能力」が何を指すのかについては多様で、かつ不明瞭です。そこで今回の記事では、全体像を把握するため「階層構造」について確認します。

「コミュニケーション能力」が指す内容は「あいまい」

 「コミュニケーション能力(以降、コミュ力)」は、採用で特に重視される能力です。しかし「コミュ力」という言葉は、さまざまな意味を持ち、それが具体的に何を指すのか「曖昧」なまま使われます。

 病院への求人ヒアリングから察するに、医師に求める「コミュ力」とは、患者さんやスタッフの話を「よく聞いて」「分かりやすく話をする」という「基本スキル」を指すようです。
 一方で、チーム医療に不可欠な「協調性」や「関係調整力」といった「対人スキル」を重視するケースもあります。また、よくよく伺えば、以前にスタッフを委縮させる「すぐ怒る」医師に懲りて、コメディカルと揉めない「温厚な医師」を希望していたりです。

 それぞれ期待する内容やレベルは異なりますが「コミュ力」の高い医師に、高い患者満足度や院内の人間関係、チーム医療の質向上を期待していることは間違いありません。

 あと本音では「コミュニケーションに不具合のある医師」を採用したくありません。詳しくは次回説明しますが、医療事故の発生やコメディカルの離職に、チームリーダーである医師の「コミュ力」不足が大きく影響するからです。つまり「コミュ力」不足の医師には、医療事故の「フラグ」が立っています。

「コミュニケーション能力」を整理したENDCOREモデル

 多岐にわたって論じられる「コミュ力」ですが、その概念を整理した学説の一つに「ENDCOREモデル」があります。(下図)

 この説は、コミュニケーション能力が階層構造にとらえられ、全体像が分かりやすいので、本記事では「ENDCOREモデル」をベースに「コミュ力」を考えます。

藤本学(2013). パーソナリティ研究, 22, 156-167.より
「コミュニケーション・スキルの実践的研究に向けたENDCOREモデルの実証的・概念的検討」

 「ENDCOREモデル」は、コミュニケーションスキルの諸因子を統合した学説です。縦軸の下から基本・対人・社会・文化とスキルがレベル分けされています。

基本・対人の両スキルが合わさったのが個人の「コミュニケーションスキル」です。その上に、社会的相互作用としての「ソーシャルスキル」、さらにその上に文化・社会との交流「ストラテジー」という階層構造になっています。転職では、組織や社会文化背景から切り離して個人の「コミュニケーションスキル」を検討します。図では着色された部分が対象です。

 コミュニケーションスキルをみると「基本スキル」の上に「対人スキル」がある2層になっています。それぞれ管理系、表出系、反応系の3系統で整理され、6つのスキルに分かれます。

「基本スキル」は自己に焦点

 「基本スキル」からみていきましょう。個人の「コミュニケーションスキル」の扇の要部分にあるのが「自己統制」です。ここが「コミュ力」の基底部です。その上に表出系の「表現力」と反応系の「解読力」があります。この3つのスキルが「基本スキル」です。自己レベルのスキルになります。

 「自己統制」は、自分の感情や行動をコントロールできる力のことで「管理系」スキルです。衝動や欲求を抑えて、感情に流されずに冷静に善悪を判断し、周囲の期待に応じて行動できるスキルとされます。

 この自己統制の上にある「表出系」スキルが「表現力」です。
表現力」は、言葉だけでなく身振りや表情を適切に使って、自分の意見や感情を明確に、効果的に伝えるスキルです。技術としては、自分の考え・意見などを「私」を主語にして伝える「アイ・メッセージ」があります。

 同じく「反応系」のスキルが「解読力」です。
解読力」とは、相手が伝えたいと思う「考えや気持ち」を正しく読み取るスキルです。患者さんが「大丈夫です」と口で言っても、声色や視線から不安を感じていると察知できるように、非言語的な要素を含めて相手からのメッセージを解読します。より深いレベルのコミュニケーションのスキルで「傾聴」の技術はここに含まれます。

基本スキルの出力とバランスについて

 基本スキルの「自己統制」「表現力」「解読力」のそれぞれが高水準で、バランスが良いと、医師の「人間性」や「信頼性」が高く評価されます。
 一方、基本スキルの「自己統制」が弱く「表出系」が強いと協調性を欠き、相手を無視した自己主張をします。時に爆発したように怒る医師がこれにあたります。転職では、こうした医師を一番警戒します。「コミュ力」不足で「怒る医師」は、情報の送受信の不全だけでなく、周囲に余計な「プレッシャー」を与え、コメディカルの離職ドミノを引き起こしかねないからです。

 もちろん、患者さんの命に関わることで医師が怒ることは当然です。
でも振り幅が大きく「瞬間湯沸かし器」と陰で噂をされるようなら、「アンガーマネジメント」技術を習得しましょう。
「自己統制」を伴う「自己表現」を心がければ、他者の感情を配慮した「コミュ力」が発揮できるようになります。

「対人スキル」は他者との関係性に焦点

 前述した「基本スキル」は自分に焦点がありますが、その上の層を成す「対人スキル」は、他者との関係性に焦点があります。これを構成するのは「自己表現」「他者受容」「関係調整」の3つです。この「対人スキル」のトレーニング法もいろいろ開発されており習得が可能です。

 まず表出系の「自己表現」とは、自分の意見や立場を理解してもらい、相手に受け入れてもらう能力です。相手が受け入れるかどうかは「自己表現」スキルに大きく左右されます。相手が納得しない場合でも柔軟に対話し、自分の考えを具体的な事例やデータを用いて「論理的に説明して受入れさせる」スキルを指します。「ロジカルシンキング」の技術がここに含まれます。

 「他者受容」とは、特に人間関係を良好に保つために必要なスキルです。相手の意見や立場に共感し、友好的に相手の意見を尊重できる「共感力」と言えます。他者受容のスキルを持つ人は、信頼されやすく、チーム内の協力を得て良好な関係を保ちやすくなります。

 コミュニケーションスキルの外縁が「関係調整」です。これは人間関係を第一に考え、意見や感情の対立に適切に対処できるスキルを指します。
 チーム医療では、様々な職種が協働しますが、同時に意見や感情の衝突も起こりやすくなります。この時に、関係調整のスキルを持つ人が仲介役となることで、対立を解消したり、適切なフィードバックや評価を行ってチーム内の雰囲気や関係性を改善します。チーム医療を円滑に進めるための「要となる人物」に求められるスキルです。

「コミュ力」はトレーニングできる

 階層構造を確認することで、転職で重視される「コミュ力」が何を指すかが判断できます。
 あまりに「自己統制」が弱い医師は要検討でしょう。基本スキルが満たされるなら、どこの病院でも要求水準はクリアします。
 採用の重点が「チーム医療」や役職者の募集なら、対人スキルの水準、特に「関係調整」が確認されるはずです。
 全体に「表出系」が強ければ能動的で社交的です。反対に「反応系」が強ければ受動的でおとなしい感じです。「管理系」が強いと万能型に近づき、弱いとコミュニケーションが取りにくくなります。

 この6つのスキルは、生来のパーソナリティと思われがちですが、トレーニングで伸ばせることが知られています。「管理系」「表出系」「反応系」のうち弱いスキルを鍛えれば、バランスのとれた「コミュ力」が身に付くとされます。

 現在は、医学部で患者コミュニケーションを学ぶ機会がありますが、コメディカルとのコミュニケーションを学ぶ機会は少ないと思われます。
実際、能力の高い医師ほど何でも一人でやります。そのほうが手っ取り早く、他職種とのコミュニケーションも要りません。このためコメディカルと良い関係を築く医師は少数派です。つまり、コメディカルとの「コミュ力」のエピソードがある医師は、希少価値が高いということです。

 今回の記事は、転職における「コミュ力」をテーマにしましたが臨床医として生きるうえで「コミュ力」はもっと重視されるべき大事な能力かもしれません。

 次回はリスクヘッジという観点からの「コミュ力」と、その評価について考えます。


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