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『どくヤン!』第5話「箴言狩り」振り返り

令和最初にしておそらく最後の読書×ヤンキーギャグマンガ『どくヤン!』の協力・仲真による各話振り返りテキスト第五弾です。

「そもそもどういうマンガ?」という方への『どくヤン!』紹介記事
コミックDAYS『どくヤン!』第5話リンク
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・過去の振り返り:第1話「どくヤン」第2話「こころ」第3話「ドッカン」第4話「派閥」
・『どくヤン!』単行本リンク:第1巻第2巻
第3巻(電子のみ)

『どくヤン!』は、入試フリーでお金もかからず、本さえ読んでいればどんな不良でも存在を許される私立毘武輪凰(ビブリオ)高校を舞台にするギャグマンガ。これまでのエピソードは、そんな学校と知らずに入ってしまった読書好きではない地味な少年・野辺雷蔵(のべ・らいぞう)がビブ高のどくヤン=読書ヤンキーたちの生態に右往左往する話が多かったのですが、今回は少し毛色が違います。

襲われるモブヤンキー

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本連載になって2回目ということで、ビブ高やどくヤンについての説明もなくいきなり始まる物語の出だしを飾るのはモブヤンキー(特に名前や説明が出てこないビブ高生)。そして突然の暴力。『どくヤン!』はギャグマンガであり、ヤンキーマンガなのです。

ちなみにやられたこの彼、Dモーニングで始まった本作のコミックDAYSでの追っかけ掲載が始まった際のアイコンとなり、さらには単行本第1巻の表紙にも起用。モブヤンキーとしてはかなりの登場頻度を誇っています。

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そしてモブヤンキーを襲った謎の男は、彼がマークしたページを破る! どうも男の目的は「箴言」である模様。

一方その頃、野辺や私小説ヤンキー・獅翔雪太(ししょう・せつた)らのクラスでは、

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「読書」の時間の組体操中であった。野辺は上にしてあげてほしい。

箴言狩り

そして迎えた放課後、こんな噂話が……。

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冒頭の男の二つ名、「箴言狩り」……! もう少し「珍走団」的な名前でもいいと思うのですが、妙にかっこいい名前を付けられている。

あと、SF小説ヤンキー・済馬音雄(さいば・ねお)が「気ィつけろよ」と箴言狩りについて声をかけるのが、官能小説をこよなく愛する伽乃桃春(とぎの・ももはる)というキャラクターなんですよね。官能小説の箴言とは、普通に人生の支えになるような言葉なのか、それとも圧倒的に性的な言葉なのか、気になります……。

それはそれとして、皆が下校しようとなったところで――

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野辺がまさかのNGワードを……!

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「箴言」という言葉さえ知っていればこんなことには……。やっぱり読書は大事です! そしてこの「箴言狩り」こと箴言本ヤンキー・阿符織瞑(あふおり・つむる)

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なんとこれまで999の箴言を狩ってきたという、箴言界の弁慶でありました。記念すべき1000個めがそのシャバ僧相手でいいのか、と思わなくもないが……。

救世主登場

しかし、阿符織にも油断がありました。冒頭のように、さっさと後ろから襲って奪えばよいものの、明らかに弱そうなシャバ僧が相手と見て、話しかけ、名乗りを上げる余裕を見せてしまった。

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おまけにどんな箴言かと思えば『マイブック』=箴言は野辺の手書きだし。まあ、おそらく阿符織対野辺なら、どう転んでも野辺が負けると思うのですが、勝負を早めにつけなかったことで、

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野辺の転入以降、たびたび彼を手助けしてやっている私小説ヤンキー・獅翔が参上。

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悲しき怪物・阿符織、服で視界を奪うという不良古典ムーブを見せるものの、ある意味ではそれが理由で獅翔にぶっ飛ばされてしまいました。その理由はぜひ本編をご覧ください(このnoteの最後にネタバレもあります)。

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今週の一冊は『マイブック』。寺山修司の『ポケットに名言を』もいいのですが、マイブックになったことで入った、最終ページのこのアオリ文が妙に私は好きで非常にギャグマンガらしい終わり方になったなと思います。ぜひ未読の方は、コミックDAYSのスマホアプリや単行本でご一読ください!

第5話余談①

前回から一月以上空いてしまった振り返り。本編も最新話がDモーニングで一月ぶりに公開されたばかり(9/9まで下記リンクで第25話「タイマン」がご覧いただけます)。

本編がお休みの時期に更新して、微力ながら刺身のツマにでもなれば……的な思いもあったものの、仕事の都合で思いっきり本編と足並みを揃えてしまいました。すみません。

この第5話、なかなか気が利いているエピソードだと思っております。実際、1~3話を「気になるけど出落ち感が強そう」と思っていた向きで、4話や5話を見て「思ったよりやるのでは?」と感じてくださった出版関係者=本を相当読まれているだろう方を、何人かお見かけした記憶があります。

(ずっと出落ち感のあるマンガと思ってもらえるのもギャグマンガとしては褒め言葉だと思うので、それはそれで嬉しいです)

今回の箴言本ヤンキーとの対決は、1話の振り返りなどで触れた旧バージョンのストーリーとも被る、獅翔が色んなどくヤンと対決する流れを汲んでいるのですが、元は結構別物でした。

左近さんの初稿は、ビブ高内の変な場所で、変なヤンキーたちが変なことをする、とでも言うか、ある意味これぞルノアール兄弟といった内容。主に登場するのはトイレと便意!

このシナリオに、カミムラさんから、下記のような「本ネタが少ない」という意見が。私も、コロコロコミックに載っていそうなマンガ的な面白さはあるものの、言われてみるとそうだなと思いました。

トイレネタ自体は面白いし箴言もうんちくを交えれば深く掘れるのではと思うのですが、まだビブ高の全貌が見えていない中で単発でやるネタとしては少し早すぎるようにも感じました。
序盤にもう少し日常描写が他にもあれば自然に入ってくるのかも…?

そこで、元シナリオでトイレを占拠していた「アフォリズムヤンキー・新限周(しんげん・しゅう)」を大々的にフィーチャーした話で改稿することに。

そうして上がった改稿は、新限周が阿符織になり、ほぼほぼ今の流れになっていました。便意からマイブックへ。そのままネーム作成に入らないとマズいタイミングだったので、カミムラさんが改稿で疑問に感じたところを左近さんに質問し、その回答を受けてネーム制作に突入、そして完成したのが現在の内容です。

スケジュール的にシナリオ原稿が確定しない状態で、そんな風に進むこともたまにあるのですが、そんなとき、必ずシナリオをさらに面白くしたネームが上がってきます。カミムラさんのネーム力、ギャグセンス及び左近さんとの相性はルノアール義兄弟レベルのナイスコンビだと感じますね(注:ルノアール兄弟の作画担当・上田氏も左近さんの実兄弟ではない)。

第5話余談②

「箴言狩り」は、我々世代の頭には「ボンタン狩り」というワードがあり、左近さんもそこからの発案だと思うのですが、そもそも若い方にはボンタン狩りが通じないかもですね……。

狩った箴言をトップク(特攻服)に縫い付けることになったので、999個全部描くことはないが、それなりに見せなければならないだろう――と3人で箴言をピックアップしていくことに。

持っている本でも、どこら辺にあるかを探すのが大変で、全部見て記憶違いだったりしたら時間的にロスが大きいので、インターネットの名言集サイトも参照しています。

ご存知の方もおられるかもしれませんが、名言集サイト、本当にたくさんあるんだこれがまた。ですが、参考にしたり、「こんな感じの名言があるのか」程度に見ておく分にはまだしも、ちゃんとした仕事に出典として使うのはNGだと思われます。実際、昔仕事の関係で名言をつらつらと調べていたことがあったのですが、どこかのまとめサイトで「これ間違ってるな」と気づいたものがあったりして。

で、これは私の勝手な推測ですが、新しめのサイトは、基本的に昔からあるサイトの名言をコピペしてベースを作り、そこに自分なりの名言をプラスアルファして作られているのではないか。そのため、「たくさんの名言集サイトに載っているからこれは正しく引用されているだろう」という判断が多分通じない。一言一句間違っていない名言も多々収録されているはずですが、古いサイトが一度引用を間違えたら、その間違いはほぼ訂正されることなく、後発の名言サイトに散らばっていく気がします。

そんなわけで、ピックアップにはインターネットを使っていいけど、現物で確認できないものは使わない、という条件で本やネットから箴言をメモしていったものの、確実に現物で調べがついている箴言の数がちょっと不安で、追加調査を私が図書館でしたりも。単行本のあとがきにクレジットされている植田さんには、その際にお手伝いいただきました。

そうやって紙の本を見て、パソコンに手入力したのが元データになっており、さらにカミムラさんの手描きも発生するので、出典に描かれている通りに完全に描かれていない箴言はあるかもしれません。もしもお気づきの方はご指摘ください……!

第5話余談③

個人的に今回で気の毒に思うのが、

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済馬に「あ――…」と言われてしまった、ビジネス書ヤンキー。“あらゆる書物を称揚する”(左近さんの箴言)『どくヤン!』において、この扱いは少しかわいそうだなと。「お、お前らが社会に出たら、ビジネス書の価値も少しは分かるかもしれないんだからなっ!」と思ったりもしたものの、多分こいつらは卒業後も死ぬまで(良い意味で)ビジネス書とは無縁の人生を歩んでいきそうですよね。

そこが少し引っかかり、実はビジネス書ヤンキーを活躍させようか……と話し合っていたエピソードもありました。それが、16話~18話の修学旅行編です。元々、3話くらいでやるつもりではいたものの、まだ長崎に行くのも決めていなかった時分には、3話それぞれに独立したエピソードをやる方向性で検討していたのです。

その中の1エピソードとして、定番の木刀を購めんと土産物屋に向かうどくヤンたち。しかし、不況の色濃く木刀の在庫がなく、店主は困り顔。そんな土産物屋を、ビジネス書ヤンキーが自慢の知識で再生せんと試みる……! みたいな話はどうか、と話していたりしたことも。

ギャグマンガなので、ビジネス書ヤンキー自身は単に本を読んでいるだけでビジネスの経験がないため空振りしまくる流れで、ちゃんと活躍することはできないが、ビジネス書のいいところをピックアップして説得力を持った語りをするパートは入れ込む予定で、「それはいいかも」となっていたのですが……。

しかし最終的には、既読の方はご存知の通り、長崎編の主役は官能小説ヤンキー・伽乃桃春に。16話の時点では、その要素を匂わす程度にしていましたが、3話通しで彼が主役の内容となりました。長崎が登場する小説を探し求める道すがらで、本編にも登場する某ブログを発見し、そちらに舵を切ってしまったのでありました。

官能小説もビジネス書と同様に、制作陣が詳しくないジャンルなこともあり、読書自体をうまく称揚するエピソードが作りづらい。その上、伽乃はバイプレイヤーとしてほぼレギュラーになっていたので(キャラの名前は大体カミムラさんと左近さんが考えているのですが、伽乃は多分私の命名。出落ち要員くらいのつもりでいたはずなんだけど、あまりの使い勝手にどんどん目立つ存在に……)、ビジネス書ヤンキーには悪いが、伽乃が目立てそうなら、そっちを優先するしかなかったんや……。

note版「今週の一冊」その5
『人間失格』

言わずと知れた太宰治の代表作。なんとなく、太宰治のガチの愛読者は――照れなどもあるのかもしれませんが――本作を「一番好きな太宰作品」として挙げることは少ない気がします(私の交友関係ではそもそもサンプルが少ないけど)。でも、そんな作品だからこそ、間口が広く、太宰の作品の中でも図抜けて売れているのかもしれません(新潮文庫だけで700万部突破)。

実際、太宰を全部は読んでいないし、本読みとしては半端者もいいところな私の印象には強く残っている作品です。物覚えの悪い人間なので、小説を再読しなくても、コミカライズや映画で、その筋をたびたび追体験する機会があるのも大きい。

上記の新潮文庫のページには、「この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本人は二分される。」という見出しがあります。初めて見ましたが、納得の名コピーだと思います。

とはいえ私の場合、葉蔵を自分だと思えなかった。葉蔵の弱さ、愚かさを気の毒に思いつつも、同時に彼が羨ましく感じられる。初めて読んだのは中学生のときだったか、女性と話すこともロクにない同性の自分にとって、モテるだけいいじゃないか、と思ってしまう単純な嫉妬心もあったような気がするのですが、それ以上に「本当に弱い人間なら周りの人間をこれだけ傷つけられるものか?」といった思いがあった気がします。

私は「自分ごときの感情などを持ち上げる価値もない」と思うのでドラッグをやったことも、興味を持ったこともない人間です。モルヒネ中毒になれるのも自分かわいさあってのものではないか、真に弱い人間とは、文字通り「弱虫」で、人間になど関わろうとも、また、関われるとも思っていないのでは……等々、感情移入しつつも移入しきれない、といった立ち位置の読者でありました。

今にして思えば、葉蔵は優れた容姿で黙っていても人間が寄って来てしまうし、家族の引力が強く、インターネットもない当時において、人と直接関わらず虫のようにひっそりと生きるのも無理があったはず。また、他者のことも、自発的というよりは――根源的に自己中心的なところはあると思うけれども――、結果的に傷つける行動に走ってしまう感はある。精神病院を出て帰省した20代後半の葉蔵が、老け込むあまりに見間違えられるくらいの年齢になってみると、自分の弱さよりも、葉蔵の弱さのほうがより純粋なそれだったのかな……と思ったりもします。

で、そんな『人間失格』、実はトップクに刺繍する箴言を集めたメモにも、同作からの引用がありました。『人間失格』は第25話でも大々的にフィーチャーされていますが、そのチョイスはカミムラさんによるものです。箴言メモもカミムラさんピックアップだったのかも(最終的にはトップクには描かれていなかったと思います。太宰作品では『斜陽』からの引用が)?

第5話余談④(含むネタバレ)

ネタバレを含む話なので、今週の一冊の後に。『どくヤン!』の単行本には作中に登場する本を基本的に全て掲載するページがあります。

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当然ながら、阿符織のトップクのおかげで第5話は数が多い多い。この燐棄斗(リスト)の余白にコラムが毎話収録されているので、リストが長いとコラムの文字数がめちゃくちゃ制限されるという。

しかし、作中に登場しながらも、燐棄斗に掲載されないパターンもあります。1つは、その本が架空のものである場合。そしてもう1つが、この第5話に登場した、以下のようなケースです。

○○○○○○○○○○

以下ネタバレ注意

○○○○○○○○○○

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なんと言いますか、「ピンとこない箴言」(?)が登場するシーンがあります(そもそも箴言じゃないか)。

獅翔の言うように、怪物になった阿符織の目が曇ったのか。あるいは、1000個を目指すあまりに乱獲に走ったのか。とにかく、阿符織のトップクに、微妙なワードが刺繍されている描写があります。

上の画像の作品については、作品名もデカデカと描いているので燐棄斗に収録していますが、読者のみなさんが読めるかどうかはともかく、他にも「ピンとこない箴言」をカミムラさんが描き込んでいるコマがあり、それも実際の本からピックアップしています。

名言集サイトなども使えないのでオーガニックに抽出した逸品ばかり。そこだけ抜き出すとよく分からない感じがしそうな言葉を探しました。正直、可読性の高い普通の箴言より手間がかかっているくらいです。

でも、そこだけ見ると妙に思えても、私たちが魅力を感じているからこそ所有している本なので、基本的に大切な作品ばかりです。そのため、なんだか変な本として紹介する風になってしまうと本意ではないのと、コラムのスペースがなくなるどころか、燐棄斗だけで1ページをオーバーしてしまいそうなこともあり、それらの細かい「ピンとこない箴言」の出典元は単行本にも記載しておりません。

ちなみに、

どくヤン5_015

(見えやすいようにカミムラさんの高画質元ファイルを使用)野辺の右手の下にある「もっと引っぱる いわくテンソル」は、カミムラさんの愛好する『分解された男』(アルフレッド・ベスター)の主人公が、エスパーに心を読まないように、心の中で繰り返す歌の一部分だそうです。

その全容は、

もっと引っぱる、いわくテンソル
もっと引っぱる、いわくテンソル
八だよ、七だよ、六だよ、五
四だよ、三だよ、二だよ、一
緊張、懸念、不和がきた

というものだそう。強烈ですね……。原文もこんな感じなのか、原文のニュアンスを最大限汲んで訳者が構築したものなのか……。

おーい葉蔵~! 緊張、懸念、不和が来るぞ~!

と書いていて気づいたのですが、『分解された男』は『人間失格』の5年後に発表されているんですね。葉蔵が先、分解が後。しかし、帰省した葉蔵が生きていれば、どこから来たのか知れぬ緊張、懸念、不和に怯える日々を過ごしていてもおかしくないか。

『人間失格』には、

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。

という件があります。

弱虫は幸福を恐れるという点は不変で、綿どころか、形のないもので人を安全な距離から傷つけることも容易になったと考えれば、その点はむしろ悪化しているのかもしれない。

しかし、それでも、今は人類の歴史上、最も素晴らしい時代だろうと個人的には思っています。葉蔵みたいな人間が今生きていたら、一体どんな大人に育っていたのか。SNS上で人気者になっていたりするのではないか……?

そんなifを描いたのが、『HUMAN LOST 人間失格』です。

――というのは大嘘なのですが(本作の舞台は昭和111年の近未来)、この「全人間、失格」というコピー凄いですよね。

たとえ全人間が失格しても、ある種人外の生き物であるどくヤンは合格していきたい……。そんな思いで頑張りたいと思っています。それではまた次回の振り返りで(雑すぎる締め)。

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