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アリゾナ・ドリーム

Arizona Dream (米・仏) 1992, Emir Kusturica, 2h22
★★★★

初めて見たときの感想を発掘。んでここへ。だから感想は当時のものだよ。


悔しくも理解出来ない

エミール・クストリッツァ。かなりクセのある監督さんだ。自分のスタイルをきっちり確立。独特の美学で我が道を突き進む。

現実と登場人物の見る幻、わざとらしさを超えたコテコテの表現を、これでもかと散りばめる。ファンタジーの表現が恐ろしくストレート。風変わりというには癖のありすぎる人達がおりなす世界。

見る夢のような奇妙なできごとをポンと映像化、それが次々に現れる。他人の夢に彷徨さまよいこんでしまったような気分。そんなことが日常として存在する世界。

味のある面白いものを作っているのが分かりつつ、この人の作品にはどうにも溶け込めない。スクリーンと自分の間に見えない溝があるんよ。

ファンタジーに関しては正直ウッとなることもあるが、誓うよ、それが美学なのは本当に分かるんだ。

分かっちゃいるし、本来ならハマるはずなのに、不思議なことにハマれない。なぜじゃ!この悔しさが分かるかね !? だからイライラするのだ。

アルモドバルが OK でなぜにクストリッツァがツボじゃない?と聞いてきた人がおったが、分からん。波長が合わないだけなんじゃないかなぁ。

波長の合う人にはたまらん監督さんだと思うのだ。「ジプシーのとき」を見に行ったときなど、隣のおじちゃんヒャッヒャッヒャと一人声を上げて楽しそうにしてたもの。

あれはうらやましかったなぁ。空間を共有できんかったのが残念でしかたない。そういや袋開けてガサガサボリボリやっとった。そのガサボリ含め、心から作品を満喫してる感じが溢れ出ててジェラシーだったよ。

こんな風に、周りは楽しんでんのに一体になれない疎外感が毎回あって。チャレンジしては、ああやっぱり今回もとションボリ。悔しいし、ねちゃうよ。映画館を出るときの、何か引っかかった感じがすごく嫌なんよ。

やっと一体に

それがこの作品でやっと一体に。めちゃくちゃ楽しみましたがな。見終わったあとのスッキリさわやかな感覚が心地よかったねぇ。満足満足。

まずこの作品の一番驚く点は、アメリカ映画なのにそれを感じさせず「クストリッツァ作品」であり続けること。

有名俳優が占めているにもかかわらず、他作品で築いている自分のスタイルを全く失っていない。それどころか自分色に染めちゃってるところ。これってそう簡単にはできないよ、ハリウッド相手にさ。

だいたいジョニー・デップにビックリだ。この作品では、どうみても典型的なクストリッツァ作品の主人公。こうやって当てはめてみると、まったく違和感なく顔からキャラからドンピシャリ。

役が「ジプシーのとき」の主人公とダブルせいもあるんだけど、年齢さえクリアしたら主役二人の俳優入れ替えてもいけるんじゃないってぐらい。

とにかく全編、会話から映像表現からクストリッツァ。これは入門作としてすごくいいんでは。他と比べて取っつきやすい。クセはあるけど、何が違うんだろうなぁ、よく分かんないんだけど他より受け入れやすいのは確かだよ。

空を飛んだり、物が空中を漂ったり、死ぬときハッキリ分かるようにガクッとなる人とならない人がいたり、アニメ的非現実な表現がポンと入ってたり、主人公が自分だけの世界を持ってたり。

現れる音楽隊ドガシャンドガシャン。あ、今回は控えめだった。民俗音楽の使用。持ち出すのがまた同じであれなんだけど、「ジプシーのとき」の花嫁の死ぬシーンで使われてた音楽がここで使いまわされてるような気がしたよ。

あと動物。こんなお約束が、この作品にも もれなく散りばめられている。

伏線と演出

劇中映画に絡めたシーンの、複線の引き方と演出が恐ろしくうまい。

まず映画館の場面で。このときは単なるギャグと化してて笑える。

で、次がオーディション。それ以前のシーンがあるから生きてくる。んで、うわキッツイなぁと。ポール、ピエロと化す。とても痛々しい。でも世の中そうなんだよ。

本人は状況をきちんと分かってるつもりで、いたって真面目。でも周りにはそう映らない。自分の世界に没頭、周りも自分と同じ物が見えてると思い込んでいる。夢中になって突き進み危ない奴に進化、本人は勿論それに気づかない。笑われてることも。見守る人との間にどんどん広がる距離。

こういう状況ってある。その風刺っていうのかなぁ、映像化がうまい。それをヴィンセント・ギャロが好演。目つきが素晴らしい。演技と、演出によるバカバカしさを交えたあまりにも的確な指摘に、妙に考えさせられちゃったよ。

このオーディションに使う映画のシーン、「よりによってまた何でこれを…」 って選択でポールのズレた感覚を表現。本人はイケてると思っている。

こういう演出での見せ方がすごいなと思ったら、それが更に他に繋がるの。その瞬間は感嘆。どうですか見てくださいと言わんばかりの、あんまりにも見事で綺麗な流れにぞくぞくしたよ。

上映時間の違い

ところでこの作品、ちょっと調べてみたら上映時間がややこしいことになっている。

アメリカで最初に公開されたときは 120 分だか 119 分だかだそうで。その後カットした部分を一部加えて 95 年 1 月にもう一度 135 分で再公開、以降ソフトはこれに基づいてるらしい。

ところがもう一つ欧州版というのがあり、それは最初から 142 分。米国ではディレクターズカットと呼んでいるらしいが、欧州では公開からソフトまで常に 142 分。

しかも欧州コレクター版 DVD には、更に 10 分前後のカットシーンが加えられている。

142 分版は、米国で上映されたことも販売されたこともないんだそうだ。何で?ざっとしか調べてないからその辺不明。

しかも米国アマゾンを見たら 18 歳以下に売るなマークまでついとった。うっそおー!何で何で?

エロじゃないと思うんで銃のシーン?それにしたって納得いかんよ。私が見たのは 142 分だったけど、どこを 7 分切ったと。年齢制限ゆえのカットの必要性は感じなかったよ。

カットシーン

んで DVD についてるカットシーンも見た。

最初に注意書きのテロップが流れて、要約すると、確か「このシーンは制限された時間で製作、ラッシュを見たときにワーナー関係者がその出来にショックを受けカットを決めた」って感じだった気が。米国の 7 分もこういう理由なのかいね。

入るはずだった場所はラスト、寂れた車の販売店をアレックスが一人で訪れ、車で夢を見始めた直後。そしてカットシーンのあと最後のアラスカの映像へとつながる。

内容は結婚式と宴会でしたよ。ちょいと、マストアイテムでないかいクストリッツァ作品の!君達はもう、ぐはぁ……

必須シーンなので当然「らしさ」が非常に出ている。例によって超ファンタジー描写があったり、くっだらないギャグ言ってたりと、楽しいシーンの連続。

「ディーラーに必要な三つの S」では「そりゃ P っしょ!」 と見てる一同大笑い。見る側の突っ込む時間を計算したかのような、作品内でのツッコミのタイミングも絶妙。カットされてるとはいえ見る価値十分。監督さんのファンなら尚更だ。

BGM も聴くべし。何てったって宴会だよ。他作品からどういう状況かは想像できるでしょう!

日本では今のところ 135 分版しか出ていない。合わせると 20 分ほどのカットになる。購入するときは是非ご注意を。

(2005年11月の感想)

サポートだなんて、そそそんな奇特な方がいらっしゃるんですか!?ブルブル 嬉しいです。どうもありがとうごさいました。これからも、気楽に読みにいらしてくださいね!