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主体的に選ぶ環境を相手に与えるから、自分の仕事を選んでもらえる

コンプライアンス調査を依頼する外注業者は、予算、ノウハウ、秘密保持についての信用性から、一社しかなかった。当該外注業者は、他社の8分の1程の予算であるにもかかわらず、クオリティが劣らない。
よって、会議では該当一社の提案をする。

しかし、この提案がなかなか進まない。他に選択肢がないことは、日を見るより明らかであるにもかかわらず、愚痴や非難で溢れて進まないのだ。正直、どのようなコンプライアンス調査を実施するかが重要で、どの外注業者に依頼するかはさほど重要ではない。にもかかわらず、会議では、不平不満が噴出する。

やむを得ず、各社を比較した資料を作成、送付する。そうすると、ことは一気にまとまる。当初から提案した当該一社に決まった。

おそらく、部長やチーム長たちは、妥当な業者を推薦することを求めてはいなかったのだ。自分たちが選んで決めたかったのだろう。一社だけをあげられることは、結論を押し付けられるが如く、胸が苦しくなる。だから脱出経路を探す。そこが、提案した一社への批判だったのだろう。
提案一社のプレゼンは誰もが望む機能を備え、秘密が保持され、申し分がなかった。にもかかわらず決まらなかったのは、主体的に選ぶ手段がなかったから、該当一社ではなく私が受け入れてもらえなかったためだろう。
……………
生活していると、これしかないということはよくある。しかし、その時に、決定打を打つことはまるでシャッターを閉められるが如く、相手の不快感をもたらす。だから、相手の意思によって結論を導く方法、すなわち尊重出来るやり方が必要になる。

参列してもらった結婚式に欠席すると決めた以上、断るしかないが、
代替手段たる電報の要否は押し付けるのではなく話し合うことや、

待ち合わせ場所のベストが1つでも、あらゆる選択肢を提案するなど。

自分にとって唯一のものであっても、相手にとっては複数ある選択肢から1つを押し付けられた様な思いをすることもあるのだ。にもかかわらず飲まなければならない状況に追いやることは、相手との関係は行き詰まる。
………………
確かに、合理的に考えれば導かれる結論は決まっているかもしれない。しかし、誰も正しさは求めていない。人が求めていることは、個々が主体的に生きることが出来るよう尊重し合う関係なのだろう。

だから、私は聞いてみる。どうしても平日の昼間に遊びたいと連絡をくれる主婦である友人に。
「昼間は土日しか無理。」ではなく、「平日なら1時間しかないけど、昼休み限定ならおしゃべり出来るよう。又は夕方か、土日だよ。」と。
きっと、何度も誘ってくれることには原因があるのだろうから、土日しか無理と追い詰めるのではなく、会うか会わないかも含めて、彼女の主体に委ねたい。

仕事であれ、プライベートであれ、選んでもらうためには、相手を尊重する、相手が主体となるやり方が必要なのだろう。

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