でも違うじゃん、偽物じゃん、とあなたは子供みたいに。

「でもおれ、誘拐されてんだもんな。ウケる」

アイスクリームを舐めながら逸人は、すらっとした足をぶらぶらさせる。わたしが表情を変えないから彼は調子に乗る。まだ九歳の、遠慮のない声。

「おばさん、結婚したことないだろ。子供産んだことも」

何を言えばわたしが傷つくか、怒るか、慎重に測っている目つき。

「妊娠したことなら、あるけど」

へえ、と声を漏らしてすぐ、ごめんと小さい声で謝ってくる。彼は極めて知能が高い。言葉尻を聞き逃さない。妊娠した全ての女が、等しく出産できるとは限らない。流産と予想したようだが、わたしは首を振る。

「流産じゃない。50分だけは生きていたの。心臓の音、覚えてる。この腕の中で死んだ」
「おれが悪かったよ。デリカシーがなかった」

居心地の悪い沈黙。真面目な顔。

「秘密の交換をしようか。おれの本当のお母さんは、代理母だ。おれを産んで、おれを抱く前に死んだ。無麻酔の帝王切開だ。血まみれだった」

一度見たものは決して忘れないという、彼の能力のひとつ。産まれた瞬間から備わっていたというのか。

「今の母さん、自分で産んだって顔をしてるの笑うよな。ゴリゴリのレズで処女のくせにさ。卵子提供者ですらない。なのにバレてないと思ってる」

彼は、極めて、知能が高い。わたしが掴んだ全ての秘密をすでに知っていた。わたしが知らないことも。

「何人か『姉』がいるらしいんだ」
「遺伝上の?」
「違う。本当のお母さんの、胎を借りただけの他人」

逸人は声をひそめた。

「当分おばさんに誘拐されててあげるからさ、捕まるまでの間に、そいつらの誰かと会わせてほしい。一人でいい」

追手も高知能ばかりだ。最後まで逃げきれないのも知っている。
車のトランクから、ガン、と突き上げる音がした。ヤクザが目を覚ましたのだ。

「車、もう乗り換えなきゃマズい頃だし、アイツ、もう殺しちゃおうか。怖いなら代わりにやってあげるよ、おれが」

逸人は天使みたいな顔で笑った。

【続く】

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