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ユージュアルサスペクツがクソ扱いされている理由

ユージュアルサスペクツは面白い。しかし、いつからかクソ扱いされるようになった。それはズバリ、嘘を映像化しているからだ。
夢や妄想は映像化してもいい。夢を見ている人物がハッと起きて、それがすぐに夢だと分かるなら。妄想を抱いている人物がハッと我に返り、それがすぐに妄想だと分かるなら。
夢オチはダメ。と、手塚治虫御大が言っているから夢オチはダメなんだろう。

『ユージュアルサスペクツ』は劇中で容疑者となったケビン・スペイシーが警察の取り調べを受ける。その内容すべて嘘、嘘、嘘。それを映像化してしまったのだ。そして最後にネタばらし。これを偽りの回想と言うらしい。
挙句、誰もいない場所を、あたかも誰かが隠れているかのように何度も写し、写すたびにズームするという、見てる側をハメる手法。

当時は誰もが驚いて、ちやほやした『ユージュアルサスペクツ』。当然、アカデミー脚本賞を受賞。しかし私はこの受賞をアカデミー賞の汚点だと思っている。
ついでに言うと、作品賞獲得するのには宣伝やロビー活動が必要らしいし。誘致の段階で『20××年○○オリンピック』なんて垂れ幕を作るけど、それと同じことをするらしい。映画評論家の町山智浩氏曰く『パラサイト 半地下の家族』はどでかい看板が出ていたそうだ。

では黒澤明の『羅生門』はどうだろうか? あれも各登場人物の言い分を映像化している。しかしながら、『羅生門』は各登場人物が本当のことを言っているのだ。各々が見た「本当のこと」を。だからこそ観客は真実と事実の違いを突きつけられて、藪の中に押しやられる。

それはさておき『ユージュアルサスペクツ』。もっと評論家はちゃんと見てあげなければならない。一瞬だけ持ち上げて、あとから落とすなんてことやってはいけない。


王ケイ

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