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物語

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#フィクション

14日目 ボールペン

14日目 ボールペン

思い出してみると、めんどうな彼女だった。

喜怒哀楽があまり顔に出ない人で、風変わりなものを好むので、僕はいつもプレゼント選びに苦心し、渡す頃には記念日を大幅に過ぎてしまっていた。

それでもそんな彼女の、ここにいるのに、まるでここにいない、いつもどこか遠くを見ているような目と横顔が好きで、僕は彼女の写真をたくさん撮った。写真は苦手、と最初にぽつりと言ったきり、彼女が僕の撮った写真を欲しがることは

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15日目 さよならのとき

15日目 さよならのとき

日めくりをめくったら「ベーコンとイチゴジャムの日」と書いてあった。

そんな一日が終わりそうな頃に、まるで予言が駆け込み乗車で終電に乗ってきたように、あの日のあの人から、もう僕は今日にいます、と、甘くてしょっぱい知らせが届く。

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この物語はヤヤナギさんが企画されている #100日間連続投稿マラソン に参加しています。

毎日ひとつずつ、少しずつずれながらどこか重なっているよう

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16日目 にほんごの彼女

16日目 にほんごの彼女

「にほんごは すきですか?」
 と、その人に聞いた。

「まるで、紅茶は すきですか? みたいな聞き方だな」と、近くにいた人が笑った。

ほんの一瞬、人生がクロスした人。
きれいな本を買うと、彼女を思い出す。

名前も思い出せないのに、埃っぽいコンクリの階段の上の段と下の段に座って話したこと、思い出す。

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この物語はヤヤナギさんが企画されている #100日間連続投稿マラソン

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17日目 放し飼い

17日目 放し飼い

納品書と領収書を書く時だけ彼女が取り出して使っているボールペンのことが、実は以前から気になっている。

金属で出来た軸のところが少しへこんでしまっているそのボールペンを、彼女はずっと大切に使っている。少し離れた街の大きな文房具店に一緒に行った時、そのボールペンの替え芯のナンバーを控えた紙を握りしめ、一心に探していたことも知っている。

予備も買っておいたら?と僕がすすめると、いいよ、予備なんて。ず

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18日目 ワンピース

18日目 ワンピース

同窓会に着ていく服を選んでほしい、と祖母に頼まれた。

どちらも紫色の、ワンピース。私は少しだけ色が明るくて模様が大きい方を、こっちがいいと思う、と指差し選んだ。

祖母の家に来ると、いつもお駄賃をもらってお昼寝をするのが私の仕事だったから、ワンピースを選ぶのは初めて頼まれたほんとうの仕事、という感じがした。

だけどもう大きくなってしまったからか、お駄賃はもらえなかった。

博多人形や木彫りの熊

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19日目 砂絵

19日目 砂絵

卒業した中学には、美術部がなかった。

美術の先生は、陸上部の顧問でいつもジャージを着ていて、真っ黒に日焼けしていた。

美術部のある高校に進学し、美術の大学に進んだ私は、教育実習生としてその先生のもとに帰ってきた。

先生は相変わらず真っ黒に日焼けしていて、今でもやっぱりこの学校に美術部はなかった。美術準備室に授業の進行の相談に行くと、先生はずっとコンバインのカタログと窓から見える天気をかわるが

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20日目 ソの音

20日目 ソの音

リンゴがどっさり入ったポテトサラダがすきで時々作ります。

リンゴを包丁で切る時に出る、ソッ、ソッ、ソッ、ソッという音がすき。

じゃがいもも大すきなので6分目ぐらいまでしか潰さない。

混ぜ合わせてひとくち目を味見する、その瞬間が、至福の時です。

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この物語はヤヤナギさんが企画されている #100日間連続投稿マラソン に参加しています。

毎日ひとつずつ、少しずつずれながら

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21日目 サンタクロース

21日目 サンタクロース

子供たちの寝室に、毎晩鳩時計のスイッチを切りにいくのは僕の仕事だ。

娘は極度の怖がりで、妻の両親から贈られた鳩時計から夜中に鳩が出てくるのが怖い、と言う。真っ暗闇も怖いと言うので、いつも電灯の豆ランプを点けておいて、豆ランプが切れたら夜中でも取り替えに行くのも、僕の仕事だ。

夕食にししゃもが出ると、ししゃもの顔が怖いから取って、と言う。顔なんて言うから怖いんじゃないか、と思って顔じゃないよ、と

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22日目 光るソフトクリーム

22日目 光るソフトクリーム

「ごみ捨て場を通り過ぎてもう少し行ったところに、ほら、毎年クリスマスのイルミネーションの飾りつけをしてるお家があるでしょ。あそこ、今度通った時、よく見てみて。」

「お庭の中にサンタとかトナカイにまじってソフトクリームがあるの。あの光るやつ、お店とかの前にある。どこからとってきたんだろうね。クリスマスにソフトクリームは関係ないでしょ。でも当たり前みたいな顔して一緒に光ってんの。サンタとトナカイは平

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23日目 青い鳥

23日目 青い鳥

青い鳥みたいな女の子。
実際、彼女は青い服ばかり着ていた。

ほんとうはなんでも持っているのに、どこにも見つからないみたいな顔をして、いつも遠くを見てる子。

唇をとんがらかして、しゃっちょこばって頑張っている、真面目、真面目、真面目が服着て歩いてるような子。

社会人の彼氏がいる私が学生どうしで付き合っている彼女に、毎日一緒にいられるうちに出来るだけそばにいた方がいいよ、と言ったときも、なんだか

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24日目 緑のイチョウ

24日目 緑のイチョウ

その人は色を纏うように、洋服を着る。

待ち合わせをして彼女が目に飛び込んでくる時、いつも、色そのものがこっちに歩いてくるみたいで私は気もそぞろ。

会うとほとんどの時間彼女がしゃべっている。私は聞くことに気を取られていつも食べ終わるのが遅くなった。冷めてしまって固くなってしまったものをあわてて口に押し込んでいる間も彼女はずっとしゃべり続けた。

別れて一人になるといつもぐったりと疲れていたのに、

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25日目 家系図

25日目 家系図

キリストの血、はワインだから、そうじゃなくて何て名前だったか、たしかにすこし血の味がするビールをおかわりした後、いい感じにお酒がまわったその人がポケットからペンと紙を取り出したから、私はいよいよ口説かれるのかと思って身構えた。

その人は取り出した紙にさらさらと迷いなく、家系図を書きはじめた。そらで書けるくらい、暗記しているのだ。

家系図はその人のご先祖さま、とかではなく、有名な狂言師の家のもの

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29日目 はじめまして

29日目 はじめまして

話の内容よりもその風貌というか佇まい自体が胸を打つ人というのがいる。

どうすることも出来ないが、受け流すこともまた出来なかった他人の言葉をいくつもじっと自分の胸にしまい込んで、それらと一緒に生きているような人。

好き嫌いの問題かもしれないけど、そういう、困ったまま笑っているような佇まいの人が私はわりと好きだ。

その人が背負ってきた誰かの思いと再会する。

はじめまして。たくさんのあなた。

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30日目 スクリーン

30日目 スクリーン

その人の描く絵は、いつもスクリーンに映し出されたつかの間の映画のようだった。

あるはずの部分が切り取られて、それでいて最初からなかったかのように物語は進む。

主人公が振り向いて相手役の顔に視線を向けた時、その途中で見たはずの部屋の調度品は画面には映らない。私はそのないものたちが気になって、「ある」に選ばれたものたちの世界に集中できなかった。

私は絵の前に立ち、体操着を着た小さな子供の身体にも

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