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『死の天使の光輪』第一章

 まず先に序章をお読み下さい。

 少女の名はケイラと言った。
「ここでずっとあなたを待ってた」
「……人違いじゃないかな」
「いいえ」
 不意に“待ってた”なんて不思議な事を言うものだから、青年は少し距離を取ってしまった。
「君はここで何をしているんだい?」
「墓守をしながらあなたが来るのを待ってた」
 少女が廃墟で墓守とは。待つだけであれば墓守をする必要は無いだろう。それはただのごっこ遊びではないかしらん。しかし、ただのごっこ遊びだとしても、この廃墟の手入れをこの少女がやっていたのだとすれば、不思議な事を言うこの少女に、感謝しなければ。
「君がこの廃墟を守ってくれていたのかい?だとしたら、君に感謝しないとな」
「あなたに会うまで暇だったから、ちょっと綺麗にしてただけ」
 どうやら推測は合っていたみたいだった。
 しかし、本当に不思議に思う。少女は何度も言う。会うのを待っていたと。
「どうしてここで待っていたんだい?町で待っていても良かったのに」
 少女はその言葉を待ってましたと言わんばかりに、早い反応を見せた。少女は少し楽しげに話す。
「ある知らせがあった。今季に入ってから、この廃墟を訪れる人のうち、三番目に来る人が私の待つべき人だって」
 どうやら少女は夢を見ているようだった。
「でも、あなたは二番目。三番目ではない。それでもピンと来た。あなたを待っていたんだって」
 知らせの約束を破ってまでも、少女は夢を見たいらしい。しかし、そんなふうに言われると、こちらとしても、まんざらでもない気持ちになる。直感。運命的な出会い。ロマンティック。是非とも体験したいものだ。
「そんなに僕を待ってたんだったら、もっと話をしようよ。ひとまず町まで戻って一緒にお茶でもどうかな?」
「ここがいい」
 少女は丘の上からの風景を眺めながら言った。その目の先には、遠く修道院があった。
「ここでいい。静かだから。ここで声が枯れるまで話そう」

「ここは宗教的な革命があった場所」
 初めに、少女が話す。選んだ話題には驚いたが、その興味深い内容に、耳を傾けた。
「昔、ここは城だった。城主は宗教にとても興味があった。そこで、当時いちばんに勢力を持っていた宗教の神を崇めるようになった。でも、城主の力は長くは続かなかった。城主は城を捨てた。そうして、そこに残った宗教が城を教会に変えた。教会が出来た後は、勢いがついて、とても盛り上がった。信仰が深まる一方で、決まり事も厳しくなっていった。決まり事が厳しくなるにつれて、教会から逃げようとする人達が出てくるようになった。だけど、逃げようとした人達は、捕まえられて処刑された。信仰心が薄いという理由で。そうしていくうちに相互監視が始まった。だんだんと教会は疲れきっていった。そんなある日、事件が起きた。それは教会全体を包むほどの火事。その日は大きな行事があって、教会の周りにはたくさんの飾りがあった。火の不始末で飾りの一つに引火して、それが広がり、教会の中まで入り込んだ。教会の中にいた人々は外へ逃げ出した。その時に、教会のあり方に疲れ切っていた人達は、更に遠くへ逃げていった。教会に残った人は、ごく僅かだった。少数になってしまった教会の人々は信者を増やすために近くの町に行ったけど、教会のあり方を知っていた町の人々は見向きもしなかった。それに、その時、町には既に、新しい考え方が流行していた。昔の勢いを取り戻せなくなった教会は廃れていき、教会の人々は新しい信者を求めて旅に出た。そうして教会は捨てられてしまった」
 廃墟のほうから烏の鳴く声が聴こえた。見てみると、円塔の上に一羽とまっていた。
「それがここの歴史なのかい?」
「そうやって伝えられている」
「ここは宗教的な革命があった場所なんだろう?革命と言うほどのことは起きていない気がするけど……」
「革命に大きいも小さいもない。これは小さな『革命』だった」
「それもそうだね」
 それはただの《変化》じゃないか?そんな言葉を飲み込んだ。味は無かった。
「それにしても、君はここの歴史に詳しいんだね。もしかして、ここに興味があるのかい?それか廃墟に興味があるとか」
「それはない」
 少女はきっぱりと言った。残念。
「たまたま開いた本にそう書かれてあったのを見ただけ」
「そっか。でも君の話はとても楽しかったよ。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」

「次は僕が話してもいいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう。話というより君への質問なんだけど、好きなものはあるかな?」
 少女の名前と、少女が立派な墓守(廃墟の手入れ)をしていたことしかまだ知らない。もし、またここへ来ることがあるならば、プレゼントでも渡そうかと画策し、更に少女の情報を聞き出すことにした。
「神。それと愛」
 その返事を聞いて、再び驚いた。いや、これは。信心深い少女なんだなと理解しようとした。プレゼントにするには難しいものばかりだ。出来て愛ぐらいだろうか。
「そうか、それは立派な好きなものだね。大切にするといいよ。もしかしたら君の宝物でもあるのかな」
「うん」
 少女は嬉しそうに返事をした。
「それなら神父様とは話が合うね。それはそれはとても深い話をしているんだろうね」
「いいえ、ほとんど話が合わない」
「どうして?」
「それは……」
少女の返事は空へと消えて行くようだった。

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