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文化としての日本酒@美食の都パリのステージ フランスの週刊フードニュース 2022.11.12

今週のひとこと

秋はガストロノミーは切っても切り離せない季節。10月から立て続けに開催されたさまざまな食のサロンやイベントにこまめに足を運んできました。日本もアフターコロナの時代に入って、例えば日本酒の世界では、日本の蔵元さんご自身、あるいは自治体の方々がパリ、フランスの地方都市などのヨーロッパに訪れ、イベントを開催されることも相次ぎました。

造り手さんに直接お話をうかがえることは、滅多にないこと。パリにいらっしゃることで、客観的にこれからの抱負を新たにされている、そんな言葉をいただけることもあり、思いを受け止める日々でした。

日本酒のマーケットは、皆さんおそらくご存知の通り、世界的に急成長を遂げています。とくに、フランスにおける2021年の日本酒の輸出量、輸出額の伸び率は世界一で、前年に比べてほぼ2倍となっている。また、安い日本酒ではなく、良質の日本酒を適正価格で消費しているという消費者動向もあり、「SAKE」という言葉のイメージが、劇的に変化してきたことも、肌身で感じています。

こうしたマーケットを育ててきたのは、もう20年ほど前から、フランスで日本の文化の1つとしてプロモーションをされ、マーケットを支えてきた方々がいらっしゃったからこその賜物だと思います。

例えば、2004年にパリ・オペラ地区に「ワークショップ・イセ」をオープンされた故黒田利朗氏のことも思い浮かびます。当時、アメリカで活躍する料理人Jean-Georges Vongerichten氏が指揮するパリ8区のレストラン「マーケット」で料理と獺祭、九平次とのマリアージュのイベントを開催されたのは、今でも鮮烈に覚えています。その時に初めてワイングラスでサービスされた日本酒をいただいた。強烈な体験でした。日本酒を思い切ったステージに乗せたことが、今ではスタンダードになっています。

そして今は、フランス人によるフランス人のための、フランスで開催される日本酒のコンクールKura Masterと、それに関わる方々の仕掛け、あるいは丁寧な仕事をされているインポーターさん、プロモーターの方々の貢献度はとても高いでしょう。

フランスで開催されるソムリエのコンクールの審査に和酒を導入させたり、また今週頭の月曜日にはワイン雑誌の権威である「La Revue du Vin de France」が開催するオーガニックとビオディナミワインのプロ向けのサロンにGIはりまを参加させていたのには、プロならではのステージ開拓の手腕を見せつけられました。こうした方々がいる限り、販売が広まるだけでなく、日本酒を真髄から理解していただけることは確実だと思います。

また、それだけでなく、日本酒の美味しさ、そして造り手さんの思いに応える、フランス人たちの仕事にも感激することしきり。ユネスコの無形文化遺産にも登録された「フランスの美食術」を支える仕事人たちのプロ意識が、日本酒の舞台を支えてくれていることも忘れてはならないと思います。

ひとつは、パラスホテル「ル・ムーリス」のメインダイニング「ル・ムーリス アラン・デュカス」にて開催された、名酒「七賢」を生む山梨銘醸による「アラン・デュカス スパークリング・サケ」のお披露目のためのランチイベントにて。

七賢の名も刻まれたそのボトルは、アラン・デュカス氏とのコラボレーションによって生まれた日本酒のスパークリングで、ウェルカムドリンクとして用意されていました。その美しいテクスチュアとデリケートな香りに心から魅せられました。このイベントや詳しい味わい、試みに関しましては、ある媒体で紹介しますので割愛しますが、感激をしたのは、そのイベント後の気づきでした。お土産で同じボトルをいただいたので、冷蔵庫で冷やし、室温で戻しておいたものを開けて試飲しました。しかし、テクスチュアも味わいも全く別物。ランチのときに体験した味わいが現れたのは、やっと1時間半ほど室温で置いたころ。このボトルにふさわしいステージでいただいたのでしたが、メインダイニングでサービスされたときに得た感動的な味わいには今一度たどり着けませんでした。
その時に気づいたのは、当たり前でしょうが、ソムリエという仕事の重要性です。温度感やタイミングを計らい、まさにそのスパークリング酒が、もっとも良い形で花開いてくれるように入念な準備をできたということ。彼らの仕事なしには、あの感動は味わえなかった、アラン・デュカス氏と七賢の思いは伝えきれなかっただろうと思います。食文化を支えるのは、華やかに表舞台に現れる料理人や料理ばかりでなく、多くの人々によってこの高みに至ることができているということを、今一度考えさせられました。

コロナを経てクラウドキッチンが増え、デリバリー産業は急成長を遂げていおり、食環境が一変しています。しかしながら、レストランの食卓で繰り広げられるひとときに、伝承される文化があることも忘れてはならないと思いました。

フランス料理におけるサービスの第一人者であるDenis COURTIADE氏を思い浮かべました。彼は、パリのパラスホテルPlaza Athénéeにてガストロノミーレストランのディレクターを長年務めており、« ô Service – des Talents de demain /未来のサービスマンを育てるアソシエーション»の創立者でもあります。後進の教育に心を砕いている。彼が「サービスの仕事を最もよく表す、象徴的な道具とは何か」の質問に答えた言葉は心に残りました。

その道具として彼が挙げたのは、テーブルの上にあるパンくずを拾い集める小さなプレートの「ダストパン」でした。「ダストパンやその作業に光を当てる人はいないけれども、サービス係はこれを綺麗に拾い集めることも仕事としています。些細な仕事をこそ、常に考えるのがサービスの役割なのです」とCOURTIADE氏。

こうした作業は小さな気遣いだからこそ、お客さまがいかに心地よくひと時を過ごせるかということを慮っていることを表しているのはもちろん、このひと時を生み出すことができているすべての職人、そして歴史にレスペクトを払うということにもつながるということだと思います。総体を眺める心の余裕ができたときに、プロの精神が宿る。

我々の国にある、型から入って、体が覚えた技や長年の経験を通して、自分の歩んできた道のりの価値感を理解するという「道」の精神は、プロたちの共通項かもしれません。ガストロノミーの世界においては最高峰と言われるフランスのステージが、日本の物づくりをする方々の心に響くのは当然のことでしょう。しかしながら、その反対のベクトルになったときに、どのような仕掛けを作っていくかこそが、これからの課題ではあるでしょう。


今週のトピックスは、今週のひとことの後に掲載しています。食の現場から政治まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、毎週フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。だいぶ時間があいてしまってからの投稿、お許しください。師走の忙しさに押されぬよう、情報には常にアンテナを立て、いろいろな方々にも会ってまいりたいと思います。【A】LIPPの限定Tシャツ。【B】高級仕出しメーカー「Potel et Chabot」の王様のガレット。【C】パリにヨーロッパ最大のフードマーケット登場。【D】Weiss創業140年、ビーガンチョコレート発売。

今週のトピックス

【A】LIPPの限定Tシャツ。
サンジェルマン・デプレの大通り151番地にある「LIPP」は、その歴史を1880年に遡ることのできる老舗のブラッスリーです。この店を引き継いだ2代目のオーナーMarcelin Cazesは、文壇に関わる人々、アポリネールやヴェルレーヌなどが出入りをする店でもあったことから、縁あって、自身の名を冠した文学賞Cazes賞を創設。また、イヴ・モンタン主演の映画「ギャルソン!」の舞台になったことでも知られています。現在は「アンジェリーナ」から「バーガーキング」、「ホテル・バルザック」など250件ものを所有する「グループ・ベルトラン」の傘下にあります。

そのLippがMaison Labicheと組んで年末のギフトとして限定Tシャツを2種類販売することを発表して話題になっています。Maison Labicheは、ファッションデザイナーとスタイリストの女性2人が2011年に創業したTシャツを中心としたブランド。Tシャツは、糸選びから、編み方、カット、仕上げに至るまで、こだわりを持って仕上げられたもの。そのシャツに愛らしい手刺繍を施したスタイルで人気上昇中ブランドといっていいでしょう。

「Garçon s'il-vous plait?/ギャルソン、お願いします」、「Une table au paradis svp/パラダイスの予約をお願いします」の2種で、ユーモアもたっぷり。フランスの大切なブラッスリー・カフェ文化に、若者からもう一度目を向けさせる上手な仕掛けだと感じました。

【B】高級仕出しメーカー「Potel et Chabot」の王様のガレット。
来年のことを話せば鬼が笑うとは言いますが、製菓・レストラン業界はすでに来年のビジネスのために動いています。1月といえば、フランスの伝統菓子「ガレット・デ・ロワ」の季節です。

1820年創業で「アコール・グループ」傘下に2017年より入った「Potel et Chabot」は、高級仕出し店として知られていますが「ガレット・デ・ロワ/王様のガレット」の販売にも力を入れることに。

「Potel et Chabot」のシェフ・パティシエを務め、2009年、世界パティスリーチャンピオンに輝いたフランスチームの1人だったMarc Rivièreがレシピを作成し、クリック・アンド・コレクトで2023年ガレット・デ・ロワのコレクションを販売します。1月3日から15日までの限定で、2種類のガレットで展開します。

1つはクラシックなアーモンド風味ですが、アーモンドの味わいや見せ方にこだわった商品。もう1つはアルデッシュ地方の栗とコルシカ産マンダリンオレンジのコンフィをアーモンド風味のフランジパンクリームに混ぜたリッチな味わい。

王様のガレットの楽しみといえば、中にいれる豆人形。陶製の豆人形を中心に、ガレット周りの商品を扱う会社で知られるPrime社に、ピエスモンテの形の豆人形を特注。受付は2023年1月1日から開始するそうです。

【C】パリにヨーロッパ最大のフードマーケット登場。
パリに新しいフードマーケットが登場しました。モンパルナス駅に隣接する立地で、Moma GroupとUnibail Rodamco Westfiled、Virginie Godardの3者が中心となって作り上げた、ヨーロッパ最大のフードマーケットという触れ込みの3500m2もあるスペース。この10月20日にオープンしたばかりです。リヨンのオープンで盛況を経験したあとの、パリでの挑戦です。

この立役者の3者とは。

まず、Moma GroupはBenjamin Patouが1997年に設立したケータリング、コンサルティングを事業とする企業。現在、パリを中心に約30のレストラン、イベントルームを所有しており、フランス国内外で精力的に展開しています。1766年創業のパリの老舗レストラン「ラぺルーズ」をはじめ、クラシックな場所を今のエスプリに見合ったモダンなインテリアと料理を提供して、上昇気流に乗っている企業。

そしてUnibail Rodamco Westfiledはヨーロッパ最大のREIT。本社をフランス・パリに置いて、ヨーロッパ諸国およびアメリカ合衆国に資産を有する不動産投資・管理会社です。

さらにVirginie Godardはベルビル市場で始めたLe Food Marketの創始者で Agence L.F.Mの代表。食のキュレターとして注目される存在です。

今をときめく3者だからこそのフードコート。人気番組トップシェフで注目されるシェフをはじめ、多国籍料理で成功している15店舗をセレクト。

トップシェフで知られるAdrien Cachot監修のタパスバーMonobarや、LVMHグループからも引っ張りだこのMory SackoによるロティスリーMojo、イタリアンで人気のFabrizio Ferraraによる、トラットリアOsteria Ferrara。 Georges Baghdi Sarによるシリア料理My Tannour。その他、韓国料理、南米料理、クレープ屋、海鮮店、モロッコ料理、チュニジア・サンドイッチ店。カクテルバーに、セレクトパティスリーショップとして知られるFou de Pâtisserieなど、大人数でもそれぞれ好きなものオーダーして楽しめるという、現代に求められるスタイルで、人気を呼びそうです。

パリ郊外に他のフードマーケットオープンも控えており、同スタイルの提案はまだまだ拡大していきそうです。

【D】Weiss創業140年、ビーガンチョコレート発売。
フランス、フランス中南東部の都市サン・テチエンヌは、20世紀初頭にフランスにおけるチョコレート産業が発達した場所で、チョコレートメーカー「Weiss」もこの街に本拠地を置いています。創業は1882年。今年で誕生140年を迎えました。この140年を記念して発表したのは、3年の歳月を費やして開発したVAO。vegan and organicからの命名で、100%植物由来の新しいチョコレート。9月から市場に発表し、プロ向けに販売しています。

具体的には、米とオーガニックのココナッツ乳をベースにしたクーベルチュールチョコレート2種。VAO 35%は、ホワイトチョコレートに近似させたもの、 VAO 42%はカカオとバニラの味わいが立つミルクチョコレート使いができる商品です。

Weissは、下手をするとフランスのメーカーであることを忘れそうですが、それもそのはず、Weissの最大の輸出マーケットは、オーストラリアであるからかもしれません。今回も、アングロサクソンの国々のトレンドをいち早く取り入れての開発で、植物をベースにした食品への嗜好が強いことを狙っての一手だったでしょう。フランスで求められるのは、もう少し先となりそうですが、この地に置いてもトレンドになることは間違いないと思います。


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