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テトラの親子 ~前編~

寝ぼけているようにも、発声練習をしているようにも聞こえる不規則な蝉の鳴き声が響き渡る、早朝。カーテンに塞き止められた陽射しが、わずかな隙間から部屋の中に入り込み、浮き上がるでも沈むでもなく舞う小さな埃を照らしていた。

「おい…、おい…。」

遠慮がちに身体を揺り動かされ目を覚ました。ゴツゴツした手の感覚で親父だと直ぐ分かる。親父に起こされたのは何年ぶりだろうか。

不機嫌に寝ぼけ眼を擦り、あくびをしながら身体を起こし、頭を撫でるように掻いていると親父の後ろから声がした。

「今からお父さんの部屋を家宅捜査させて貰います。これが家宅捜査令状です。」スーツ姿の40代後半くらいの男性がA4サイズ程の紙切れを両手で広げていた。

「こちら浜名湖中央署の高木さん」バツが悪そうに親父が紹介した。寝起きで何が何だか理解出来ないまま、七・八人程の刑事が家の中に雪崩れ込んでくる。俗に言う、ガサ入れが始まった。

『人生、一発逆転』よく親父が口にしていた言葉が頭を過る。親父は何をやったんだ?最近、挙動不審だったが、隠し事してるときの親父のいつもの癖だから気にも止めなかった。

突然始まったガサ入れに気が動転し、刑事にも親父にも何も聞けず玄関先で立ち竦(すく)み、まるで映画やドラマを途中から観ているような感じだった。登場人物やその関係性、筋書きもわからず、どこにも感情をこめることが出来ない。

只(ただ)、玄関近くにある熱帯魚テトラの水槽を眺め、時折、ガサ入れしてる刑事達の様子を伺うことしか出来なかった。

刑事達はまさに家をひっくり返す勢いで調べ回り、証拠になるような物は段ボールにつめて押収し、ガサ入れが終わると任意で親父を連行していった。

「直ぐ帰ってくるから…、後は頼む。」ため息で始めた話をため息で締めくくるように親父はつぶやいた。「あ…あぁ。気をつけて。」不機嫌というのではなく、同情や心配とも違う。かと言って、頬をゆるめる気にはなれない。なんとも間の抜けた返事しか出来なかった。

玄関のドアが閉まっても、尚、玄関を見つめ呆然と立ち尽くした。まるで世界が柔らかく細いペンの曲線だけでしらじらと描かれたワンシーンのように全てのものの色と厚みがなくなったかのように見えて、舌打ちとため息でしか表せない胸の苦しみが僕を襲った。


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