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『死の天使の光輪』第二章

 静かな時間、沈黙の時間が二人を包み込む。
 ふいに、はっとして、急いで少女に謝った。
「どうしてなんて聞いてごめん!答えづらいこともあるのに、全然気が付かなくて……」
「いい。別に気にしていない」
 少女は少し考える様子を見せたあと、思い切ったかのように話し出した。
「神は人の内にいる」
 そう言い放った少女は、真剣な表情をしていた。少女の言葉に、少し気押されしたが、すぐに言葉を返した。
「君がそう信じたいなら、それでいいと思うよ。宗教を選ぶのは自由だからね」
「……」
 少女は俯いて、黙り込んでしまった。また何か変なことを言ってしまったのだろうかと、内心焦る。
「宗教なんかじゃない。これは真理」
 少女も少し焦ってるように見えた。
 先の言葉と焦る気持ちを濁すように、少女に言葉を返す。
「神が人の内にいることが真理かな?」
「それは真理の一つ」
「まだ他にもあるんだね?」
「そう」
 少女は話したがっているように見える。少女が待っていたのは、もしかして、自分の話を聞いてくれる人だったのだろうか。神の存在を信じてはいるが、その手の話をこんな少女から聞かされることになろうとは。
 少女の話は尚も続く。
「私たちは『無』という存在。その『無』である私を通して内なる神が御業を成す」
「その、無っていうのはどういう事?」
「人の考えや信念は産まれ持ってのものではなく、生きていく上で拾ってきたものだから、それは自我の部分であり神我ではない。私たちは本来は神我であって、拾った考えや信念は持たない存在であるということ」
「難しい言葉が出てきたな。それに、自分は本来、その、神我?であるというのも信念の一つにはなるんじゃないかな?」
「それは永遠に変わることのない実在」
 だんだんと難しい話になってきた。質問をすればするほどに、聞き慣れない単語が増えていきそうだ。少女に質問するのをやめたほうがいいだろうか。今までの話を聞いた限りでは、確かに神父と話が合わないのも無理はないだろう。正直、理解し難い話ばかりだ。
「なるほどね。君の考えは少し変わってるように感じるけど、それも大切な考え方だよ。自分の考えは大切にするといい。考え方は自由だからね」
「まだ……伝えたい真理がある」
 本当に、この少女は話したがりのようだ。まるで今まで溜め込んできた想いを、雪崩のように、この大きな流れに乗せている。
 ふと思う。この、少女の訴えにも似た、非常に奇妙な話を、真剣に聞いてくれた人はいたのだろうかと。人々の歴史や想いを綴る物書きとして、この少女の想いも受け取るべきではないだろうか。少女は其の考え方で、人と話が合わずに、一人で苦しんでいたのかもしれないと思うと、急に他人事のように感じられなくなった。そう思ったのには、身に覚えがあったからだ。
 今までの自分の態度を反省しつつ、少女の話に、それまで以上の親しみの気持ちを込めて、耳を傾けるよう姿勢を正した。
「話してごらん」
「この世界は全て『神』で出来ている。私たちは『神』という一つの大きな生命の一部で、全ては繋がっている。そして神は常に生きているから、死というものは存在しない」
「全ては繋がっているって言葉はいいな。それなら離れていても寂しくはならないね」
「物理的に考えているから、離れた時に寂しさが増す。さっきの話を可愛く言うなら、ハートは繋がっているということ」
「じゃあ僕のハートは君のハートに繋がっているということになるね」
 少女に対して、少しばかりの、ロマンチックな想いを巡らせた。
 目と目が合う。
 少女の瞳の色が美しく輝いたのもつかの間、少女は目を逸らし、丘の上からの風景に目を向け、言葉を返す。
「そういうことになる」
 少女は更に話し続ける。
「全ては神だから、私たちも本来は神になる。しっくりくる表現をするなら『神の子』。私たちは神の子」
「自分が神だなんて、それを信じるのは難しいことだろうね」
「そう。私たちは神の子で、最初に話したように、私たちの内には神が宿っている。そして、私たちは、自分の外にいる神ではなく、自分の内にいる神の声を聞くべき」
「その話に少し興味が湧いてきたな。その、どうやって自分の内にいる神の声を聞くのかな?」
「心を静かにすること。瞑想するのが一番いい。自分の中に次々と浮かんでくる日々の考え事を一つずつ観察していく。その時に、その考えを無理やり消そうとしないこと。自分が考え事をしているということに気付くというのが大切。その作業を繰り返して、心を静かにさせていく」
「なんだか難しそうだな。僕にも出来るかな」
「それが出来るかどうかは、やってみてからのお話だと思う」
 そう言って少女は目を閉じて、自身のその小さな胸に手を添えて、沈黙した。少女のほうを、しばらく静かにして、じっと見つめていると、少女は突然ぱっと目を開き、深呼吸をして、また話を始めた。
「次の真理は、私の中でとても特別な真理になる。それは時間の話」
「君の特別なら、それは是非とも聞いておきたいな。その特別な真理を教えて」
 少女は、大切な宝箱を、ときめきを持って開くように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「それはね、それは、時間というものは無く、『今』という瞬間しか存在していないということ。私たちは、過去のトラウマからも、未来の不安からも、影響を受けることのない『今』という瞬間にいる。そして、その『今』という瞬間は何にでもなれる。私たちには『今』という瞬間だけがあって、過去も未来も存在していない」
 話をして気持ちが楽になったのか、少女の表情は出会った時より明るく見えた。
 だが、こちらは、その話を聞いて、こころにわだかまりが出来ていた。今というものは過去からの影響を受けないなんて、それは考えられない話しだ。
「ちょっと待って、その考え方は理解し難いな。過去の影響が今に無いなんて考えられない」
「それについては詳しく話すから」
 時間についての話は、意見を返すことが出来る。《想いを馳せる》物書きとしての意地を少しばかり見せたいところだ。

辺りから生き物の姿も、声すらも無くなった。一陣の風が草原に波を打たせた。

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