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優秀な人、という幻想

友人と、ホテルのラウンジで食事をしていた。

サンドイッチが数種類あったため、お店の方に中身を訪ねて、食べたい食材を元に頼むものを決めるつもりだった。


お店の方は、メモを見ながら食材をひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
おそらく新人の方なのだろう、メモを見ることに断りを入れてきたので、こちらもそうしてくださいと答え、読み上げてくれる食材をうんうんと聞いていた。

ふと、視界の隅に、その様子を心配そうに見ている先輩らしきお店の人が映った。

こちらにフォローに来ようかどうしようか、迷う様子に少し嫌な予感がする。


一瞬の後、先輩と思しきその人が、スッと近づいてきて、メニューについてなめらかに案内を始めた。
メモを片手に懸命に説明していた新人の方は、ハッとしてメモをしまい、空いたグラスを片付け始める。

その様子に、私の顔からは汗が吹き出してきた。


先輩の方にオーダーを済ませ、友人と二人になる。
顔を見合わせ、苦笑う。


あの先輩は、過去の私でした。


もう、泣き出したいような告白だ。


どういうことか。
書くも恥ずかしいのだが、私は自分のことを
"優秀でなければいけない"
と、これまで常に鼓舞して生きてきていた。

目配り気配り心配り先読み機転臨機応変。
それが良いことだと思っていたし、なにより優秀の証なのだと思いこんでいた。

そして、出来ていたかどうかはさておき、そのうち私は自分のことを、
"私は優秀なんだ"
と決めてしまっていた。


今のような場面であれば、間違いなく私はあの先輩とまったく同じ行動をしていた。
もう、何度も経験がある。
よく知っている動きだった。


出来る自分が、
良かれと思って、
困ってる人を助けられる自分、
ね、わたし優秀でしょ?
うまく立ち振る舞えた自分。


もう、内心ホクホクで、いい気持ちになっていた。
良いことができたと思っていた。




だけど。

あのとき、私たちの思いは違った。

新人の子に、メモを読んでほしかった。
食材を詳しく知りたかった。
新人の子の経験に立ち会える機会が嬉しかった。
あのまま、メモを読むのを聞いていたかったのだ。


自分が過去に、良かれと思ってしてきたことの裏側を見せつけられたような気持ちになり、顔から汗が吹き出した。
恥ずかしくて恥ずかしくて、穴を掘って埋まりたい気分だった。

優秀だと思いこんでいたのは、自分だけだった。
なんなら、余分なことをしてしまっていたのだ。



程なくして運ばれてきたお皿を見て、私は愕然とした。
自分が望まない食材が、ガッツリ入っていた。
しかもそれは、大抵は入っていないほうが多いような食材だ。

なめらかな説明では分かり得なかったけれど、もしメモを読んでもらっていたら、当然気がつけたであろう食材だ。



自分が、良かれと思って前のめりに、ガツガツとやり続けてきていたこと。

それは、自分が気づかないところで、逆の効果を生んでいたのだということを、思い知らされた出来事だった。


優秀さというのは、ただの幻想だった。

メモを読み上げる新人の前にいる客は、ニコニコしながらその内容を聞いていたのだ。

だから、そのまま任せていても、問題なかったのだ。
むしろ、任せてよかったのだ。



強烈に目の前に表れた、これまでの自分の姿に身もだえしながら。
とても美味しい食事をとりながら。

またひとつ、余計ななにかが外れていった。



優秀さなど、幻想だということだった。






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