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連作短編「おとなりさん」#10


©️billy

最終夜「流れ星」

「もうすぐだよ」 
 時刻を確認したのだろう、どこかの誰かが声をあげた。わたしもスマートフォンが表示する時刻を確認して、もうすぐだね、なんて、同席しているお隣さんと、それから、もうすぐみたいですね、なんて、見知らぬお隣さんと笑顔を交わす。
 そこにいる人々は一斉に夜の空を見上げる。きっと、昨日の夜の空と同じなんだろう、きっと相変わらずであろう、特別ではない星々が瞬いていた。さっき、もうすぐだよ、と、興奮を抑えられずに叫んだ誰かさんは、きっと、一緒に訪れたのであろう友人たちに、お前早いよ、まだだろバカだな、なんて揶揄われて、その周囲に座っている人々に笑われている。わたしも思わず吹き出す。
「足は平気?」
 わたしのお隣さんの心配そうな声。優しいね。ありがとう。わたしは大丈夫だよ。君は平気かい? ずいぶん歩いて来たよね?
「一緒だから平気さ」
 そう言って笑ってくれた。うん。わたしもそうだよ。君と一緒なんだ、わたしたちは友達なんだ。レジャーシートの下の、砂浜の砂がずいぶん冷えてきた。
 背中に届く風は冷たく、時折、強く吹きつけて、そこにいる人々の背中を押す。ばん、と、それぞれの背を叩く。誰かが、うわっ、なんて驚く。
 南の海は暗がって、漆黒から、一定間隔で波音が弾けて、引いてゆく。お隣の誰かでさえ、近づかないと見えない夜の闇。
 あちらこちらで光るスマートフォンと、それに浮かぶ白い顔。赤い頬。たくさんの笑顔。顔を見合わせて、誰も彼もが笑っている。知らないお隣さんとも笑い合える。お隣さんとのわずかな隙間を通り抜けるいくつかの砂を混じらせた乾いた風。
 わたしはお隣さんの肩を抱く。お隣さんがわたしに寄りかかってくれる。体重を、温度を、優しさを、慈しみを重ね合わせて、今夜のわたしたちは、誰も彼もがお隣さん。きっと、今夜は、日本中がお隣さんになっているのだろう。見知らぬ人と見知らぬ人が、もうすぐですね、なんて、笑顔で友達みたいになる。思いやりを渡し合える。こんな簡単なことなのに、人はいまだに、それをできないまんまだ。
 ほら。もうすぐだよ。わたしはそこにいるお隣さんたちに告げる。
 うん、ですよね、いよいよか、なんて、汗や泥に汚れているだろう、頬を緩ませて、お隣さんたちの声が返ってきた。
「聞こえるよね」
 そう訊くと、わたしの大切なお隣さんは両手でおおって、耳を澄ます。
「うん。すぐに、来る」
 そのとき、風が吹いた。
「流れ星が来る!」
 誰かが叫んだ。並んで座るわたしたちの肩をいくつか数えれば、その人も今夜はお隣さんだろう。それに呼応して、わたしたちは一斉に南南西を振り返って、立ち上がる。吹き続ける風がその到来を教えてくれた。右隣になったお隣さんと顔を合わせる、そして、わたしたちは喜び合う。
「願い事は何にする?」
「いまさらなにさ。君は知っているでしょう」
「変わらないよね」
「大切なことは、変わらない」
 うん。わたしたちはうなづく。汗や埃に汚れた頬。疲れた足。
 遠く太平洋までやって来た。ここにいる、この広大な海岸で流星を待つ、すべての人々は、今夜、わたしたちのおとなりさん。誰かが乾杯の音頭を取る。わたしたちはビールと烏龍茶を用意していた。
「さあ来い、流れ星!」
 わたしは叫んだ。流星群はもうすぐそこだ。ビールを、ハイボールを、烏龍茶を、チューハイを、オレンジジュースを。いま、隣にいる、お隣りさんと、かんぱいしよう。
 精一杯の願いを込めて。
 そんな呼びかけに、ずっと遠くの見知らぬお隣さんたちが、おー! なんて返事をしてくれて、海にいるわたしたちは、どっと沸く。
 そして、再び、風が鳴る。海岸の砂をさらって、はるか南の海へ走る。当たり前のささやかなことに、どよめくしかないわたしたち。人は小さい。それでも負けない。生きている。生きてゆく。
 お隣の誰かとよろこびだとか、優しさだとか、慈しみを分け合って。肩を並べて夜空を眺める、今夜は世界中がお隣さん。
 ほら見て、すぐに流れ星が飛んでくる。
 さあ、叫ぼう。ありったけの声で。わたしたちの願いを。生きているよろこびを。
 せーの。
「乾杯!」
 祈り声が響き合う。わたしたちはわたしたちのささやかでしかない生をよろこび合える。その真上の漆黒を、流星群が駆け抜けた。青白く、弾ける瞬間に金色を混ぜて、きっと、何度か、わたしたちの姿を見下ろしながら。そして消えた。
 夜が終わる。朝が始まる。
 おはようって、君に言おう。隣り合う誰かに言おう。生を終えた誰かにだって、笑った顔で「よう、元気かよ」って声をかけよう。
 そして、夜には美味しいお酒で乾杯しよう。美味しいビールが待っている。
 なに食べる?
 なんて、お隣さんと愛し合おう。そんなふうに生きていこう。
 誰もが笑顔の海岸で、わたしたちは、そう思った。

連作短編「おとなりさん」終

artwork and words by billy.

#ほろ酔い文学
#私の作品紹介
#クリエイターフェス

 いかがでしたでしょう?
 noteさんが募集していたお題「ほろ酔い文学」に合わせて、第一話を書いてみたところ、思いがけず好評をいただき、また、親しくさせていただいているnoterさんとお話して、連作短編というかたちで、全10回、さまざまな「おとなりさん」の姿を短編小説にしてみました。今回で第一期は終了になります。
 この最終話は、実は、別の物語のスピンオフとして繋がるようになっています。
 「流星ツアー」という、短編小説集を10年ほど前にPODで出版しているのですが、今夏、設定の一部をそのままに、人物と舞台を一新して、新たな旅の物語「新説・流星ツアー」という、約17万字の長編を書き上げています。今回はその物語と繋がるようにしておきました。
 思いがけず、スピンオフが先に登場することになりましたが、そんなのも面白いかもしれない。
 本編、「新説・流星ツアー」は、きっと、別のかたちで、皆さんの前に登場することになります。
 そちらもよろしくお願いします。
……と。長いあとがきになりました。ビリーnoteが終わるわけではありませんので、これからもどうぞよろしくお願いします。

ビリーより。

#創作大賞2023


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