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【ノルウェーオスロ発!】脳卒中リハビリの新たな希望:高強度歩行トレーニング(HIGT)

脳卒中リハx高強度歩行トレーニング

神経リハを専門にする方なら、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?私の住む、ノルウェーオスロでも、この新しいアプローチ方法はいろいろな病院・施設・在宅リハで導入されています。

世界理学療法連盟でも紹介された【FIRST-OSLOプロジェクト】

FIRST-OSLOプロジェクトは、脳卒中患者の歩行機能回復を目的とした高強度歩行訓練(HIGT)を導入する取り組みです。このプロジェクトは2018年にオスロの複数のリハビリ施設で開始され、入院患者に対して様々な環境(トレッドミル、地上、階段、障害物)での高強度歩行訓練を行いました。結果、HIGTを受けた患者は通常のケアを受けた患者よりも歩行速度、バランス、歩行距離が大幅に改善されました​ (Home | World Physiotherapy)​。

コロナで世界中が閉鎖的な状況であるなか、ノルウェー・オスロでは神経リハの新たなアプローチがちまたで話題をよんでいました。セミナーに参加できないけど、WEBINAR(ウェビナー)なら出来る、とノルウェーの理学療法士はお互いの知識をデジタル化を通してシェアし支え合っていた印象があります。

その中で、私の職場から車で5分のところにあるオスロ市管轄のリハビリ施設【AKER】と同じ敷地内にあるオスロ大学の理学療法士有志&研究者たちがFIRST-OSLOというアメリカのセラピストたちと共同して進めていた論文が公開されました。

そのリハビリ施設は、脳卒中患者を含む神経疾患系患者のリハビリに特化しており、私の働く回復期リハでも、もし「あ、この人もっとがっつりリハした方がいいな・・・」という患者さんがいたら、私もよくそちらの特化施設に電話を入れて、空きがあれば転院してもらうことが多々あります。

以下では、新しく導入された脳卒中患者に対する高強度歩行訓練(HIGT)について、少しですが、文献も踏まえながら紹介していけたらと思います!

はじめに

脳卒中は世界中で主要な障害原因の一つであり、多くの患者が日常生活に戻るためのリハビリテーションを必要としています。近年、「高強度歩行トレーニング(High-Intensity Gait Training, HIGT)」が脳卒中後のリハビリテーションにおける新しいアプローチとして注目を集めています。本記事では、HIGTの理論的背景、実施方法、そしてその効果について、読者のみなさんに分かりやすく説明します。

神経可塑性:リハビリの基盤

脳の驚異的な回復力

脳は、損傷を受けた後でも驚くべき回復力を持っています。この回復力の根底にあるのが「神経可塑性」です。神経可塑性とは、脳が内外の刺激に応じてその構造や機能、接続を再編成する能力を指します(Cramer et al., 2011, p. 1592)。これは、脳卒中後の回復プロセスにおいて非常に重要です。

自発的および使用依存的神経可塑性

脳卒中後のリハビリテーションでは、自発的な神経可塑性と使用依存的な神経可塑性が重要な役割を果たします。自発的神経可塑性は、損傷を受けた神経ネットワークが自然に再編成される過程であり、使用依存的神経可塑性は、特定の動作を繰り返すことで神経ネットワークが強化される過程です(Brodal, 2016)。

HIGTの理論的枠組み

経験依存的神経可塑性の原則

HIGTは、脳の回復力を最大限に引き出すための訓練方法です。その基礎となるのが、経験依存的神経可塑性の原則です。これには以下のようなポイントが含まれます(Kleim & Jones, 2008):

  1. 使わなければ失う(Use it or lose it):動作や機能を使わないと、それらが退化してしまいます。したがって、頻繁に歩行訓練を行うことで、歩行機能を維持し、改善することが重要です。

  2. 使えば改善(Use it and improve it):特定のスキルを繰り返し練習することで、脳はそのスキルに関連する神経回路を強化します。HIGTでは、高強度の歩行訓練を繰り返すことで、歩行能力を高めます。

  3. 個人的な関連性(Salience matters):訓練が患者にとって意味のあるものであることが重要です。患者が日常生活で役立つと感じる活動は、モチベーションを高め、訓練の効果を増幅します。

  4. 転移性(Transference):特定のスキルの改善が、他の関連するスキルの向上にもつながります。例えば、歩行機能の改善は、バランスや移動能力の向上にも寄与します。

  5. 特異性(Specificity):訓練内容が具体的であるほど、その効果も高くなります。HIGTでは、歩行そのものを集中的に訓練することで、歩行機能を直接的に向上させます。

  6. 反復(Repetition matters):新しいスキルを習得するには、繰り返しの練習が不可欠です。高強度の歩行訓練を繰り返すことで、脳はその動作を「学習」し、神経回路を強化します。

  7. 強度(Intensity matters):訓練の強度が高いほど、神経可塑性が促進されます。HIGTは、通常の訓練よりも高い強度で行うため、より効果的な結果を生み出します。

これらの原則を基にしたHIGTは、脳卒中後のリハビリテーションにおいて、非常に効果的なアプローチとなっています。

歩行機能の重要性

リハビリの主要目標

脳卒中後のリハビリテーションでは、目標設定の際、多くの患者さんが、「歩けるようになりたい」と歩行機能の改善を提示することがほとんどです。歩行機能は患者の自立度を予測する重要な指標であり、退院先や社会参加のレベルに大きな影響を与えます。

HIGTの実施とその効果

実施方法

HIGTは、単位時間あたりの仕事量を増やすことで高強度を維持します。具体的には、心拍数や自覚的運動強度(RPE)を基にして、トレーニングの強度を調整します。トレーニングには以下の要素が含まれます:

  • 頻度と時間:HIGTは、1日45-60分のセッションを週に3-4回実施します。また、週1回のテストセッションを含みます。

  • 心拍数のモニタリング:トレーニング中は心拍数を70-85%の最大心拍数(HFmax)に維持することを目標とします。最大心拍数は「211 - (0.64 × 年齢)」の公式で推定されます。

  • 自覚的運動強度(RPE):患者はBORG SCALEを使用して自覚的運動強度を評価し、14-17の範囲に維持します。

  • 歩行のバリエーション:単に前進するだけでなく、側方歩行、後退歩行、障害物を越える歩行、階段昇降、抵抗を伴う歩行など、多様な歩行パターンを取り入れます。これにより、運動学習を促進し、実生活に即したスキルの習得を助けます。

バリエーションの重要性

HIGTでは、様々な方向への歩行や障害物を使ったトレーニングを行います。例えば:

  • トレッドミル歩行:通常の歩行と逆方向歩行、重量支持システムを用いた歩行。

  • 階段昇降:通常の階段昇降に加え、側方昇降や後方昇降も行います。

  • 障害物コース:様々な高さや形状の障害物を越える歩行を行い、バランスと調整力を養います。

  • 動的バランストレーニング:歩行中に不安定な状態を作り出し、バランスの保持能力を向上させます。

安全性と実行可能性

HIGTは、脳卒中患者にとって安全かつ実行可能であることが研究で示されています。実際、オスロの脳卒中リハ第一線に携わるセラピストたちは、医療的なモニタリングを行いながらリハをしています。必要に応じて装具を使用することで、安全に高強度の歩行トレーニングを実施することができます。具体的なモニタリング方法には以下が含まれます:

  • 医療的クリアランス:トレーニングを開始する前に、患者の医療状態を評価し、主治医からHIGTを行ってもよいというGOサインをもらいます。

  • バイタルサインのモニタリング:心拍数、血圧、酸素飽和度を定期的に測定し、異常がないか確認します。特に、心拍数はトレーニング中の強度を調整するための重要な指標となります。

  • 自己報告による運動強度評価:ボルグスケール(BORG SCALE)などを用いて、患者自身に運動強度を評価させます。これにより、過剰な負荷を避けることができます。

  • 装具の使用:必要に応じて、足首装具(AFO)や膝装具(Breg/DonJoyなど)を使用し、関節や筋骨格系の保護を行います。

  • 安全ベルトとハーネスシステム:転倒リスクを減らすために、セーフティーベルトや天井レール付きのハーネスシステムを使用します(Hornby et al., 2015; Moore et al., 2010; Veerbeek et al., 2014; Holleran et al., 2014)。

HIGTの効果

劇的な改善

研究によれば、HIGTを受けた患者は、通常のケアを受けた患者と比較して、日常生活での歩数が大幅に増加し、自己選択および最速歩行速度、6分間歩行テスト、Bergバランススケールの結果が有意に改善されました(Moore et al., 2020; Hornby et al., 2015)。HIGTを実施することで、歩行速度、歩行距離、バランスの改善が期待できます。

社会参加の増加

HIGTは、歩行機能の向上だけでなく、患者の自己報告による社会参加の増加にも寄与します。これは、患者がより自信を持って外出し、社会的な活動に参加できるようになるためです(Moore et al., 2020)。

非歩行関連の課題への応用価値

HIGTは、非歩行関連の課題(例えば、バランスや筋力)にも応用価値があります。歩行トレーニングが全身の筋力やバランス能力を向上させることも可能です(Veerbeek et al., 2014; Holleran et al., 2014)。

結論と今後の展望

高強度歩行トレーニング(HIGT)は、脳卒中後のリハビリテーションにおいて、劇的な効果を発揮する新しいアプローチです。神経可塑性の原則に基づき、多様な運動学習を通じて患者の歩行機能を向上させるこのトレーニングは、今後さらに多くの臨床現場で採用されることが期待されます。

【個人的な経験・感想】実際に患者さんを特化リハ施設に転院してもらった結果

うちの回復期リハ施設に転院してくる患者さんのほとんどは、80歳以上フレイル高齢者の方で、認知症などもある方が多いです。脳卒中の場合、亜急性期でこちらに来る方が多いですが、たまに割と年齢若め(60~70代)&発症前までは全て自立していて予後もよくなる可能性が高いという方がいらっしゃるときがあります。

そういうときはほぼ100%、私は在宅リハもしくはその神経系特化リハ施設に連絡をいれ、連携を求めます。理由は簡単で、うちの職場のファシリティー・リソースではその患者さんが適切なリハをうけることが残念ながら現状ではできない。という理由です。特化リハに転院してもらった患者さんの多数が自宅に帰る際、杖で歩けるようになっている印象があり成果・効果があることは肌で感じでいます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。前回の記事【北欧ノルウェーの大学で理学療法を学ぶ】課題レポート大公開!でもお伝えしたように、あの頃の情報と現在の脳卒中リハへのアプローチ法が変化していっていたので、早めにお伝えしたいなぁと思いこの記事を書きました。



参考文献

Brodal, P. (2016). Sentralnervesystemet (5th ed.). Universitetsforlaget.

Cramer, S. C., Sur, M., Dobkin, B. H., O'Brien, C., Sanger, T. D., Trojanowski, J. Q., ... & Vinogradov, S. (2011). Harnessing neuroplasticity for clinical applications. Brain, 134(6), 1591-1609.

Holleran, C. L., Straube, D. D., Kinnaird, C. R., Leddy, A. L., & Hornby, T. G. (2014). Feasibility and potential efficacy of high-intensity stepping training in variable contexts in subacute and chronic stroke. Neurorehabilitation and Neural Repair, 28(7), 643-651.

Hornby, T. G., Holleran, C. L., Hennessy, P. W., Leddy, A. L., Connolly, M., Camardo, J., ... & Roth, E. J. (2015). Feasibility of focused stepping practice during inpatient rehabilitation poststroke and potential contributions to mobility outcomes. Neurorehabilitation and Neural Repair, 29(10), 923-932.

Hornby, T. G., Reisman, D. S., Ward, I. G., Scheets, P. L., Miller, A., Haddad, D., ... & Waller, S. M. (2016). Clinical practice guideline to improve locomotor function following chronic stroke, incomplete spinal cord injury, and brain injury. Journal of Neurologic Physical Therapy, 40(4), 202-263.

Kleim, J. A., & Jones, T. A. (2008). Principles of experience-dependent neural plasticity: implications for rehabilitation after brain damage. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 51(1), S225-S239.

Moore, J. L., Roth, E. J., Killian, C., & Hornby, T. G. (2010). Locomotor training improves daily stepping activity and gait efficiency in individuals poststroke who have reached a “plateau” in recovery. Stroke, 41(1), 129-135.

Moore, J. L., Nordvik, J. E., Erichsen, A., Rosseland, I., Bø, E., Fimland, M. S., & Hornby, T. G. (2020). Implementation of high-intensity stepping training during inpatient stroke rehabilitation improves functional outcomes. Stroke, 51(2), 563-570.

Moore, J. L., Bø, E., Erichsen, A., Rosseland, I., Halvorsen, J., Bratlie, H., Hornby, T. G., & Nordvik, J. E. (2021). Development and results of an implementation plan for high-intensity gait training. Journal of Neurologic Physical Therapy, 45(4), 282-291. https://doi.org/10.1097/NPT.0000000000000364

Reisman, D. S., Wityk, R., Silver, K., & Bastian, A. J. (2007). Locomotor adaptation on a split-belt treadmill can improve walking symmetry post-stroke. Brain, 130(7), 1861-1872.

Takakusaki, K. (2013). Neurophysiology of gait: from the spinal cord to the frontal lobe. Movement Disorders, 28(11), 1483-1491.

Veerbeek, J. M., van Wegen, E., van Peppen, R., van der Wees, P. J., Hendriks, E., Rietberg, M., & Kwakkel, G. (2014). What is the evidence for physical therapy poststroke? A systematic review and meta-analysis. PLoS One, 9(2), e87987.

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