- 運営しているクリエイター
記事一覧
皆方探偵事務所異聞 さよならの作法(完)
「こないだ三人でまたやったじゃん」
「なにが」
「タンテー」
パイプ椅子に腰かけた啓秀くんが、平板な口調で、タンテー、と言い、ああ、と僕は応える。身を起こした桂さんはまっすぐ前を向いたまま、反応をしない。それはもういつものことになってしまったので、僕はもう別に、何も感じない。
桂さんのお母さんと妹さんが来て、帰っていった。僕たちはあまり話をしなかった。僕が、これから先も桂さんと一緒にい
皆方探偵事務所異聞 さよならの作法(3)
唐突に、桂司郎は自分が幽霊になっていると気づく。
幽霊? たぶん。桂はこれまでオカルトじみたことをあまり信じてこなかったのだが(彼のまわりにオカルトがなかったということではない、オカルトに類することは彼の周囲では何度か起こったのだが、彼はそれをオカルトとしてほとんど知覚しなかったのだった)、少なくとも自分が、空間に浮かんだ状態で、自分の肉体を見下ろしているということは理解できた。彼の目の前に
皆方探偵事務所異聞 さよならの作法(2)
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「Hand in Hand」(『バグ・シャースの侵蝕』収録)の作品根幹にかかわるネタバレを含みます。2を飛ばして1から3を読んでも話の脈絡としてはつながっています。
-------------------
南方睦実はぐらぐらと煮え立つような夕暮れを歩いている。恋人が入院している病院から、自宅へ帰るために、彼は駅に向かって歩いている。彼にとってはそれは何の意味も持
皆方探偵事務所異聞 さよならの作法(1)
深夜零時半に電話を取る。
朝起きる。「桂さん」声をかける。身を起こした恋人がぼんやりとラジオをつける。ラジオが朝のニュースを告げている。ラジオの色は赤い。深い赤を、甘い色だ、と思う。僕はそれを、ソニーくん、と呼ぶ。桂さんの親友の、ソニーくん、生まれ変わることができるなら僕はソニーくんになりたいと思う、でもできれば、自分のままでいたいと思う。
桂さんはソニーくんを耳に当てて、ぼんやりと
神様に生まれた罪 あるいは有里風真冬のこと
有里風真冬は有里風家三男として二月の寒い日に生まれた。彼が生まれた年は二月になっても冬のさなかのようにしか思えず、ゆえに彼の名前は真冬とされた。彼は自分の名前があまり好きではなかった。それは寒い日に生まれたという事実だけを示すものでしかなかった。彼は自分の人生には欠けているものがとても、とても多いことに気づいていたが、それを具体化していくには欠けすぎていた。彼の人生は幸福なものではなかった。
皆方探偵事務所異聞 南方睦実、生まれ変わる
その日は土曜日で、皆方探偵事務所は休業日だった。桂司郎はふわふわした感覚のまま、けれど今日が休みの日なのはいやだなと思った。ちょっとした仕事を見つけ出して片付けて、なんとかして職場にいようと思った。桂司郎は昨日恋を始めたのだった。
梅雨のはじめに南方睦実が桂に恋心を打ち明けた。それはひどく持って回った言い方ではあったけど、実際恋心を打ち明けたことは確かなはずだった。そして今桂は南方に返答をし
皆方探偵事務所異聞 南方睦実の恋情3
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「最果てのレイル」「咎送りの徒花」の軽いネタバレを含みます。TRPGされない方はとくに気にせずご覧になってください。
--------------------------
桂司郎は列車のなかで窓の外を見ている。美しい星空が満天にひろがっている。そこは話しかけてくる少年がいる。君はここにいるべきではないよ、と彼は言う。桂は問いかける。「あなたは帰らないんですか」
皆方探偵事務所異聞 得るものなし
「あっ」
「ゲッ」
「ちょっと、ゲッてなんですか」
「……入る?」
「パチ打つんだ、意外……」
「……入るなら入れば……べつにけーしゅくんは僕のことに詳しくはないし……」
「なに拗ねてんだ? 小学生か?」
「うるせえ」
「ねーミナカタさん、まえから思ってたけどそのカーディガンの色なんなの。顔色が悪く見えるよ」
「うるせえクソガキ」
「うわっ、大人気がない」
「入るなら入れば」
皆方探偵事務所異聞 南方睦実の恋情2
※続きあるいはネタバレがないほう。こっちだけでも読めます。
----------------------
「話が通じる相手なら対話をすればいいじゃないか」
「睦実くん、睦実くん」
ぼんやりと目をあけると、ぺこんとペットボトルが頬に押し付けられた。買い置きの炭酸水のペットボトル、ダンボール箱の匂いがすこしうつったそれをは、冷蔵庫の中からではなくて箱買いの箱の中から出されたものなのだろう。僕
皆方探偵事務所異聞 南方睦実の恋情1
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「ニジゲン」「わたしのいちばん大切なひと」のネタバレを含みます。TRPGされない方はとくに気にせずご覧になってください。
--------------------------
その日僕の目の前で彼は微笑んでいて、彼はとても幸福そうに見えて、僕はまったく幸福ではなく、僕は自分をひどくおぞましいもののように思った。僕は甘い酒を水のように大量に飲んでいて、それなのにと