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「本を聴く」文化を0から切り開いてきた国産ベンチャーが、「日本一のオーディオブックサービス」を作り上げるまで

紙・電子書籍に続く第三の書籍「オーディオブック」。

近年、参入企業やユーザーが増え続ける中で、17年前から「耳で読書を楽しめる」社会を目指しオーディオブックの制作・提供をしてきた「audiobook.jp」(運営:株式会社オトバンク)がこの度、オーディオブック書籍ラインナップ数日本一と認められました。(日本マーケティングリサーチ機構調べ)

国産ベンチャーとして、創業当時はほぼ知名度のなかったオーディオブックの市場を切り開いてきた創業者の上田渉に、インタビューを敢行。

改めてオトバンクが目指す社会について語るとともに、今こそ伝えたいオーディオブックの存在意義について、聞きました。

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オトバンク 代表取締役会長
上田 渉
東京大学経済学部経営学科中退。複数NPO・IT企業の立ち上げ・運営を経て、2004年オトバンクを創業し、代表取締役に就任。出版業界の振興を目的に、オーディオブックを文化として浸透させるべく良質なコンテンツを出版各社と共に創出するため、日々奔走している。著書に『脳が良くなる耳勉強法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『勉強革命!』(マガジンハウス)『ノマド出張仕事術』(実業之日本社)『20代でムダな失敗をしないための「逆転思考」』(日本経済新聞出版社)

「本を聴く文化を広げたい」オーディオブックをつくり続けた17年

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ーーこの度、audiobook.jpがオーディオブック書籍ラインナップ数日本一を獲得されたとのこと、おめでとうございます! 率直な感想をお伺いできますか?

上田:ありがとうございます。2004年の12月に創業して、今年で17年。創業当時はダウンロード型のオーディオブックは日本に一冊もない状態だったので、感慨深いですね。一冊ずつ積み上げてきたものを外部の方から評価していただけたことが、すごくありがたいです。

ーーオーディオブック市場も参入企業が増えてきた中での日本一ということですが、そもそも日本のオーディオブック市場自体を切り開いてきたのはオトバンクということですね。17年前、このような社会になっていると想像していましたか?

創業当時私は大学生で、「目の不自由な方が、“耳で本を読める”世の中にしたい!」という強い熱意だけを持って起業しました。とはいえ、出版にまつわることもオーディオブックの制作ノウハウも何も持っていなかったので、実は起業して1週間で当初考えていたビジネスモデルは崩壊しているんです(笑)。

ーーえっ!? それは、どういうことですか?

「オトバンク」という会社名は、「音の銀行」という意味でつけました。その名の通り、当時一部の出版社が制作していた「CDブック」という音声コンテンツやラジオ局が持つ音のコンテンツをお預かりして、運用する業態をイメージしていたんですね。

しかし、営業に行った先で、「すでに制作しているコンテンツは著作権の問題で簡単に譲渡できないよ」と教えていただいたんです。ちょっと調べれば事前にわかったことなんですけど、本当に何も知らないまま、走り出してしまって。

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「創業初期の集合写真」

ーーそのような経緯があったとは…。まさか自分たちが作るとは想像してもいなかった中で、オーディオブック制作のノウハウを0から積み上げてきたのですね。

だめなら、自分で作るしかないですよね。制作のノウハウもないまま、音響制作会社としてリスタートしました(笑)。私の想いに賛同して日本一のオーディオブックを作り上げてくれる仲間ができたこと、そして、いち大学生のアイディアに真摯に向き合い、時には厳しいお言葉も頂戴しながら、大切な作品を預けてくださった出版社の方々のおかげで、今日があります。

今回、日本一のオーディオブック会社というありがたい結果をいただきましたが、出版業界全体で考えれば、まだまだ道半ばです。

出版業界は、常に新しいものを世に出し続ける文化の発信地。私たちも担い手の一人として、「本を聴く文化を広げていく」使命があります。出版が止まらない限り、audiobook.jpがオーディオブック作りをやめることはありません。引き続き精力的に、良質で魅力的なオーディオブックを制作し続けていく所存です。


「目の見えぬ祖父のため、自分ができることは、何があるだろう?」

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「祖父との思い出の写真」

ーーそもそも、起業のきっかけはどのようなものだったのですか?

オトバンクは、私の祖父への想いから生まれた会社です。私の祖父は読書が大好きな人だったのですが、緑内障にかかり失明してしまったことで、亡くなるまで20年近く本を読めない生活をしていました。

共に過ごす時間が長かった私は、物心ついた頃には目が不自由な方の生活の辛さや、好きな本を楽しむ手立てがない苦しさを肌で感じ、「祖父のように目が不自由な方の役に立ちたい」という想いを漠然と持つようになります。

オーディオブックを日本で作ろうと目標を掲げたのは、就職活動が始まった大学3年生の頃。アメリカでは「耳で読書をする習慣が根付いている」ことを知り、「これならば目が見えない方でも本が読める」と思い立ってからは、どうしたら日本でオーディオブックが作れるのかばかりを考えるようになりました。

当時「CDブック」と呼ばれる音声コンテンツを作っている出版社があったので、そこへの就職を視野に入れつつ、大学のOBとのご縁を作り、とにかく人に話を聞きに行きました。他にも点字図書館や盲学校にお勤めの方、NPOを運営されている方…、100人くらいはお会いしたと思います。

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ーー100人!

今思えば、みなさんよく対応してくださったなと思って。特に当時の出版社の方は、そもそもオーディオブックに対して良い印象を持っていない方も多く、最初は門前払いされることも多かったです。

実は、日本でも1980年代に本を音声にする取り組みはすでに行われていたのですが、あまり広まらなかったそうなんです。「本を音声にしても売れない」「音声コンテンツにしてしまっては紙の本が売れなくなる」、こういった言葉をよく耳にしました。というより、この時お会いした100人全員に、「日本でのオーディオブック事業は難しいよ」とご忠告をいただきました。

アメリカは車社会だから運転中に耳で本を聴く文化が広がったけれど、日本は違う。それこそ、当時音声を聞けるデバイスを持ち歩く人はほとんど居ませんでしたからね。

ー100人から「無理だ」と。 志が折れることはなかったんですか?

私にはこれしかやりたいことがなかったので、出版社で作れないなら自分で会社を立ち上げるしかない、と逆に覚悟が決まりました。

これだけ大人たちが難しいと言うことは、事業として成立できれば大きな成果になる。私たちが目指す「当たり前に耳で読書を楽しめる社会」とは、新たな文化を作るということですから、初めから時間はかかると思っていました。

ーー最初は否定的な姿勢をとっていた方々と、どのように関係を築いていったのでしょうか?

何度も足を運んで、「なぜオーディオブックを作りたいのか」、「どんな社会を作りたいのか」を伝え続けました。オーディオブックで儲けようと考えているわけではなく、みなさんが心を込めて作った作品を、読みたくても読めない人たちの元へと一緒に届けていきたい、と。

出版業界は本当に親切な方が多くて、最初は門前払いだったとしても、「また来たのか、お茶でも飲むか?」と段々と話を聞いてもらえるようになりました。出版の仕組みをはじめ、以前失敗したオーディオブックは何が原因だったのかなど、本当にたくさんのことを教えてもらいましたね。

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ーー幼い頃漠然と描いた夢を、一つひとつ形にしていった今、なんですね。

ただただ、楽しかったですね。出版社で働きたいと思っていたくらい本好きなので、それらが生まれる場所に入れるだけで、もう最高で(笑)。さらに自分の話を聞いてもらえるなんて、幸せしかなかったです。

交流を続けていく中で、「この本でオーディオブックを作ってみる?」とお声がけいただけるようになりました。著者さんや編集者さん、大学の教授…。人とのつながりの中で一冊ずつ、オーディオブックを手作りしていきました。

最初に作ったオーディオブックは『「原因」と「結果」の法則』(サンマーク出版)でしたね。

起業から3年後の2007年。1000タイトルが揃ったタイミングで、audiobook.jpの前身となる日本初のオーディオブックプラットフォーム「FeBe(フィービー)」を立ち上げます。

2018年「audiobook.jp」にリニューアルした頃が、一つのターニングポイントになりました。スマホと連動するBluetoothイヤホンが広く普及し、多くの人がいつでも音声コンテンツを楽しむデバイスを持つようになります。

5Gの提供開始も含め、オーディオブックに適したインフラが整い始めた頃、audiobook.jpの登録者も一気に増えました。2021年6月には、累計会員数が200万人を突破しています。

ようやく、オーディオブックが文化として根付いていくための基盤ができました。参入企業が増えたことで、市場が成長していく感覚を覚えましたね。

「第三の書籍」オーディオブックは、紙の本と相互補完しながら、これからの読書体験を支えていきたい

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ーー市場が成長するとともに、競合となるサービスが増えることになりますが、それに対してはどのようにお考えですか?

ありがたいですよね。ただただ、ありがたい。僕らはオーディオブックを独占したいわけではなく、「当たり前に耳で読書を楽しめる文化を広げたい」のです。

これはどういう状態かと言うと、例えばおじいちゃんが「最近おじいちゃん目が見えにくくてね」と孫に話した時に、孫が「おじいちゃん、今ってオーディオブックっていうのがあるの知ってた?」と勧めることが当たり前に起きている状態。

日本全国、誰でもオーディオブックを知っている状態です。オトバンク一社では実現までに長い年月が必要かもしれないですが、複数社で告知・広報活動をしていったら、早く、遠くまで届くようになります。

ーーそうすると、競合というよりは…。

聴く文化を広げる仲間ですね。オーディオブック市場を作る仲間。

ーー出版社が作った本があり、その想いを受け継ぎながらオーディオブックへと形を変える。それは、「本を読む手段をみんなで増やす」ことなんですね。こういう関係ってなかなかほかの業界では見かけない気がします。

出版業界ならではかもしれませんね。出版物が原作となって、よく映像化・アニメ化・舞台化といったマルチメディア展開されるじゃないですか。その一つに、オーディオブックがあるイメージです。

ーーなるほど。

映像化にもアニメ化にも、原作者以外のたくさんの人たちの時間と知恵が詰まっているじゃないですか。オトバンクのオーディオブック制作へのこだわりに驚かれることも多いのですが、それらに恥じないものをと思えば、私たちにとって当たり前のことなんですよ。

「本」という存在は世の中に大量にあったとしても、一冊ごと、著者と編集者がタッグを組んで一生懸命作った「作品」です。だから作品をおざなりにすることは絶対にないし、やっつけで手がけていい仕事じゃない。作品が最大限生きるオーディオブックの作り方、表現方法を17年間追い求めてきたから得られたノウハウが、オトバンクの財産です。

弊社の制作するオーディオブックの特徴としては、オーディオドラマに近い作品も多く、例えば『かがみの孤城』(ポプラ社)は声優さんが何人も出演することで物語の魅力を引き出しています。

一方、『モモ』(岩波書店)は、一人の声優さんが何十役をこなしながら読み聞かせするように朗読をしています。

詳しくはぜひ、日本一のオーディオブックを制作する当社のオーディオブック職人に聞いてみてください(笑)。

ーー起業から17年。オーディオブックへの想いは、ますます強まっているように感じますね。

初めは、祖父のような人でも読書を楽しめるようにと、読書のバリアフリー化を目指して始めた事業でした。持続可能なビジネスモデルを構築すれば、祖父には届かなくても、きっと、社会の役に立てるはずだと。その想いは今でも変わりませんが、加えて「出版業界に貢献したい」という想いが強くなりました。

幼い頃から絵本を読んでもらったり、小学3年生で読んだ『モモ』で人生の軸となる言葉に出会えたり、私自身「本に育ててもらった感覚」がすごく強いので、ある意味恩返しのようなものですね。

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私は、紙の本が好きです。そして、オーディオブックもヘビーユーザーです。そんな私がこの機会に皆さんにきちんと伝えておきたいことは、オーディオブックは、紙の本の存在価値をおびやかすものではないということ。紙で読むことが難しい状況は耳で、思う存分読める時は紙で。

そうやって、もっともっと読書と触れ合える時間を作るための、相互補完をしあえる関係でありたいと思っています。

ーー読書離れと言われる今、出版業界は厳しいと言われることもありますが、それでもオーディオブックを作り続けますか?

もちろんです。文化の発信地であり、基盤である出版業界はこれから先も廃れないし、形を変えて、時代を超えて、人の心に残る力を持っています。

「老眼で読書が辛くなり、本を読む時間が減ってしまった」
「長い本は読めないと思ったが、オーディオブックなら聞けた」
「忙しくて本を読む時間を取れない」…

17年前は気がつかなかったけど、祖父のような方だけではなく、本との触れ合い方に迷う人は、たくさんいます。そういった方々にも、オーディオブックをきっかけに再び読書の楽しさを感じるきっかけになれたら嬉しいですね。

これから先、もしかしたら教育課程でオーディオブックを用いた勉強法の需要が高まるかもしれないし、健康にいい、脳にいいといった結果が出てくるかもしれないし。

「オーディオブック」という言葉が当たり前のように誰でも使う社会は、そう遠くないと信じています。会社の社員教育や福利厚生にオーディオブックが使われる可能性もあるし、そう思うといろいろな役立ち方が想定されて、わくわくしますよね。

目指す社会が、耳で本を読む文化が根付くその日まで。私たちはこれまで17年間と変わらず、一冊一冊、良質なオーディオブックの制作と提供を続けていきます。

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【オーディオブックサービス  audiobook.jp】

【お問い合わせはこちら】

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取材・執筆:柴田 佐世子
編集:柴山 由香
撮影:池田 実加
バナー制作:小野寺 美穂




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