マガジンのカバー画像

嘘日記

16
嘘の話を置くマガジン
運営しているクリエイター

2020年2月の記事一覧

2-29の話

大好きな曲で気持ちよく目が覚めたい_そういった思いは多くのひとが持っているらしいが、実際のところ朝に弱く寝起きはジッとしていたいと思うような人にとってそれは有効ではないと聞いた。面倒で避けたい気持ちが曲の印象を塗り替え、日常生活であまり聞きたくない曲になってしまうという。そう語ったXは、逆の試みとして自身が嫌いなアーティストの曲を目覚ましのアラームに設定し、怒りを利用して起床していると語った。結果

もっとみる

2-28の話

昼間、揚げそら豆をぽりぽり食べていると、急に空が暗くなった。予報では1日快晴だったはずだが、急に崩れたのだろうか。カーテンを開けるといつも見える向かいの家がなく、代わりにのっぺりと広がる紺色の何かだった。空にあたるところに目をやると、うっすらと波立っている。私の家は湖の底に沈んでいっているようだ。これでは買い出しに行けない。

ゴンという鈍い音と振動が、無事に着地したことを教えてくれた。私は何をす

もっとみる

2-27の話

夜の川辺を歩くのが好きだ。街灯の光も届かない川床は塗りつぶされたように黒く、混じり気のない暗闇が放つ無視できない力について考えてしまう。橋も渡り終えないうちに左足首が痛み出す。痛みは思考を中断させ、私を現実に引き戻す。足は痛いが、ここは立ち止まる場所ではない。街灯は私を容赦なく照らすし、車道に引かれた頼りない歩行者用のスペースで座り込むわけにもいかない。足が痛い。

もうすぐ学校へ行かなくなって1

もっとみる

2-26の話

足が12本あるネコをもらうことになった。10本足も14本足も田舎ではよく見たけど、12本足のネコは珍しい。しかもすべて靴下を履いている柄だという。なんでも保健所に保護されたが、辺り一帯はもう手一杯の状態で誰も引き取ってくれないのだという。たとえそれが彼らの常套句でも、私は12本という珍しさにやられてしまい、その日のうちに必要なもの全てを集めてしまうほどあった。暇つぶしになるだろうと思って買ったおも

もっとみる

2-25の短い話

雨戸を打ち付ける雨の音で目が覚めた。足のぬくもりが長時間の睡眠を物語っている。雨戸の隙間から光が差しているし、夜は開けたのだろう。口腔内の不快感を無視し、布団を頭まで引っ張り上げた。携帯電話に触ることなく時間が流れるままにしていたが、連続して入る通知音に負け、とうとう体を起こした。

布団の中で脱いだ靴下を探し、底冷えするフローリングに足を下ろした。覚醒しきってない頭もそこそこに、トイレを済ませ、

もっとみる

2-24の短い話

5ヶ月ほどの無職期間を終え、私は免罪符を発行する仕事に就いた。免罪サービス社が免罪窓口で発行する仕事だ。不意に誰かと顔を合わせないようにと配慮に配慮を重ねた結果、誰もが免罪に来たのだなとわかるような辺鄙な場所にある。あなたの思う免許センターの立地とだいたい一緒だ。定期的に届く免罪ハガキを手に人々は赦されにくる。

顔が見えないように区切られた窓口から差し出されるハガキと書類に目を通し、不備が無いか

もっとみる

2-23の嘘

人類が数十億年かけて守ってきた「夜は寝る」という習性も友人のAにとってはもはや古いものらしく、齢30を超えても真夜中にメッセージが入る。帰宅後に着替えて家を出ることが億劫な私にとって、夜中でも誘ってくる彼の存在を眩しいとさえ感じていた。一体Aはいつ寝るのだろう。

入浴ついでの歯磨きも終わらせたことを伝えたが、どうしても会う必要があるとのことだったので、私はスウェットの上に大きめのブルゾンを羽織り

もっとみる

2-22の嘘日記

駅前にパン屋ができた。それもイオンの全フロアを無理やりな手段で買取りパン屋へ改造したのだという。顔見知りの店員は困惑した面持ちでカウンターの中でパン屋開店の飾り付けを作っていた。

「まいったよ。急にパン屋になれだなんてね」

彼は手先が器用なこともあり、贈答用パンの飾り付け部門へ異動になるという。「どうなっちゃうんだろうね」彼は突然おとずれた非日常を笑顔で受け流していた。抵抗した何人かは懲戒処分

もっとみる

2-21の嘘日記

Xと海へ行った。砂浜には犬の散歩をしている老人と、地元住民らしき人がちらほらいるくらいの賑わいだった。湿った浜辺に腰を下ろし、体を横にした。服がじわじわと水を吸い上げていく感触が気持ち悪い。Xが時折話しかけてくるが、風が強くてうまく聞き取れない。イヤホンをせずに外の音を聞くのが久しぶりで落ち着くのに時間がかかった。

じっと目を閉じているうちに眠っていたようで、目を覚ました時、Xはどこかへ消えてい

もっとみる

2-20の嘘日記

今日も子供たちを学校に発たせる。久しぶりとなった休日を満喫しようにも、家の中は自堕落な学生時代のそれよりもひどい。私は怒鳴り散らしたい気持ちをおさえ、玄関から廊下、リビング、台所と片付けていった。ボールペンのキャップ、どこかに張り付いてたであろうマグネット、洗った後なのかわからないTシャツ、折り目のついたプリント。中身のないクッキーのビニール袋。この家にはゴミか、いずれゴミになるものしかないのだろ

もっとみる

2-19の嘘日記

4匹のトカゲと暮らしている。大きさはきっちり15cmで全て同じ色をしている。見分けがつかないので名前もつけず、部屋の中を勝手に出来るよう放している。

見た目は子供の頃よく見たようなトカゲだが、私が手を叩くと4匹1個隊で足元へ駆け寄ってくるのだ。私がどこで手を叩こうが彼ら_雌雄を調べていないので便宜上彼らとする_は即座に駆け寄ってくるので、忘年会での一本締めや観劇の際に去来する感動に身を任せた拍手

もっとみる