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時間の主従関係【宮前平源泉 湯けむりの庄@宮前平駅】

 時間に追われたことが無い人はいないと思う。学生であれば試験までの期間が決まっているし、社会人であれば仕事の期日が決まっているだろう。それに間に合うように計画を立てて、やり遂げなければならない。
 なんならこのnote『#連続サウナ小説』だって、誰に決められたわけではないけれど、毎週2記事を公開できるようにスケジュールを組んで、膨大な時間を使って執筆を進めている。noteに関しては好きだからこそ続けることができているけれど、もしも納得感の無いものに対してでさえ時間を守らなければならないのであれば、そのストレスは計り知れない。

 しかし、僕は冷静に考えてみたのだ。「そもそも時間なんてものは存在していなかったのではないか」と。時間とは人間が意図的に生み出した概念であって、社会において共同生活をする上で必要に迫られて作り出した、ただの道具に過ぎないのではないか。そう考えると、その道具に縛られて生きるのは本末転倒なのかもしれない。
 逆に、もしも時間に合わせて無理に生活をしているのであれば、それをやめるだけで生物としてのヒト本来の生き方ができるようになり、さまざまなストレスから開放されるのではないだろうか。
 とはいえ、これは社会の中で生きる上では理想論と言われても仕方のないことなのかもしれないけれど、やはり本来は人間のほうを道具に合わせる必要なんてないのである。
 僕がサウナに通う理由はここにある。サウナに入っている間は、時間の概念から開放されることができるのだ。その機会を生活のサイクルに組み込むことで、僕は僕を維持しているのかもしれない。

 今日は2月16日(火)。昨日の土砂降りが嘘だったかのように、雲ひとつない晴天である。コートが必要無いほど暖かく、過ごしやすい気候だ。
 こんな日にサウナに行かないなんてどうかしている、そう思った僕は、準備を済ませて自宅を飛び出した。向かった先は東急田園都市線「宮前平駅」である。この駅名を見ただけでわかる人にはわかるかもしれないけれど、今回伺ったのは「宮前平源泉 湯けむりの庄」だ。

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 宮前平駅に到着したのは午前10時半頃。そこから息が切れるほど傾斜のキツい坂道を登ること約3分で、今回の目的地に到着した。

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「お〜、旅館のような佇まいだな〜」

 さすが「大人向けの高級日帰り温泉」がコンセプトになっているだけのことはあって、入口から品の良さが伝わってきた。

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 僕はさっそく館内に入って、空いていた「37(サウナ)」の下駄箱に靴を預けた。

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 それから奥に進むと、受付でバーコード付きのリストバンドを渡された。平日の入館料1,200円(税抜)を含めて、館内で発生した料金は全てこのバーコードを読み取り、退館時にまとめて精算する形式のようだ。
 そのままさらに奥に進むように案内され、言われた通りに館内を歩いていくと、長い通路の先にはもう一つの受付があった。どうやらここで館内着とタオルセットを受け取るシステムらしい。

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/firstvisit/ )

 男湯は、その受付のすぐ脇にある通路を進んだところにあるらしい。入館してから浴場までの動線が地味に長いのだけれど、近くて遠い存在というものは欲望をかきたてるのである。その通路を歩いている僕の歩幅は、明らかに大きく、そして軽快になっていた。

「きれいだな〜」

 清潔感のある広々とした脱衣所には、ロッカーがみっしりと並んでいた。いったい最大で何人が利用できるのか気になったほどである。僕は空いているロッカーに荷物を預けて、いよいよ浴室へと足を踏み入れた。

「お〜、広い!! 内湯も露天風呂も充実してそうだ!」

 系列店舗である「綱島源泉 湯けむりの庄」には過去に3回ほど利用したことがあるけれど、最後に伺ってから1年以上が経過しているので記憶は薄れてしまった。とはいえ、どちらもコンセプト通り高級感のある造りではある。余談だが、たしか「おふろの王様」や「かるまる池袋」などと同じ株式会社玉岡設計さんが手がけていたはずだ。それを意識すると、また違った楽しみ方ができるかもしれない。
 僕はさっそく身を清めて、まずは内湯の源泉風呂に沈んでみた。

「うおおぉぉおおお〜〜〜!! すごい!!!」

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/hotspring/ )

 黒湯に入浴できることは事前に調べていたけれど、いざ入浴してみると僕の想像以上の泉質だった。とにかく濃いのである。もしかしたら、今までに入浴をした黒湯史上最高かもしれない。温度は42℃とやや熱めではあるが、とろりとしたなめらかな黒湯が肌によく馴染み、とても心地の良いお風呂だ。

 内湯にはそのほかにジャグジーバスやジェットバスなども揃っているが、僕は次に露天スペースに出ることにした。ここも広々としていて開放感があり、黒湯をふんだんに使用したさまざまなタイプのお風呂が設けられているだけではなく、休憩用の椅子やベンチなども十分に用意されていた。
 ここでは、まず黒湯の人工炭酸泉「炭酸琥珀湯®」に入浴してみた。炭酸はやや控えめではあるけれど、温度は38℃と低刺激で、外気に触れながら入浴することで極上の気持ちよさを味わうことができるのであった。
 露天スペースには、このほかにも40℃と38℃の温度別に源泉かけ流しの大きな岩風呂が目に留まったが、この時点ですでに僕の体はほどよく温まっていた。

「では、行きますか」

 僕は覚悟を決めて、いよいよサウナ室へと向かった。全身の水分をタオルで拭き取り、ゆっくりと扉を開けてみる。

「おお! 広い!!」

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(宮前平源泉 湯けむりの庄 公式Facebook:
 https://www.facebook.com/yukemurinosyou/photos/pb.517536518264516.-2207520000.1438237367./877621105589387/?type=3&theater )

 サウナ室の中心にはストーンが積み上げられたストーブが鎮座し、それをぐるっと囲むように2段構成のひな壇が設置されていた。おそらく19人前後が座れるほどの広さはあるのではないだろうか。遠赤外線ヒーターも1台設置されているので、その2種類の熱によって室内の温度は98℃程度まで高められていた。
 ちなみに、通常であれば中心のサウナストーブを利用してロウリュ(アウフグース)を行っているそうだけれど、現在は感染対策のために中止しているようだ。そのためか、湿度はやや低めである。今日はたまたまサウナハットを持ってこなかったが、ここまでドライなのであれば持ってくるべきだったかもしれない。今回はタオルを頭に巻いて対処することにする。

 午前中はまだ人も少ないのか、浴場全体がそもそも混雑していなかったのだけれど、サウナ室の中はさらに空いていた。この時間帯、僕を含めて6〜7人程度が入れ替わりに蒸されていたが、タイミングによっては貸切になることもあった。実に快適である。
 僕はそのままテレビの映像と音を楽しみながらじっくりと熱を感じ、全身から滝汗が流れ始めて心臓の鼓動も激しくなったところでサウナ室を出た。向かった先はもちろん水風呂である。

 サウナ室を出ると正面に掛け湯があったので、僕はそこで全身の汗を流してから、すぐ脇にあった水風呂に沈み込んだ。

「うおおおおおぉぉぉおぉおおお!!! 冷たい!」

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/hotspring/ )

 温度は15.5℃とキンキンに冷やされているが、ただ冷たいだけではなく、強力なバイブラが僕の羽衣を剥がし続けてくるのである。なかなか攻撃力が高い水風呂だ。
 体はすぐに冷やされ、心臓の鼓動も落ち着いてきたところで僕は立ち上がり、サウナ室に入る前から狙っていた場所に向かうことにした。そう、「腰かけ湯」に。

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(ニフティ温泉: https://onsen.nifty.com/kawasaki-onsen/onsen007934/ )

 これは京王高尾山温泉 極楽湯の「座り湯」と同じ仕組みの、 ”ととのい椅子” の上位互換である。違う点を挙げるのであれば、この「腰かけ湯」の場合は後頭部のあたりから背中を伝って流れ落ちてくるお湯が黒湯であることだろう。僕はそこに座り、背もたれに寄りかかってみた。

「うおおおぉぉぉおおおぉおおお!!! なんだこれは!!! 気持ち良すぎるじゃないか!!!!!」

 サウナと水風呂によって緊張状態にあった体が、背面を流れる黒湯によって優しくほぐされていく。そのお湯は足湯へと溜まっていき、末端から徐々に血流が取り戻されていくのである。この快感は、実際に体験した人でなければわからないだろう。そこで大きく深呼吸を3回。僕の意識はどこか遠くに漂っていったのであった。
 いったい何分間そこに座っていたのかはわからない。気付いた時には、僕の心臓の鼓動はすっかりと平常時に戻っていた。

「では、あそこに向かおうじゃないか」

 僕はゆっくりと立ち上がり、再び露天スペースへと移動した。そして辿り着いたのは「うたた寝湯」である。うたた寝湯とは仰向けに寝た状態で背面だけお湯に浸かるお風呂のことである。僕はこれが大好きなのだ。

「はぁ〜、気持ち良すぎる……」

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/hotspring/ )

 火照った体の正面を、冷たい風がかすめていく。しかし、背面は温かいままだ。このアンバランスが逆にちょうど良いバランスとなり、絶妙なリラックス効果を与えてくれるのである。
 とはいえ季節は冬。全身ではなくとも、やはり風に当たり続けていれば体も冷えてくる。僕は、うたた寝湯で数分間の休憩をいただいてから、同じく露天スペースにある「つぼ湯」で体を温め直すことにした。

「うおおおぉぉぉおおお! 気持ちいい!!」

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/hotspring/ )

 ここにも黒湯が使用されているので泉質はもちろん良いのだが、なにより縁に頭を乗せて全身の力を抜いた時の恍惚感がたまらない。雲ひとつない晴天をぼーっと見上げていると、時間のことなんてすっかりと忘れてしまった。

 その後、僕はサウナをもう1セットいただき、空腹を満たすために館内の食事処「とうふ旬菜 心音」に向かった。到着したのは12時半ごろだったが、店舗の前には数組の待機列ができている。僕も整理券を受け取って待つことにしたが、5分ほどで店内に通された。

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/restaurant/ )

 ただ、無事に着席できたのは良いものの、ここで難関が待ち受けていたのである。

「メニューが多すぎる……」

 どのメニューも食欲をそそるものばかりだったのだ。ここでメニューの一部を紹介する。

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「ダメだ、決められない……カツカレーも良いし麻婆豆腐も良い。担々麺だって美味しいに決まっている。どうすれば良いんだ……」

 5分悩んでも決められず、結局僕は店員を呼ぶことにした。これは賭けである。店員が到着するまでに決めなければならない。僕は必死だった。

「これをお願いします」

 僕が咄嗟に指を差したのは「数量限定 厳選肉厚! 大ぶりアジフライ御膳」だった。僕も所詮は数量限定に弱い人間だったか。早計だったかもしれない。

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 それから待つこと数分で、僕のご飯が運ばれてきた。

「いや……」

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「これは……」

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「デカ過ぎるわ!!!(笑)」

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 遠近法でアジフライが大きく見えるのではなく、並盛りのご飯の上に乗せてコレである。とにかくデカい。そして重い。たとえるなら、2kgのダンベルを箸で持ち上げているような感覚だ。食事というより、もはや筋トレである。
 ただ、一口かじってみるとサクサクの衣の中からは肉厚でホクホクしっとりジューシーなアジが顔を覗かせたのだ。サイズが大きいだけではないのである。ちゃんと美味しい。店内で仕込まれた豆腐の冷奴も小鉢に入っていたが、スーパーで売られているような市販の豆腐では感じることの無いコクと喉越し、そして大豆の風味を味わうことができた。大満足である。

 食後は休憩処に移動して仕事を済ませることにしたのだが、さすがにお昼過ぎともなると館内には人が徐々に増えてきたようだった。とはいえ、休憩処に並んでいるリクライニングチェアの数はそれをはるかに上回っていた。公式サイトの情報によると上階・地階合わせて118席あるそうだ。

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(公式サイト: https://www.yukemurinosato.com/miyamaedaira/info/ )

 ここには漫画も揃っているし、テレビも見ることができるだけではなく、コンセントやUSB、そしてWi-Fiも使用できるのでコワーキングスペースとしての機能も十分だった。
 僕はここでしばらく作業をしてから、再び浴場に向かうことにした。時刻は17時半。外は徐々に日が暮れてきていた。ロッカーに荷物を預けて、いざ浴室の中へ。

「うおおお〜〜〜、雰囲気が良すぎる!!」

 夕暮れ時、内湯の雰囲気は夜仕様になっていて、より一層落ち着く空間が広がっていた。僕は高まる気分を抑えて、内湯の源泉風呂で体を温めてから、さっそくサウナに入り直すことにした。
 さすがにこの時間ともなると混雑し始めていて、ほぼ満員状態だ。午前中と比べると周囲に気を配りながら蒸される必要があるけれど、このご時世にこれだけ混雑しているのは、なんだかホッとしてしまう。
 僕は空いているところに腰をかけて、全身から汗が流れて呼吸が荒くなるまで蒸されてから、水風呂を経由して再び「腰かけ湯」で休憩をした。

 そこで少し体を休めてから露天スペースに出てみると、オレンジがかった夜空には月が浮かんでいた。僕は「つぼ湯」に浸かると、自然が生み出す刹那的で神秘的な光景にしばらく目を奪われてしまったのだけれど、気付いた時には全身が脱力していただけではなく、精神的にも全ての抑圧から開放されていた。今この瞬間、僕を縛るものなんてなにもなかった。

 そういえば、「ジャネーの法則」というものが存在するらしい。これは、「人間は歳を取れば取るほど時間の経過を早く感じるようになること」を体系化した考え方なのだけれど、たしかに幼少期と比べると今は1日が早く終わってしまう気がしている。
 ただ、時間は人間が意図的に作り出した概念であり、道具にすぎない。その道具との付き合い方を間違えば、いつか主従関係が逆転して、自分が道具に使われるようになってしまう。それでは幸せを掴むことはできない。
 だからこそ、大人になればなるほど、時間の概念から開放される機会を自ら作り出すべきなのかもしれない。

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 結局、僕はそれからさらに2セット、1日で合計5セットをいただいた。何時に店舗を出たのかは、もう覚えていない。

(written by ナオト:@bocci_naoto)

YouTube「ボッチトーキョー」
https://www.youtube.com/channel/UCOXI5aYTX7BiSlTt3Z9Y0aQ


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#連続サウナ小説 『ボッチトーキョー』byナオト
①僕たちは自費でサウナに伺います ②それでお店の売上が増えます ③noteを通して心を込めてお店を紹介します ④noteを読んだ方がお店に足を運ぶようになります ⑤お店はもっと経済的に潤うようになります ⑥お店のサービスが充実します ⑦お客さんがもっと快適にサウナに通えます