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「人間」

 私はかつて泥だった。
 腐った水のようなにおいをさせ、膿のように粘着質な、汚い泥の塊だった。
 私のそばにはいきものが嫌うなにもかもが置いていかれた。

 私はそれを食べて育った。

 嘘を食べ、それに付着した虚栄心を食べ、優しさに似た何かを食べ、悲しみに似た何かを食べた。
 ほとんど全ては人間が排泄しては再び腹に溜めるものだった。
 純粋さを演じる幼稚も食べた。白濁の精を、流された経血を飲んだ。
 老いさえも口にした。
 男を食べた。女を食べた。
 干からび始めた赤ん坊の腐乱死体を丸ごと一匹たいらげた。

 やがて浜辺に打ち上げられた私は太陽を見た、そして雨水を浴びた。
 泥であった私の肌は肌の色をしていた。驚き、波紋に映る自身を覗いた。
 そこにいるのは人間だった。

 私は人間になったのだ。

 その様子は空からカラスに、波打ち際から蛇に、木の上からはカエルに追われていた。
 三者は一様に薄汚いものを見る目で、しかし、人間になった私を嘆きもし、最後は嘲笑を浮かべるに至った。

 私は人間になったのだ。


artwork and words by billy.


p.s.

 この「人間」は、昨年、高知県の芸術祭の文芸部門、「詩」の部門で奨励賞をいただきました。スーパーで公募を見かけ、しかし、翌々日が締め切り日だったので、慌てて原稿用紙にこれを書いてから、いそいそと郵送したことを覚えています。迂闊な僕は、自分の住所を間違えてしまい(不慣れな郵便番号ですし……)、受賞のお知らせが配達されずに文化財団に戻ってしまったらしく、ご迷惑とお手数をかけてしまいました。今年は今年で、文字数制限を超えてしまったり。ほんとにすみません(苦笑)。

 今年は小説部門で一位取るぞー。なかなか胸キュンな恋愛短編小説を提出しております。

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