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40日間コロナ休業したマジシャンが本気で考えたこと(前篇)

ウィズコロナの時代における飲食店の価値とは(はじめに)

 ――これは、僕たち飲食店経営者にとって、最も「怖い」問いではないでしょうか。

 新型肺炎拡大にともなう営業自粛要請――これは実質上の強制なので、余談ですが、当店は休業において「営業自粛」の文字は悪足掻きにすぎませんが意地でも使いませんでした――は、地味に堪えました。
 言うならば、行政レベルで、存在意義を否定されたわけですから。
 もちろん、平時と非常時とは異なること、僕個人に向けられた言葉ではないこと、そういった諸々は頭では理解していますが、これを感情的に整理するのは簡単ではありませんでした。

 先の見えない不安のなか、色々と悩んだなかで、あることに気づきました。

外食気分を味わうなら、デリバリーでもいい。
人と話したければ、通話アプリでもいい。

 この歴然たる事実は、COVID-19以前からの本質的な問いなのだと。

 休業を余儀なくされ、否応なくこれについて考えざるを得ない状況に追いこまれた以上、この問題から逃げず、当店と自分の役割について徹底的に考え抜き、自分だけの明快な結論を出し、それを社会に対して価値として示す――これがいま、僕のすべきことなのだ。

 そう、覚悟を決めました。

 本エントリーは、その戦いの成果です。
 長文になってしまったので、エントリーを前後にわけました。

 お急ぎのかたは、後篇のみお読みいただいて問題はありません。
 お時間のあるかたは、まず、僕と当店についての説明から、お付き合いいただければと幸いです。


マジシャンの僕が飲食店経営者になった経緯

 当店『マジックカフェ&バー BELIEVE』は、金沢駅から徒歩5分に位置する、座席数24名の複合型飲食店です。
 一言で説明するなら、

『マジックが見れるカフェバー』

 です。
 バーカウンター(8席)では、クロースアップマジックを、目の前で、ときにはお客様ご自身の手の中で体感できます。
 地方のマジックカフェ/バーとしては珍しく、音響・照明を完備したマジック専用ステージを併設しているので、テーブル(16席)では座席にいながらにして、ステージマジックをご覧いただけます。

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 昨年末までは、金沢市最大の夜の繁華街・片町にて、カウンター10席のマジックバーの店舗責任者として、飲食店事業を多店舗経営している会社の正社員として勤務していました。
マジシャンの世界はフリーランスの個人事業主が圧倒的大多数なので、正社員という雇用形態は、非常に恵まれた環境です。
 その安定を棄ててまで、独立開業した理由。
 それはひとえに――

『マジックを、もっと身近に』

 ――の想いからです。
 前職での10年以上の歳月のなかで、のべ何万人ものお客様と話をしてきました。
 その直接の声のなかに、

「子供にマジックを見せたい」
「夜の繁華街に連れてくるのは難しい」
「平日の日中なら時間があるのに」

 といったご要望がありました。
 実のところ、意見の総数としては決して多くはありませんでしたが、どうしてか、僕はその意見を無視できず――
 そんななか、昨年の前店舗のテナント契約更新のタイミングで、ふとした話の弾みから、前職の社長のほうから「それだけ熱意があるのなら」と独立を後押しされたことがきっかけとなり、七転八倒の数カ月を経て――新店舗をゼロから作るのがこれほど大変だとは思いませんでした――今年2020年2月、無事、独立開業することができました。

 当時の苦労の想い出がてら、改装前のスケルトン・テナントの写真を載せておきます。

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石川県金沢市におけるコロナ禍の実際

 見出しの主語が大きめですが、つぎは、そんな飲食店経営者としての僕の主観におけるコロナ禍の影響を――経験的なものにすぎませんが、ひとつの記録の意味もこめて――書いておくことにしま。

 あくまで個人の主観にすぎませんので、ご了承ください。

 前述のとおり、今年2020年2月に――直前準備や膨大な申請手続などに忙殺され、告知すらままならない状態で――独立開業し、紆余曲折ありましたが、お陰様で初月は「最低これくらいは」の目標をどうにか達成できました。
 3月は――そうですね、中旬までは客足への影響は非常に限定的だったと思います。テレビや雑誌、webメディアなどの取材や広告の効果も出始め、この月もお陰様で最低目標は達成することができました。
 ところが4月に入り、市内の飲食店でクラスターが発生したことは報道された途端、来客どころか、お店の前の人通り、いや、外出者そのものが、なんの誇張もなく「消えた」のです。

恥を忍んで告白しますが、4月第二週の来客は「1名」、売上はコーヒー1杯ぶんの「600円」でした。

 とはいえ、これは善戦したほうでしょう。
 4月第二週のある日の夜の、金沢駅エリアの様子です。

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 ご覧のとおり、街の燈のほとんどが消えています。
 つまり、当店はしばらく営業できていただけ、まだ救いがあったほうなのです。

 飲食店における二大コストは「テナント家賃」「人件費」であり、当然ながらスタッフが多いほど後者が嵩むため、売上が見込めない状況での営業継続は赤字を膨らませることになるわけですから、大型店であればあるほど、休業を余儀なくされるのは無理もありません。

 当店も例外ではなく、4月第三週に「臨時休業」を発表。
 その数日後、石川県および金沢市による独自の緊急事態宣言が発表。

 休業補償などの諸々の情報が不透明ななか、いつから営業再開できるか見通しが立たないまま、実質無期限での休業期間延長に突入することになりました……


モノ消費とコト消費

 ウィズコロナの時代における、カフェやバーの価値とは。
 考えているうちに、思い出した言葉があります。

『バーは世界最小の劇場である』

 どこで目にしたかすら忘れてしまった、この、詠み人知らずの言葉に倣うなら、マジックバーは「劇場のなかの劇場」といえます。

 マジックバーは、本質的には劇場である。
 劇場は「コト消費」の場である。
 つまり、マジックバーの最大の差別化要素である「ショー」は「コト消費」であるため、テイクアウトやデリバリーといった「モノ消費」による収益化が原理的に困難なのです。

 複合型飲食店であり、マジックショーが最大のセールスポイントである当店ですが――

仕入れ先を厳選し、一杯一杯丁寧に淹れる、ハンドドリップコーヒー。
週替わりで愉しめる、自家製スイーツ。
サントリー神泡認定の、生ビール。
前職で10年以上レシピ開発からすべてを手掛けた、オリジナルカクテル。

 ――このように、当店は、カフェバーとしてだけ見ても、お客様に納得していただけるものを提供したいと試行錯誤を続けています。
 ですが、このこだわりがまた裏目に出てしまいました。

ドリップコーヒーや生ビール、ショートカクテルなどは「作りたてが美味しい」という側面があるため、これらはモノでありながら「飲食店の店内で味わう」というコトとほとんど不可分なのです。

 皮肉なことに、店頭でしか味わえない美味しさを追求した結果、当店の提供するモノ――ドリンク――は、コト消費性を帯びてしまったのです。

コロナ禍で真っ先に仕事がなくなり、そして、今後も回復に最も時間がかかる――あるいはもう二度とコロナ以前には戻らないかもしれない業態。
それが「オフライン型ライブパフォーマンス」です。

 では、ドリンクのテイクアウトやデリバリーが難しいのならば、当店の最大の差別化要素である「マジックショー」をテイクアウトやデリバリーできないか。

 臨時休校措置のため、子供たちが自宅生活を余儀なくされているご家庭向けに、マジックショーの需要があるのではないか。
 そう考えたのは、実は3月下旬のことでした。
 そうして「ご家庭単位の少人数向けのマジック出張サービス」を計画、発表しようとした矢先、今度は緊急事態宣言が発表……

 もしかしたら、もう忘れているかたもいらっしゃるかもしれませんが、当時の空気感は「異常」でした。

運送会社の配達員に向かって、ドアを開くなやいなや除菌スプレーを噴霧。

 これれは極端な例であり、その行為には賛同できませんが……これをするに至った「心理」「感情」は理解できるのです。

 このスプレーを噴霧した人は、ただ「コロナウイルスが怖かった」のでしょう。

 飲食物のテイクアウトやデリバリーとは違い、マジック出張サービスは、僕がお客様のリビングにお邪魔しなければなりません。

 もちろん、万全の対策を取る準備がありました。
 しかしそれでも、お客様が心から安心して、ショーを楽しめないのではないか。
 そして、万が一、僕が濃厚接触者などになった場合、お客様に大きなご迷惑を与えてしまうことになってしまうのではないか。

 結局、この時点では、マジック出張サービスに踏み切ることはできませんでした。

***

 つぎに考えられるのは、オンライン型マジックショーです。

「臨場感に欠ける」
「ちょっとのラグの発生で、不思議さがおおきく損なわれる」
「録画ではなく、リアルタイムのショーであることの意味をどう生み出すか」

 そういった課題はありますが、これは充分に現実的な選択肢であり、既にこれを行っている同業者は続々と現れています。

 しかし、ここでも僕は、それ以前の問題でつまづいてしまったのです。

※後篇に続く

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