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     共謀

共謀――小説
 虚士(きょし)が小学5年(昭和35年) 頃の話です。早春のある晩、祖母と母は住職の法話を聞きにお寺へ、父は集落小組合の寄り合いへ、行き弟達はすでに眠りに就いていて、虚士と兄の修一が留守番役となりました。
 
 修一が虚士に言った。「だりもおらんごなったな!」(誰もいなくなったな)「なんか、うんまかもん食おごたある!」(何か美味しいもの食べたい)食いしん坊の虚士もすぐ反応して「なんかあっと!」(なにかあるの)、修一が目をギラギラさせ「こん畳の下にあっと!」(この畳の下にあるよ)
 
 虚士が「みかんじゃろもん」(みかんだろう)と言い、乗り気になって来ました。
 虚士の家では、前年の晩秋に収穫したみかん(主に温州蜜柑)を床下(深さ1.5m程の空間)に貯蔵して、現金が必要になると少しずつ取り出して牛深(16Km程離れた魚港町)で小売りをしていました。貴重な現金収入源です。
 
 修一は早速、床下への入り口の畳を上げ、下板を片側に寄せ、虚士に懐中電灯を持ってくるように促し、梯子でさっさと下りて行きました。
しばらくすると「こりゃーうんまかばい」(これは美味しかろう)と言って、きれいで大きなみかんを箱ごと持って来て虚士に、「ほら!取れ」と言いました。 
 
 虚士は、ここで泥棒している事に気づき「こぎゃん良かみかんはおごらるるばい!がさごろみかんで良か!」(こんなに良いみかんは、叱られる、見栄えの悪いみかんでいい)
 修一は「これがうんまかろうもん」(これが美味しいよ)と言って、自分の分は畳の上に上げました。「おごらるるときゃいっしょばい!」(叱られる時はどっちもいっしょだよ)

 
 虚士は気が小さくて、ぐずぐずしているので、修一は、自家消費用に保存してある、質の悪いみかんを持って来て、「こんならよかか!」と言って虚士に渡しました。が欲の深い虚士は「やっぱりあっちがよか」と売り物のみかんを受け取りました。
 
 畳の上に上がった修一は、急いで下板を敷き直し、畳を元に戻して、「へへへーこっでわからん」と言って座り込み、みかんを手に取りました。
 
 修一と虚士は、皆んなが帰ってこないうちに食べようと、こそこそと聞き耳を立てながら急いで食べました。みかんの皮は家畜の牛の糞の中に捨て、匂いが残らないように、磨き粉を付け歯磨きして、石けん付けて手洗いまでして、やっと安心しました。
 
 家族が帰ってくる前に寝床に就つきましたが、虚士は悪行がバレないかと不安になり、なかなか寝付かれませんでした。
 
 普段は美味しいみかんの味も、何を食べたのか忘れてしまう程で、「このように、どんなに綺麗で美味しいみかんでも、こそこそ隠れて食べるみかんは美味しくない、見栄えの悪いみかんでも皆んなで笑いながら食べるのが美味しい」と気づきました。
                      終わり
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので ”小説”としました)
 

虚子少年の生活圏


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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