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『死の天使の光輪』

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初の短編小説。青年はささやかな物書きであった。彼は物語を書くために、ある廃墟へ赴く。
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少女の信心

少女の信心

 その少女は朝五時に起きる。
 まだ日も昇らない中、軽い洗面を済ませ、そして自室の棚の上に置いてある簡素な祭壇に向かって、神に対してお祈りをする。今日という日を迎えることが出来たことへの感謝と平和の祈りを捧げる。こうして少女の一日が始まるのである。
 少女の考えは奇妙であった。少女は朝食を取る代わりと言って朝日が昇ると日光を全身に浴びていた。また少女は神のことについて話すのが好きであった。神は全宇

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短編小説『死の天使の光輪』

短編小説『死の天使の光輪』

 草原を駆ける西風が草露を拭う。
 その青年は、草原に出来た小径を歩いていた。厚い雲が悠々と漂う晴れた昼間のこと。風に吹かれながら歩くその姿は、長い時間歩いていたにもかかわらず、風に足を掬われるかのような、疲れを知らない、軽い足取りをしていた。これから向かう場所へ、期待に胸を弾ませながら、青年はこれから起きる《出来事》に対する想像をたくましくしていた。
 青年はささやかな物書きであった。
 数々の

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『死の天使の光輪』終章

『死の天使の光輪』終章

「よぉ兄ちゃん。あの少女に会ったんだろ?」
 青年が町の宿に戻ると、宿屋の店主が話しかけてきた。何故この店主は、青年が少女と会ったことを知っているのか。不思議に思いながらも返事を返した。
「ケイラのことですよね。会いましたよ」
「だろうな、コートの裾が切れてるぜ」
「え?」
 コートの裾を見ると、まるで切り刻んだかのような切れ目が残っていた。店主が話を続ける。
「あの黒服の少女はな、死神なんだよ。

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『死の天使の光輪』第五章

『死の天使の光輪』第五章

 古びた廃墟に長い影が二つ並んでいる。昼間、燦々と輝いていた太陽が今では優しい橙色に変わっている。世界と二人を包み込むその光は、どこか新しくも懐かしいような、一種の宗教画に見る後光のようだった。

 しばらく黙って夕陽を眺めていた二人。しかし、静寂を破って、青年が少女に声をかけた。
「そろそろ日が落ちるし、町まで戻ろうか」
「確かに、もう戻らないと」
 少女は青年から離れるようにして、夕陽のある方

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『死の天使の光輪』第四章

『死の天使の光輪』第四章

「君の気が済むまで聞いてあげるから、話してごらん」
 風が少女の髪を揺らす。少女の表情は今まで以上に、更に明るく輝いていた。少女は《真理》を語り始める。
「目に見える世界と目に見えない世界には境というものは無い。二つの世界は境無く繋がっていて、互いに影響を与えあっている」
「目に見えない世界と繋がっているということは、目に見えない存在との繋がりもあるってことだよね。例えば守護天使とか……」
「そう

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『死の天使の光輪』 第三章

『死の天使の光輪』 第三章

 厚い雲が日差しを遮り、二人の居る場所に陰を作る。それもつかの間のことだろう。吹く風が少し冷たく感じた。
「次は僕の考えを聞いてくれないかな?」
「構わない」
 少女はどこか嬉しそうに見えた。
「じゃあ話すよ。人々には過去の出来事で受けたトラウマがある。そのトラウマは今も人々を苦しめている。人々の心が過去からの影響で『今』も傷ついているのに、それで過去が存在しないなんてありえないよ」
 そう言葉を

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『死の天使の光輪』第二章

『死の天使の光輪』第二章

 静かな時間、沈黙の時間が二人を包み込む。
 ふいに、はっとして、急いで少女に謝った。
「どうしてなんて聞いてごめん!答えづらいこともあるのに、全然気が付かなくて……」
「いい。別に気にしていない」
 少女は少し考える様子を見せたあと、思い切ったかのように話し出した。
「神は人の内にいる」
 そう言い放った少女は、真剣な表情をしていた。少女の言葉に、少し気押されしたが、すぐに言葉を返した。
「君が

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『死の天使の光輪』第一章

『死の天使の光輪』第一章

 まず先に序章をお読み下さい。 少女の名はケイラと言った。
「ここでずっとあなたを待ってた」
「……人違いじゃないかな」
「いいえ」
 不意に“待ってた”なんて不思議な事を言うものだから、青年は少し距離を取ってしまった。
「君はここで何をしているんだい?」
「墓守をしながらあなたが来るのを待ってた」
 少女が廃墟で墓守とは。待つだけであれば墓守をする必要は無いだろう。それはただのごっこ遊びではない

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『死の天使の光輪』序章

『死の天使の光輪』序章

 草原を駆ける西風が草露を拭う。
 その青年は、草原に出来た小径を歩いていた。厚い雲が悠々と漂う晴れた昼間のこと。風に吹かれながら歩くその姿は、長い時間歩いていたにもかかわらず、風に足を掬われるかのような、疲れを知らない、軽い足取りをしていた。これから向かう場所へ、期待に胸を弾ませながら、青年はこれから起きる《出来事》に対する想像をたくましくしていた。
 青年はささやかな物書きであった。
 数々の

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