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阿佐ヶ谷のへや 🗼東京 📸🎞️ konica c35 fd
阿佐ヶ谷には約10年住んだ。
阿佐ヶ谷の中で2軒のアパートに住んだ。
初めに住んだアパートが取り壊しになることになって、当時 阿佐ヶ谷で働いていた私は、住んでいたところからちょうど中杉通り(阿佐ヶ谷駅からまっすぐ南北にのびる大通り)を挟んで1kmのアパートへ引っ越すことになったのだった。
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1kmの引越しには、両親が 新潟から来てくれて、軽自動車で2~3回の往復で終わった。運び込みは1時間程度。ほとんど梱包もせず、らくらくな引越しだった。
しかし、この1kmで生活圏は一新する。
買い物に行くスーパーも変わり、駐輪場も変わった。以前毎日 通っていた道は、1ヶ月に1回通ればいい方になっていた。
1kmでこんなにも生活が変わるのだなあというのがびっくりだった。
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ここに引っ越す直前、一緒に住んでいた パートナーとお別れをした。丁寧な手紙を書いて、引越し先を告げずに。
そして新しく俳優の学校に通うことが決まっていた。
そんな日々の中で、konica c35 fdにも出会い、フィルム写真をはじめた。
この1kmの距離で、私の生活は一変していた。
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自分のことを大切にしたいと思った。
幸せになろうと思った。
自分にうそをつくような苦しい自己卑下や自己否定はやめたいと思った。
わたしの「好き」で窓の大きく、収納の大きな部屋を選んだ。
すっきりと、心地よい部屋をつくっていった。
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寝込んでもひとり。
ひとりの孤独さと、ひとりの満足感。
2021年9月 学校も始まり、新生活のいそがしさに追われ。
引っ越したての頃は、瞬く間に日々が過ぎていった。
2022年3月 学校も終盤の頃、新型コロナウィルスが日本に渡ってきた。
俳優の学校の修了公演は文化庁のお達しで、公演 前々日に中止が決定した。
(映像作品に生まれかわる形で昇華され素晴らしい作品になった。『シティーキラーの環』)
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3年ほど働いた文房具屋もやめていた私は、学校を修了し、新潟の実家に2週間帰省することにした。
そんな滞在中に”緊急事態宣言”が発表された。
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数ヶ月の間をゆっくりと 自然の多い 地元の新潟で過ごし、
東京で新たな仕事も決まり、部屋に戻ってきた。
新たな仕事。新たな世の中。
私のつくった心地よい部屋は、どんな状態で帰っても、少しほっとさせてくれた。
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それから仕事も2度卒業し、今の仕事デッサンモデルのお仕事をさせてもらうようになった。
今までやった、演者としてのお仕事以外で、一番合い 個性を活かせるお仕事。
ひとりでいる時間は増えていった。
そしてコロナ禍でひとにもなかなか会えず、話しかけられない日々が続いていた。
毎日通る道には、やめる時に少し迷惑をかけてしまったバイト先。元パートナーと歩いた道や行ったごはん屋さん。
ひとりで抱えきれないほどに、思い出が染み込んでいた。
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孤独を感じる中でも、お便りが届いたりする。
ひとを想って選んでくれた、包み 送ってくれた、あたたかな気持ちがうれしかった。
そんなとき、私ひとりじゃないのかもと思う。
孤独さは、自分がここにいる輪郭がぼけていくようだ。
「相手を通して自分を知る」と話していた友人がいたがそういうことなのかもと思った。
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大好きだった阿佐ヶ谷、阿佐ヶ谷のお部屋。
今は阿佐ヶ谷から はなれた場所に住んでいる。
不便さや、仕事への影響、大きく上がった生活交通費に、引っ越さなかった方が良かったのではと考えてしまう日も続いている。
しかし、いろんな変化を経て、今ここにいる。
良いとか悪いとか、損得とか、そんなことはどこかに飛ばして。
また、私を大切にしたいと想って、ここに来る決断をしたのだ。
もう1度、今ここにいる私を大切にして、心地よさを選んで 好きをつくって。
ちいさなちいさな幸せに目を向けて。
今生きている奇跡を ゆっくり過ごしながら、紡いでいきたい。
(📸2022/3撮影)
写真と言葉を綴ったひと
瀧澤綾音
演者・美術モデルとして活動。
6歳から演劇に演者として関わり、20歳でインスタレーション作品に感銘を受け「より体感・実感的な作品を演劇でつくりたい」と上京。
新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ APRICOT/文学座附属演劇研究所/美学校 演劇 似て非なるもの/無隣館/映画美学校 アクターズ・コース/未来の踊りのためのプログラムで表現や創作について 培う。
2022年 調布市せんがわ劇場演劇コンクール俳優賞 受賞。
演劇・パフォーマンス・映像・写真・旅・癒し・インスタレーションなど重なり合う、より体感的な、作品の創作や出演を続けている。
2011年から写真の撮影をはじめ、
2021年よりフィルムカメラでの撮影を開始しました。
フィルムカメラkonica c35 fdの写真を載せた「日々を愛でて」を
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