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~アナル~ 汚れちまった悲しみに

尻尾付きメタル製アナルプラグが届いた。

「あぁ、これか・・・」。

私は梱包を開けながら、先月末にアナルプラグを注文していたことを思い出した。

説明書を読むと「アナル拡張にベスト」「前立腺初心者から上級者用まで」など、普段目にしない日本語が並んでいる。

 
尻尾付きメタル製アナルプラグ(以下、アナルプラグ)を注文した理由を、ひとつずつ思い出していこう。これは私にとって苦しい作業である。

その日、大学時代の友人のW氏とN氏と、テレビ電話をしていた。話題は「コロナウイルス」や「テレワーク」だった。両氏の会社では、ウェブ会議が仕事の中心となっており、モニターには上半身だけが映るため、下半身は丸裸でも問題はないという。むしろ、下半身が丸裸である方が、冴えるという。私達は酒を飲みながら、テレビ電話をしているうちに、だんだんと、話題のウェブ会議の恰好に近づいていき、気付けば、全員全裸だった。ロックグラスでギリギリ隠したかと思うと、おもむろに氷を取りに立ちあがり、ちんこモロ出しにしたりと。馬鹿である。


さんざん酔った両氏は、突然「来週、宮崎へ行く」と言い、その場で、航空券とホテルを予約した。続けて「俺達が宮崎へ行くかわりに、お前はアナルプラグをつけて空港で待ってろ」とぬかしてきたのだ。無茶苦茶である。私の暮らす宮崎に遊びに来るのは貴様らの勝手だが、なぜ私がアナルプラグを刺した状態でおもてなししなくてはならぬのだ、たわけ。これに応じる必要が1mmも無いことは分かっている。ただの悪ノリからくる吹っ掛け。出来るはずの無い難題を吹っ掛けておいて、案の定それが出来ない場合「そんなもんかよ」とマウントをとりたいだけなのだ。そんなものは無視。真に受けてどうする。28歳の男性というものは、仕事に脂がのっている時期であったり、マイホームのローンを返していたり、人の親になっていたりと、種々の社会的責任というものが自然と肩に乗っている時期であって、そうやすやすと肛門にアナルプラグを装着してはならない、……ことは分かっているのだけれども、「キツネの尻尾をあしらったアナルプラグに刺して待っているぜ!コンコン!」と答えてしまった!私は馬鹿である!

 
私が「キツネの尻尾あしらったアナルプラグを刺すコン」と答えた理由を考えていきたい。

まず、私が馬鹿であること、それが一番の理由だ。
私は学生時代から馬鹿であった。勉強も得意ではなかった。スポーツも出来なかった。顔が良いわけでもなかった。そのうえ性格も卑怯であった。しかし、クラスメイトからいじめられることも無く、ヤンキーに目をつけられるでもなく、怖い先輩にボコボコにされることも無く、無事学生時代を送ることができた。なぜそうすることが出来たのか、理解している。それは私が、気味悪かったからだ。「あいつ何考えるか分かんないから関わるのやめとこう」と、思わせて学生時代をサブァイブしてきた。ただ、気味悪さや異常さを演出するのは、決して楽なことではなかった。いつも体を張ることが必要であった。一匹狼も辞さず、周囲の誤解も恐れず、奇行に倒錯した。草原でオナニーをしてUFOを呼んだり。地元のお祭りの櫓に登り、褌姿になり、A WHOLE NEW WORLDを歌いながら踊ったり。体を張って、自分のポジションを確保していた。そんな馬鹿だから「キツネの尻尾あしらったアナルプラグを刺すコン」と答えた、のだと思う。

 
よくよく考えると、両氏の要求を断りたくない理由が、もう一つあった。こちらの方が、28歳サラリーマンの私にとって、恥ずかしく卑小で切実な問題であった。それは給与の差だ。両氏はGAFA的な企業に勤めており、控え目にも、私の倍はもらっている。貨幣価値の世界では完敗していた。この要求を断ってしまったら、見栄の世界(?)でも負ける気がして、ここはもうキツネになるしかない!と判断したのだ。普段はこういうものの考え方はしませんが、このときはそう思ったのだ。コンコン!!

 

両氏の4月4日の宮崎来日に備えて、3月31日にアナルプラグをアマゾンにて注文したのだが、商品到着が遅れてしまい、結局、近所アダルトショップにて、適当なアナルプラグとローションと肛門洗浄機器を購入した。また、4月2日の夕方から断食をして、直腸に糞が残らないようにした。丸二日の断食に加え、慣れない肛門洗浄をまでして、ベストなアナルへと仕上げていったのだ!

 
4月4日、当日、宮崎空港にて、両氏が飛行機から降りてくるのを待った。が、結局来なかった。なぜか。搭乗前に飲み過ぎて、フライト時刻までに羽田空港へ辿りつけなった、などとぬかしよる。私は丸二日も断食もして、肛門洗浄までして待っていたというのに!空腹のあまり、腹は昨晩から鳴っている。いじらしいほどアナルは仕上がっている。でも両氏はいない。私がひとり。咳をしてもひとり。孤独とはこういうものかと知った。真の孤独であった。決して誰とも繋がらない世界。誰に話しても私の悲しみは理解されない。両氏にとっては「飲み過ぎて飛行機に乗り遅れた愉快な日」かもしれないが、私にとっては「いたずらにアナルを洗った日」でしかない。手元には、たくさんのアナルグッズだけが残った。この世界は繋がらない。

 
母はディズニーランドが嫌いだった。

私が幼いころ、母と父と、3人でディズニーランドへ行った。母は、パレードが始まる前に、3人分の場所取りをしてくれていた。私と父は、それをお構いなしに、「今ならジェットコースターが空いているぞ」、といい、何度もビッグサンダーマウンテンをループした。母の待つ場所に戻った時にはパレードは既に終わっていた。花火は闇に消えた。私にとってあの日は「たくさんジェットコースターに乗れた日」だったが、母にとってはどんな日だったのだろう。世界は繋がらない。

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