殺人学の受講料、二千五百円也

「これで、人の殺し方を教えてほしい」
 そう言って、隣の客に差し出されたのは五百円硬貨が五枚だった。
 その手は小刻みに震えていたが、罪の意識であるとか、緊張感によるものではないだろう。

「なるべく早く頼む、儂があの世に連れて行かれる前にな」
 深く皺が刻み込まれた小さな手。俺に殺人の――教授の依頼をしたのは、身体に負けないぐらい皺だらけになった服を着た腰の曲がった爺さんだった。裏社会の人間が集まる酒場といえば聞こえは良いが、ちょっとした金で犯罪を行うしょうもないチンピラが集うこの店の中でさえ、爺さんは浮いていた。

「爺さんよ――」
 俺はその後に言うべき言葉を失って、もう一度「爺さんよ」と繰り返した後に生ビールを煽った。空になったジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけたつもりが、思ったよりも情けない音がした。

 二千五百円――生ビールが大体七杯分、そんなものが人の命に対して支払われるべき額であるはずがないが、じゃあ、殺人学の受講料はいくらが正しいのか、中卒の俺にはわからなかった。これが俺に対する直接的な殺人依頼なら「桁が足りねぇ」の一言で済んでいるというのに。

「桁が足りねぇと思わねぇのか?」
 結局、断言することも出来ずに聞き返すような形になってしまった。
 あまりにも仕事がないものだから、こんな爺さんからでもなんとか金が取れないか考えてしまっている。

「そんな金があったら、儂が直接依頼をしておる」
「それもそうだな」
 俺は空になったジョッキにお冷を注ぎ、アルコールの死骸と一緒に飲み込んだ。世界一惨めなカクテルが俺の頭を少しだけ冷静にする。納得してどうするんだよ。

「じゃあ来月の年金振り込まれてから出直して来な」
「死人に年金を振り込むほどこの国は豊かじゃなかろうよ」
 そう言って爺さんが俺に透けた足を見せた。

「今どきの幽霊は祟りをやるにも自分で手を動かさんといかんのじゃ」

【続く】

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