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逆噴射小説大賞2022個人的感想覚書

 今年もやってきた。何がだ?
 逆噴射小説大賞の季節が、だ。

 知らない人の為に一応説明をすると、『逆噴射小説大賞』というのは、小説の冒頭の800字を競う最強の大会の事です。

 今回もたくさんパルプ小説が投稿されているので、現時点でピックアップをしつつ、備忘録的に感想を書いていこうと思います。
 ガッツリネタバレあるので、注意してください。

【#01】 【#02】


ロストジャイブ

 やっぱり……カーチェイスは最高やな! 800字という制約の中で、ドライヴ感を増し増しにするという観点で見ると、やはりカーチェイスというフォーマットはかなり適していると言えますね。ドライヴだけに(クソおもしろジョーク)。映画とかでも、プロローグでいきなりカーチェイスの場面を持ってきて、観客を画面に釘付けにする手法はかなりメジャですからね。
 このロストジャイブはそれだけに留まらず、しっかりと主人公の置かれた状況、積荷の特異性、そして、渦巻く陰謀と黒幕らしき敵役の紹介を済ませているんですよ。スピード感のある展開ながら、物語を楽しむためのセットアップは丁寧に完了させている。これをきっちりやってくれると、読者としては安心感しかないわけです。もう楽しむ準備はできてるぞ、と。
 さらに、乗り物AIの相棒というロマン要素まである。みんな好きですよね? 乗り物相棒AI。私も好きです。
 そしてラストの引きでヒロイン登場。完璧perfectだ、ウォルター。そう、運び屋モノの積荷はベイブに限るんですよ。『トランスポーター』が完全にそれを証明してくれています。

『トランスポーター(2003)』




計画と、取引と、裏切りと

 パルプの王道といえばハードボイルド(個人の感想です)。そして、ハードボイルドの主人公に求められる事といえば何か? そう、それは「タフさ」です。

出典:猿渡哲也『TOUGH外伝 龍を継ぐ男』

 肉体的な意味合いでなく、精神的にTOUGHでなければ、ハードボイルドの主人公は務まりません。その点、この作品の主人公、岩井は間違いなくタフです。いきなりヤクザに拉致監禁されるという、おおよそ考え得る最悪の状況であっても、冷静さを失わず、決して震えず、相手にファックを突きつける。さらに冷徹に、窮地を抜けるための策を講じている。
 800字のスタートを読むだけで、読者は岩井がMEXICOの荒野を進む事のできる真の漢だと理解できるオープニングになっているわけですね。それこそがハードボイルド小説で1番重要な心臓な訳です。
 ここから事態がどう転がっても、彼ならばきっと切り抜ける、あるいは前のめりに死ぬと確信できる。そう思わせてくれるだけの主人公像を、800字の中で描き切っているんですね。



Q eND A【キューエンドエー】

 はい優勝(何が?)。
 読んでて「これ優勝でしょ」という感想が真っ先に出てきました。
 クイズを題材としたデスゲームものなんですけど、そこにさらに異能バトルの要素まで盛り込んできてるわけ。異能バトルが嫌いな奴いる? いねぇよなぁ!? 『クイズ』『デスゲーム』『異能バトル』という3要素を贅沢に盛り込んだ、カツカレー炒飯みたいな代物、でありながら、全然とっ散らかってないんですよね。そして、デスゲームモノでありながら、ルール説明をすっ飛ばしてる。800字レギュだとルール説明なんてやってたらそれだけで文字数が終わるからという事もあるんですが、この小説の恐ろしいのは、ルール説明をしてないのに、読んだ後おおよそのルールと駆け引きのキモを把握できている所なんですよ。なんで? 情報な圧縮と取捨選択のなせる業なんでしょうか。
 さらに、それと同時に、主要人物3人のキャラ立てまで完了してるのがヤバい。主人公であるAの冷静さ、抜け目なさやちょっとした非人間性、ライバルポジションのQの冷酷さや手強さ、そしてヒロインポジションであるNの性格と、この娘は解説ポジションになるんだろうなという予感、そういったものが伝わるように描かれてるですよね。どうやって? 手品か何か?
 ヘッダーを見るに、多分この後『D』とか『e』(なんで小文字?)(なんでダブってるの?)も出てくるんだろうし、め、滅茶苦茶先が気になる……!



落ち雛飛翔

 つ……強い、あまりにも……!!
 という感じ(どういうこと?)。かなり挑戦的な構成をしていて、そしてそれが成功している。強い。
 この作品、ほとんどの文字数が、現在の時間軸より前にあって、主人公であるシゥのバックボーン、オリジンに費やされているんですね。これが中々チャレンジング。というのもこの逆噴射小説大賞では、兎に角「話を前に進めろ」「ストーリィをドライヴさせろ」という事がいわば定跡として周知されていて、書く側としてはかなり「前に、前に」という意識が働きがちなんですよ(そうじゃないですか?)。そこで敢えて過去編、いわば後ろを地盤固めするような構成というのは、すごい勇気がいる攻めの一手だな、と。この賞に慣れてるスリンガーほど打ち難い手なんじゃないかと個人的に思います(参加2回目のアマチュアが何言ってんの?)。
 そして過去編だからと言って話がドライヴしてないかというと、全然そんな事なくて、シゥの置かれている過酷な境遇、倒すべき敵、そして背負う運命fate。それが「谷底からの脱出」というソリッド・シチュエーションに乗ってズンドコ提示されるので、退屈さは微塵も感じさせないんですよ。
 また天才だなと思ったのは、時間軸が現代に戻った後の皇帝のセリフ「顔をあげ……あげなさい。私の騎士」という部分。これ、たったこれだけなんですけど、わざわざ言い直させているだけで、読者に「あれ? ひょっとしてこの皇帝……もしかしてシゥの復讐対象じゃないんじゃあないか?」みたいな違和感/予感を持たせることに成功してるんですよね(実際のところどうかは不明)。これが白眉。単なる復讐譚で終わらず、更になにか波乱を感じさせる工夫が、セリフひとつだけで仕込まれているんですよ。言葉の経済効率がとても良い(夏井先生並みの感想)。




粛裁(しゅくさい)の鐘よ鳴り響け。我が命を以て

 パルプ小説といえば、やはりGUN。インパクトで人を引き付けるという意味でも、銃撃戦を冒頭に持ってくるというのは、ある種王道というか、基本のキなところがあると思うんですよ。『パルプ小説の書き方』でも、第1回のお題は銃と死体のシチュエーションでしたからね。

 しかし、空手で言えば基本の型のような銃撃戦だからこそ、ほかの作品との差別化を図るのは難しい部分があるんじゃないかなと。いわんやこの大賞では800字という制限がかかっている訳ですからをや。
 王道ゆえに難しい。それが銃撃戦オープニングだとおいどんは思っちょります。
 そして、この作品はその難しい銃撃戦に真っ向/真正面から向き合い、制しているなと感じました。さまざまな独自のエッセンス——たとえば、宗教的なモチーフだったり、強いジジイだったり、出だしのルールだったり、弾丸落としという外連味だったり、孫との戦いだったり、バチクソに格好いいタイトルだったり——を、ふんだんに用いる事で、作者にしか出せない味を出し、魅力的な小説へと仕立て上げている訳です。
 いうなれば、基本の技を極めたが故に、それが奥義になるタイプのボスですね。

出典:サンドロビッチ・ヤバ子/だろめおん『ケンガンオメガ』




しなやかな不死

 猫パルプ! にゃーん!
 猫という究極かわいい生き物と、殺伐としたパルプを取り合わせるという発想がヤバいです。
 まぁ組み合わせ自体は決して悪くないと思うんですよね。かの名作『ドルチ ~ダイ・ハード・ザ・キャット~
とか、最近だと『Stray』とかもありますし。そもそも猫は全人類好きですしね。
 猫に目を奪われがちではあるものの、アクションシーンの描写が非常にスタイリッシュかつバイオレンスですし、のちの展開へと繋がるフックとして、①なぜ復活したのか ②5人の獲物とは ③なぜ獲物の中に飼い主も入っているのか という謎も提示されているため、読者としても先が気になってしょうがない訳ですわな。
 それぞれの謎も、完全に独立している訳でなく、絡めるように、朧げながら読者に「たぶんこれ相互関係ありそうだな」って匂わすように配置してあるのも巧みの業。秀逸なのは、匂わせはするけど、予想はさせてくれないところ。超自然的な、スパナチュなバックボーンなのか、あるいはSF的なものなのか、そういった部分はまだ明かされていないから、オカルトとか、サイバーパンクとか、パニックホラーとか、色々な展開に発展させることができるんですね。
 やっぱり物語を先に進めるための吸引力として、を置いておくというのはかなり有効な手段なんやなって。見習おう。




吾輩は擬態猫である。仇はまだ見つからない。

 猫パルプ! にゃーん!
 まさかの猫パルプ再び。去年の大賞のトレンドがタイムリープなら、今年の逆噴射小説大賞2022のトレンドはだってはっきりわかんだね。みんな、猫を書こう。
 まぁこの作品の猫は、厳密には猫ではなく、猫に擬態した宇宙人なわけですが。

出典:ナガノ『ちいかわ』

 前半は割とほのぼのというか、猫に化けている宇宙人の日常生活のスケッチになる訳ですが、鰹節だのチュールだので油断させておいて、読者のガードを下げさせておいてから、ガツンと殴ってくるので強すぎる。
 こういう超常存在が、一見人間に対して友好的なんだけど、価値観とか本質とかがどこかズレていて、思わずヒェッ……ってなるの、良いですよね。この作品で言うと、飼い主のスキャン方法とか、忠臣蔵を生き物だと思っていたりとか。たぶん、命の価値観とかも全然違うだろうから、こう……ヤバいな!(深刻な語彙不足)
 これから始まる敵討ち、まぁ血の匂いがする訳ですが、この猫ちゃんがどれだけ大暴れして、どれだけ血の雨が降ることになるのか、とても楽しみですね。




殺人学の受講料、二千五百円也

 はい優勝(また?)。
 読んでて「これ優勝でしょ」という感想が真っ先に出てきました。
 酒場で飲んだくれて、「小説とは……イルカとは……人生とは……」などとうだうだ考えていたら、店に入ってきた男に、「これが小説だ」と顔面に叩きつけられた感じ。つまり、圧倒的にR.E.A.Lなんですね。
 当然ながら、私の生活圏では、カネで人を殺す業界とは無縁ですし、殺し屋というのは一種のファンタジー存在な訳です。にもかかわらず、R.E.A.Lを感じさせるというのが、この小説の持つパワなんだと思います。
 そのパワーの源がどこから来るのか、今回は会話なんじゃないかな。会話が抜群に上手い。小説の『上手い会話』っていうと、私なんかだと伊坂幸太郎とか西尾維新とかの、ウィットに飛んだ言葉遊びやジョークをイメージするんですけど、それだけじゃあないんだぜっていうのを見せつけられた感じですね。
 会話というのはアクションとリアクションの積み重ねになるので、そこで繊細な描写を織り込んでいくことで、主人公のキャラクタとしての説得力がグンと増すというか、リアリティが出てくるわけでして。この作品だと突飛な依頼を受けて困惑する主人公の様子とか、人柄とか、そう言ったものが読んでいるだけで、自然と伝わってくるようになっているんですわ。一人称の強みを活かして、思索にふける描写をしたり、それだけでなくコインやジョッキというような小物も使っていたり、一文一文を細かく見ていく度に、上手いなぁと溜息が出てくるんですわ。
 また、技巧がヤバいだけではなく、ストーリーティングも上手いのが恐ろしいんですよね。依頼主のギミックが強烈なヒキになっていて、かなり先の展開を楽しみにさせる作りになっているし、また、作品全体を通した雰囲気づくりも上手い。同じ筋書きで、もっとダークでおどろおどろしい感じにも出来たんでしょうけど敢えて少しコミカルな、ユーモラスな感じにしている事で、読み味もすげぇ爽やかになってるんですわ……。



ダンス・ダンス・マカブル

 お、おもしれ〜〜〜!!!
 おもしろ大賞受賞。
 登場人物が抜き差しならない状況から物語が始まる、ピンチ・スタートは、一般的な創作でも度々使われる手法であり、逆噴射小説大賞とも相性が良いメソッドでして。短い文字数の中でも、緊迫感でドライヴしていくから、取り入れた方も多いんじゃないですか?
 今作はそういった、ピンチシチュエーションの中でもズバ抜けて抜き差しならないレベルが高いなと感じました。ワンミスが命取りになる緊張感と、迫りくる理不尽存在の圧倒的なパワ。そういったものが、800字を読んでいるとひしひしと伝わってきて、読んでるこっちも思わず息を止めるほどの臨場感に仕上がっているます。
 蝋燭をセンサーとして、少しずつ消えて近づいていく演出とか、映像映えしそうだな〜!!
 そして、圧倒的な面白さに叩きのめされて、溜息をついたあとに、しみじみじっくりと2週目を読み返すと、所々に違和感があるんですよね。
 それ単体であれば、別にそこまで……っていうような、小さな違和感なんですけど、例を挙げると、「ルルが死んでいるのに、その事に対してはリリは悲しみを抱いていない」とか「ララに対しても、本人を慮るというより、守りきれなくて罰を受ける事を懸念してそう」とか「先生ママが、ルルとララだけを心配している」とか「リリがこの状況で、怪異に殺される事じゃなくて、地下墓所に入れられることだけを恐れている」とか「というか地下墓所に『戻る』って何?」とか。
 ひとつひとつだと本当に、小さなひっかかりではあるんですが、全部合わさるとなんか凄く不自然なんですよね……。不穏というか、なんというか……。ねぇ、これ、もしかしてリリってさぁ……
【手記はここで途絶えている】




でも違うじゃん、偽物じゃん、とあなたは子供みたいに。

 や、やられた……!!!
 こう……完全に、やられた……!! という感じ(表現下手か?)
 シチュエーションとしては、誘拐モノになるんですかね。主人公の女性が、九歳の子供逸人を、車に乗せて逃げている、という場面。
 なんだけど、この小説のヤバいところは、この主人公が何で誘拐をしたのかという動機の部分が、一切触れられていない、描かれていない所なんですよね。動機もそうなんですけど、目的とか、経緯とか、そういった事も一切書かれていない、なんなら「本当に誘拐したの?」とちょっと疑いたくなるようなほど、まず真っ先に描かれるであろうところが、空白になっているんですよ。
 で、じゃあ何をやっているかっていうと、キャラクターの掘り下げなんですよね。説明を一切しない代わりに、主人公と逸人のバックボーンを、会話を使って800字全部で掘り下げている。

出典:荒木飛呂彦『スティール・ボール・ラン』

 この手法が滅茶苦茶効果的で、これをやられると、一気に読み手とキャラクターの距離がぐんと近くなりますし、この後の展開に向けての期待も掻き立てられるようになっているんです。
 そして、書かれていない「なぜ、主人公が誘拐をしているのか?」「こうなっている経緯は?」といった状況の部分に、凄く興味をそそられる、続きがすっごく読みたくなるんですね。
 「書く」だけではなく「書かない」という技術があるんだということをですね、痛感いたしました。凄いなぁ。





死して屍拾う者無し -Witch of Funeral-

 ワシの書いた小説に似とるなぁ……
 これワシの小説じゃないか?

出典:藤本タツキ『チェンソーマン  』


《NEXT→#02》


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