退職の練習⑭高松セレクション
ある時、美術室を掃除していたら、棚の奥に使われていないボロボロのCDラジカセを発見。
自分の好きなCDを持って行って、部活中、かけてみた。
「みんなも何か、持ってきなよ。君らの好きな曲をみんなで聞くべ」
自分の好きな音楽を1人だけで聴くのも結構だが、みんなで聞いていたら、誰かの好きな音楽から会話が始まるかもしれない。
美術部って基本ソロ活動だから、へたすると誰とも話さないで部活が始まり部活が終わることがある。特にこの学校は工業高校で、おしゃべりな女子ではない、物静かな男子の集まりだった。
美術部に高松君という男の子がいた。1年生なのに落ち着いたしんとした佇まい、読書が好きで音楽が好き。彼は、自分の好きな音楽を1枚のCDに集めて持ってくる。1枚が70分ぐらいある。
そうか、昔、好きな音楽をカセットテープに詰めて、友達と交換したりしたことがあったな。なんだか懐かしいぞ、この感じ。
今の子は、こんなふうな音楽を聴くんだ。
全曲、ミュージシャンが違うし、彼のセレクションだから、次に何がかかるかわからない。そんなCDが少しずつ増えていき、0⃣~7⃣ぐらいまで番号がついた。部活中、何の気なしに聞いている音楽。
自分の転勤が決まり、高松君に、お願いをする。
「高松君のCD、もらっていいかな?君の曲の趣味が好きなんだよ。
代わりに君にスケッチブックをプレゼントするよ」
いつの間にか、高松君のCDが好きになっていた。
次の学校でも、美術室の掃除から始まった転勤。
高松君の音楽をかけて自分を励ました。部員はほぼ女子だったが、
高松君のCDは、とても好評だった。ドキッとする自分の好きな1曲が、
いつかかるかわからないおもしろさがあるらしい。
曲名もアーチスト名もついていないCDを繰り返し聞いているうちに
どうしても気になる曲が出てきた。
特に繰り返し聞いてしまう2⃣のディスク。
気になるのは4曲。
1つは「命に嫌われている」という曲。
この曲は、生徒が、いい曲なので聞いてくださいと、スケッチブックの
宿題に歌詞を全文書いてきたので、カンザキイオリさんと言う人が作った曲を色んなミュージシャンが歌っているバージョンがあるらしいと知った。
私が聞いていたのはめゐろvrである。若者の素直になれない苛立ちと自分にとっての真実を述べるまでの物語の感情の疾走感が気に入った。
あと、3曲はさっぱり、わからない。
今だったら歌詞を検索すればすぐヒットするのだろうが、聞いた方が早いと、高松君にラインで聞いた。
2つ目は「文学少年の憂鬱」 CIVILIAN。
「…僕の好きな小説家 君も読みなよ
随分前に自殺した人だけど
『恥の多い生涯だった』って
『嘘ばかりついて過ごした』って
暗い奴だなと笑ったけれど
どうしても頭から離れない」
そうかあ、太宰治を引用した歌なんかあるんだなあ。
歌が進むと、
「恥の多い生涯だったって
嘘ばかりついて過ごしたって
でも アナタのようにはなれないよ
ボクは文学好きの ただの人」
と出てくる。うん、青春時代はなぜか太宰治にハマる。
そういう切なさが出てる曲だ。
残り二つは、amazarashiというバンドで、なんと青森県出身のバンドだという。そうか、2曲同じ人たちだったか。
しかもそんな人たちが青森県にいたの?
この歌がなぜ気になったかと言うと、まず、歌詞が、心の中に留まった。前の2曲も歌詞がきっかけて心に残ったのだが、曲の初めから終わりまでを聞くと、割と歌詞の意味がすんなり理解できる。
しかし、amazarashiは、
え?何?この歌詞、どういう意味?
と思う居心地の悪さが心に残るのだ。
「空っぽの空に潰される」
ずっと、「空っぽの空に吊るされる」だと思って聞いていた。
なぜ、「吊るされるんだろう?」
でも、正確な歌詞がわかっても、
「空っぽの空になぜ潰されるのか」が、不思議。
空っぽという質量の無いものに潰される虚しさ、相当なものだ。
自分が落ち込んだときに、この歌の歌詞の恐ろしさが身に沁みてきた。
本当に落ち込んでいるときはamazarashiは避けるべきかもしれない。
自分に元気が無いと、闇に喰われてしまいそうになった。
「ヒーロー」
歌詞の中にオモシロイフレーズがある。
「孤独になっても夢があれば
夢破れても元気があれば
元気が無くても 生きていれば
『生きていなくても』とかあいつらそろそろ言い出すぞ」
どんどん、レベルが下がってきて、しかも最後は『生きていなくても』。
そこに出てくるあいつらって誰?
青森県生まれの秋田ひろむさん。
彼の過剰な言葉の使い方には、虚しさや悲しさがギリギリの極限まで行った時に突然反転して起こる笑いを感じる。面白過ぎるなと思った。
しかも、印象に残るとてもいい声だ。
自分の中では彼はミュージシャンと言うより吟遊詩人と言った方がふさわしく感じる。青森県の、太宰治や寺山修司の次の文学者なのではないかと、ヒソカに思っているのである。
amazarashiとの出会いを作ってくれた高松セレクションに感謝したい。
ちなみに、私が転勤した後、高松君も卒業し、美術部の顧問の先生から、彼が残していったCDを20枚ぐらい借りた笑。返しそびれていたら、
「CDラジカセも高松君、個人のもので、美術室にはすでにCDを聞く道具が無いので、返さなくていいですよ」と顧問の先生。
「やった!」
高松セレクション、全20数枚は、図らずも私の手元に!
しかも去年、
「高松セレクションの新作は無いの?」とlineで聞いたら、早速、youtubeのアドレスを送ってくれたが、美術室で聞くために、またCDを送ってもらうことにした。お礼はA4のスケッチブックでいいと言う。
高校を卒業して、働いても、好きな音楽を聴きながらスケッチブックに絵を描いているのだろう。
2022.05.18 水曜日
19:15 あやのん
まだ3枚ともしっかり聴いたわけじゃないけど
すでに好きなの見つかりました
ミレニアムパレードです!あの1枚目の6曲目が意味不明に好きです!
19:20 ようすけ
自分も大好きな曲です!
スケッチブックもこちら届きました。ありがとうございました!
2022.05.19 木曜日
17:16 あやのん
こちらこそ、ありがとう!
できれば時々、永遠に送って欲しい笑
19:37 ようすけ
曲がたまったらまたいつか送ります(にこにこ)
20:23 あやのん
さんきゅうです大笑!嬉しい!
彼のセレクションを聞くためには、やはり、私の部屋にオーディオ設備は、必要なのだ。記事にしてみたら、ますます、このCDを入手できることが、尊く思えてきた。
高松君がこの約束を忘れない限り、2人が生きている間は、私には、
このCDが届くかもしれないのである。
なんて空想だ、なんて空想だ。(「ヒーロー」より引用)
なんて贅沢なんだ(⋈◍>◡<◍)。✧♡