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小さな物語。

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掌編・短編集。
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#掌編小説

【掌編小説】忘れていた秋の色

【掌編小説】忘れていた秋の色

 ぷちん、と呆気なくそれは切れた。使い始めて初日というのに、動揺も苛立ちも感じなかったのは、それが三百円均一で買った安物のネックレスだったからだ。三十歳過ぎて三百円均一? あり得ない! 友だちの直子はそう言うだろう。いつだったか、SNSで「大人になればなるほど、安物の服が似合わなくなる」と呟いていたひとがいた。わたしはチェストの上に置いた鏡を(これも三百円均一)手に持ち、鏡の前で口をいーっと真横に

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【掌編小説】去年の冬、別れた彼女とは

【掌編小説】去年の冬、別れた彼女とは

去年の冬、つまり年が変わる前に別れた彼女とは、学生の頃からのつき合いだった。同じ学部で、帰りの電車も一緒で、趣味も同じ—―必ず帰り道には書店に寄って、岩波文庫や新潮クレスト・ブックスやハヤカワ・ミステリを探し回る――だったから、必然、顔を合わせば話すことも多かった。どちらかというと、僕のほうから好意を抱いて彼女を家に誘った。それからつき合いが始まった。

――恋人というより、気の合う友だちって感じ

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【掌編小説】2月生まれの彼のこと

【掌編小説】2月生まれの彼のこと

 生理いつ来たっけ、とiPhoneを操作していたら、誤ってカレンダーを開いてしまった。すると、リボンで結ばれた箱のマークが目に入ってくる。2月25日――今日は、ひろと君の誕生日だった。
 ひろと君とは、大学生の頃知り合ってから、3年つき合ってわたしから別れを切り出した相手だった。わたしから、と言っても、ひろと君はすでに浮気を3回繰り返していて、4回目でもうこの子は心がひとつにとどまることはないんだ

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【掌編小説】孤独な隣人

【掌編小説】孤独な隣人

 電子レンジが唸る音と同時に優花は目覚める。唸っている電子レンジは優花の部屋のものではなく、ひとりで住む隣の中年の男のものだった。それでも優花はその音が煩わしくなく、むしろそれのおかげで好ましい気持ちで目覚められることに感謝していた。ひとりで暮らしてから3か月。暮らし初めた頃、夜には孤独が続く恐怖に怯え、朝には現実を迎える絶望に耐えていた優花は、次第に隣人の物音に耳を澄ますようになった。自分が孤独

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【掌編小説】嘘の恋人

【掌編小説】嘘の恋人

 琴葉が初めに愛した男は、A4のチラシ紙の裏にいた。子どもの頃、琴葉は学校を終えると、誰とも一緒に帰らず、自宅に向かう長い坂道をひとりで歩いていた。自宅の古いアパートのポストに入ってあるチラシを掴んで部屋に入ると、琴葉は帰り道で思い描いた男のことをそのチラシ紙の裏に書いていた。男の名前は、シュア。いつも青ざめている額に、聡明そうな大きな瞳。シュアは孤独で、琴葉が唯一の友人だと言った。琴葉はシュアに

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ちょうどいい距離

ちょうどいい距離

 午後7時過ぎ。それは、ユキがこの部屋に来る時間帯だ。
 それまでにわたしは、ユキのために、サバのトマト煮や厚揚げの照り焼きをつくったりなど、ふたりぶんの夕飯の準備をする。ユキがここに来るようになってから、料理をするのも好きになった。この部屋に入居した当初は、ほとんどインスタントでごまかしていたけど、ユキに「それじゃあ、健康に良くないよ」と注意された。でもそういうユキだって、自宅で自炊などほとんど

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「今夜は晴れるでしょう」

「今夜は晴れるでしょう」

もう戻れないよ、と和美はいった。俺は承知していたけど、それでも「戻ってこいよ」とうつむきながら呟いた。和美の部屋の前で、情けなく雨に濡れた姿で。
「戻ってほしかったら、どうしてあのとき……」
和美はその後をいわなかった。いわずに、俺にタオルを差し出した。夜にとつぜん部屋に押しかけたのにもかかわらず、和美は相変わらず優しかった。
俺は、タオルを受け取って握りしめた。背後で玄関のドアが閉まる。俺の前髪

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そのとき、別れればいい

そのとき、別れればいい

 潤くん、無理しなくていいよ。
 夜遅くの電話で、香奈さんは喉の奥がきゅっと締められたような声で、そういった。無理? 俺はベッドに寝ながら、その意味を香奈さんに聞いた。うん……、無理にわたしに会わなくても、いいよ。そういった後、香奈さんはふふっと笑った。ごまかすように。
 別に、無理しているんじゃないから。
 そういって、電話を切った。午後10時過ぎ。自転車でいけば、香奈さんのアパートまで20分く

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冬の死

冬の死

 冬が巡ってくると、君を思い出す。君はたしか、冬の最中に生まれたくせに、冬のことを嫌っていた。理由は「なんとなく」で、「なんとなく……」といったあとに、「死の気配がするから」と真実味を持った声でいったのだった。なんとなく、といったのは、その本音を少し濁したかったのだろうと思う。

 たしかに君は、冬が近づくと、とたんにわたしと会う頻度がぐんと下がった。君のことを嫌ったとかそんなんじゃないんだ、とい

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別れの音

別れの音

 もうやめよう、こんな会いかたは。
 こらえきれずそう初めにいったのは、わたしではなく和夫のほうだった。和夫は、学生みたいな幼い顔をめいっぱいしわくちゃにして、苦しそうにいうのだった。もうやめよう、俺たちもうそんな仲でもないんだし。
 それでもわたしは和夫のシャツの裾をひっぱり、やめたくはない、などというのだ。自分でもそれは、ただのわがままだとわかっている。とっくに恋人同士でもなくなったわたしたち

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家族写真

家族写真

 歯を磨いていると、リビングからお母さんのせわしない声が響いてきた。ゆうこ、まだ磨いているのー? まったく、こんな日に限って時間かけるんだから。そういうお母さんは私がこんなにも憂鬱になっていることをしらない。
「いま、ゆすぐから」
 つい尖った声がでる。口をゆすいでも、舌にはキシリトールの味が残る。こんな状態で食べ物を前にすると、いつも食欲が減退する。だから、コンテストに落ち、さらに決定的な失恋し

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夜から逃れる

夜から逃れる

 きみが最後のひとだよ、といわれたとき、わたしは保仁のその言葉を信じていなかった。髪を撫でるその仕草に、わたしは保仁の誠実さを感じられなかった。ただ、物をわからない子どもを、あやすような仕草だと、心のなかで軽く毒づいた。

 それでもわたしは保仁から離れたくなかった。

 雨が降りしきる夜は街のネオンが滲んでいて、わたしと保仁は夜から逃れるように、静かな場所を目指した。保仁の身体から、わたしの髪の

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