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『おばけクラゲ』

夏の終わりにやっと海へいきました
クラゲがいっぱいでした
もうあちこち刺されて
赤いミミズバレもできました
 
海のなかにもぐってみると
外の音は消えました
ゴボッゴボッという海の音がしました
それは僕の音だったかもしれません

太陽の光はまだまだ強くて
海の底の白い砂を
青白くユラユラと照らしていました

ぼくが歩くたび
パフッパフッと白い砂が小さく舞い上がって
近くにいた砂色の魚が
びっくりして逃げていきました
 
あちこち見て回って気が付くと
水中メガネに水がたまっています
どんなにきつくベルトをしめても
いつのまにか入ってくるのであきらめました
 
水中でクルリと方向転換しようとしたとき
赤くて長い足をもったクラゲが目の前にいて
超ビビりました
      
そのクラゲの体はまるでぼくの大好きな
イチゴゼリーみたいに赤く透きとおっていました
       
じーっと見ていたら
体が波に押されてクラゲに触れそうになったので
海底を思い切りけって脱出しました

ああいう綺麗なのは触ると
ミミズバレになるからアブナイアブナイ


聞いてるとなんとなく悲しくなってくる歌が
浜辺のスピーカーから繰り返し流れていました
「めりーじえーん」と何度も叫んでいました。

夕方寒くなってきているのに     
いざ浜にあがるとなんだかもったいなくて
引き波にさらわれるように
ザブンザブンと何度も海にもどりました

上の歯と下の歯が 
ガタガタいって止まらなくなったので
さすがにあがることにしました
唇が真っ青で「死人みたい」と言われました

浜辺で髪をふいているとき
何かが浜にうちあげられているのを発見しました
くもりガラスでつくった灰色のドンブリ?
それを逆さまにしたものに
うっすら青黒い糸コンニャクのような足が
たくさ生えています

それはもう見ているだけで
胸の奥がザワザワしてくるような
大きくて不思議なクラゲでした

ぼくはそれに"おばけクラゲ"という名前を付けて
そのまま家へつれて帰ることにしました
 
カニを入れていた青いバケツしか
入れ物がなかったので
あやまりながらそこに一緒に入れました

カニたちは最初おどろいたように飛びのいて
バケツからはい上がろうとしましたが
しばらくすると
クラゲの頭の上にどかっと腰をおろし
タバコでもふかすように
小さい泡をぷくぷくと吐き出しはじめました

どうやら仲良しになれたようです


体がしょっぱくて
ベタベタして気持ち悪いので
すぐにお風呂に入ることにしました

そこでぼくは突然ひらめいたのです
あの"おばけクラゲ"と一緒に入ろう!!

興奮したせいか
耳の中に入っていた海水が
あったかくなってチョロッと戻ってきました

"おばけクラゲ"のドンブリは
手にズシッとくるくらい重くて
なんだかクラゲの王様みたいで
かっこいいなと思いました

ぼくがドキドキしながら
王様をそーっと湯船に浮かべてみると…
灰色だったドンブリがお湯に触れて
みるみるうちに
透明にすき通っていくではありませんか!

目をこらさないと分からなくなるくらいに
青く透けた大きなドンブリは
フワリフワリと揺れながら
湯船の底のほうへゆっくり沈んでいきました

ぼくはなんだかもうトロ~ンとしてしまって
しばらく動けずにじーっとしていました

そのあとあわてて服をぬぎ
シャワーをザーッと浴びて湯船に飛び込みました

さっそく"おばけクラゲ"と遊ぼうと
湯船の底をみわたすと、

どこにいったのか
あんなに大きな体をしていた"おばけクラゲ"が
みあたりません

必死になって湯船の中をくまなく探すと
親指くらいの透明な『カケラ』を見つけました
両手にすくって しばらくそれをながめました

透明なマシュマロのようでした

それを湯船に戻し
あとかたもなく溶けるのを待って
僕はお風呂からあがりました

青いバケツの中で
カニがカリカリと音をたてました
 
            おわり

水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。