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【小説】『フラッシュバック』#33

 雨の日に、天使と二人で歩いていた。
 灰と降る雨の中を、二人ともビニール傘を差して、天使はポケットに片手を突っ込んで前を歩いていた。背中の羽が足並みに合わせて揺れていた。
 パチンコやカラオケの目立つ猥雑な駅前を抜けて、電車に乗った。雨のにおいがした。
 なんとなく気が向いた駅で降りた。
 目にとまった楽器屋で試奏する。買って帰ろうか悩む。弾かなきゃよかったと思う。
 喫茶店に入る。コーヒーだけ頼む。喋ることもない。時間をつぶす。
 ビリヤードに興じる。できない技を試す。できる・できない、快・不快をくり返す。
 瀬戸物や調理器具の路面店を眺めながら通り過ぎる。スポーツ用品の街を抜ける。あたりは個人経営の店が多くなる。
 
 また電車に乗る。人混みのする駅で降りる。
 坂。めかしこんだ飲食店街。あまり若者にも響かない都市計画。永遠に終わらない再開発。ショーウインドー。マネキン。電気屋。勢ぞろいする旗艦店。ガラス張り。地下一階から地上三階まで品揃え。冷やかし無用。
 アウトレット店が痒い所に手を伸ばしてくる。コスプレ衣装の専門店を見かける。いつもある電子タバコの店。
 学生街を歩く。エスニック料理店が並ぶ。キャンパスの前を通り過ぎる。ここの道はここと繋がっていたのかと気づく。ケータイショップ。
 
 雨がひどくなりすぎ、庇(ひさし)の下にぼーうっと突っ立つ。しばらく身動きできない。天使は壁に寄りかかり、ぼくは段に腰かける。二人で別々の方向を向いていた。
 やがて古本屋に入る。懐かしい漫画を立ち読みする。思いがけずハマる。あと十分。
 コンビニで同じおにぎりを二つ買って出る。
 
 狭い坪数のこまごました商店の軒並みが現れる。オーダーメイドの手袋店がある。映画をフィーチャーした時計を売っている。
 高級店の通りに迷い込む。アスファルトの森が続く。百貨店がある。ありとあらゆる文房具が揃う店もある。画材屋もある。熱帯魚の専門店を覗く。
 外国の食品を取りそろえるスーパーに出くわす。高級車だけが通るようになる。ビルの合間に祠(ほこら)が佇む。やがて会員制の高級施設。
 タワーは変わらない首都の象徴。安定の気品。もう一度記念に撮る。
 オブジェが立つ。車の展示。野外映画館の名残り。歌劇団の出待ち。煉瓦造りの駅。
 ペットの病院がある。珍しい哺乳類を持ち込む人。近くに爬虫類の巣窟。文豪と先祖の眠る霊園。高級中華の面影。和食の仕出し屋。背の高い鉄塔。
 スポーツ公園を通る。高速道路が近くなる。バイパス。立体の二重構造。空中のハイウェイ。地上のトンネル。
 高架下をくぐる。幹線道路沿いの狭い歩道に来てしまう。自転車による急襲。
 住宅街に入る。敷地の広い低層住宅。空気が澄む。貫禄の平屋建て。溶け込んで気配を消した料理店。世界中の絵本の専門店。
 やがて糸や布地など服飾の雑貨専門店。国道の立体交差。足の下を通る新幹線。車の統一された教習所。
 
 ひたすら歩く。雨は止まない。
 何もない道。ブロック塀に苔が生(む)している。季節の花が咲いている。蛙(かえる)を見かける。
 街灯で雨足を再確認する。靴が濡れる。まだ水を弾いてくれる。
 時々傘を振る。消耗が回復した気になる。肩に寄りかからせる。持ち手以外宙に浮かせる。
 指が濡れる。鉄臭くなる。気にせず歩く。傘の中の空間だけ雨が遮られる。
 頭の中で好きな曲が流れる。たまに思うまま立ち止まる。Uターンもする。三叉路で冒険する。
 くり返した日々が懐かしくなる。不思議な香りがする。
 
 夜になっていた。最後は天使の車で部屋へ戻った。車中で彼の過去を聞いた。さいご車は、もう使うことはないからと、乗り捨てて帰った。

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