八巻 篤史/YAMAKI Atsushi

1993年10月5日東京都生まれ。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。 【小説のあらす…

八巻 篤史/YAMAKI Atsushi

1993年10月5日東京都生まれ。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。 【小説のあらすじ】ある日、ぼくは天使と出会った。人間を善きものに導くのが仕事だという彼いわく、世界はもうすぐ終わるという。こうしてぼくの最後の日々が始まった。一方で、ぼくはどうしてもだれかを思い出せないでいた

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【小説】『フラッシュバック』#1

 天使はぼくの胸元に銃を向けて、最高の瞬間はつねにこれから訪れると言った。  今夜、一つの世界が終わる。   地表の崩壊はぼくらのいる建設中のビルの屋上まで到達し、頭上のクレーンがスローモーションで崩れ落ちていく。  「今日わからなかったことが明日わかるかもしれない」と天使が言う。「その繰り返しだ」  ぼくは、ひょっとしたら飛べるのかもしれないと考えながら、だれかに言われた一言が思い出せないでいる。  LSDの致死量は一〇ミリグラム。睡眠薬の致死量は一五〇錠。ぼくにとっての確

    • 【小説】『フラッシュバック』#42【完結】

       「あっ」  あっ。  感動の再会かと思ったが、きのう会ったばかりのような気がして間が抜けていた。付き合いの長い男女の会話などこんなものだ。  「びっくりだよ」ときみが言う。「まさかこっち側に飛び出してきちゃうなんて」  ぼくらは暗い闇の中にいた。床すら見えない漆黒だが、ぼくたちの身体はくっきりと見えた。きみは椅子に座っていて、長机に光る地球儀のようなものが置かれている。  「見てたよ」ときみが言う。  ぼくは近づいていった。  ごめん。ずっとちゃんと向き合っ

      • 【小説】『フラッシュバック』#41

         ぼくには恋人がいた。  きっと人並み以上に幸せだった。何もないような世界に一緒に行くところがあったり、一日の終わりに何かを分かち合えることはとても素晴らしかった。彼女はおっとりとしてぼくを包み込んでくれる存在だった。  眠った彼女の顔が目の前にあると、ぼくはこの上なく満たされた。そのときなら、世界を祝福できた。みんなが幸せになってくれればいいと思えた。人形のように綺麗だった。  そうして世界中の武器を埋めて、世界中の憂鬱を消してしまいたかった。  ある頃からぼくらは

        • 【小説】『フラッシュバック』#40

           新幹線ひかりのごとく急いで天使の部屋に戻る途中、ぼくは考えていた。  ぼく自身の本当の善きもの……。それはだれかのためだったのか。  今となっては、なぜ自分がここにいるのかを知るには、自分の心残りを晴らしてからでないと意味がなかったのだと思う。そうでないと辿りつけなかった。何も変わらないからだ。必ず同じ轍を踏む。  最初ぼくは、しょうもない日々を抜け出したかった。天使はぼくを導いてくれた。そしてケイコに出会った。とても刺激的で毎日が再び楽しかった。一度抜け出してみると、

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        【小説】『フラッシュバック』#1

          【小説】『フラッシュバック』#39

           ぼくはこうして過ごしてきた日々を漠然と思い返していた。  不可解な日々の連続ではあったが、すべてがつながっていたようにも感じる……。  自分が何をしでかし、こうして今があるのか……。  そのとき天使が言った。「で、どうするつもりだ」  ぼくはふと我に返る。気づかされる。  しかしそう……このままでは……この世界の崩壊は止まらない……。このままでは世界はただ滅んでいく……。何もしなければ、坐(ざ)しているだけでは……、今日でぼくは終わる……。  「それで

          【小説】『フラッシュバック』#39

          【小説】『フラッシュバック』#38

           遠くで波の砕ける音が聞こえ、気がつくと、海岸の波打ち際に打ち上げられていた。ぼくは砂浜に伏せって倒れていた。倒れたまま海水を口から吹きだして咳き込み、鼻が強く痛んだ。しかし頭と胸は不思議と痛まなかった。  世界が終わる日の朝を迎えていた。  ふと気がつくと、いつも見かける幼い女の子が、しゃがんでぼくを見下ろしていた。だれかいてくれたのか……と、ぼくはふとほっとしてそう思った。  あたりには打ち上げられたヒトデが散乱しているだけで、恐ろしい終末の雰囲気とは束の間無縁だった。

          【小説】『フラッシュバック』#38

          【小説】『フラッシュバック』#37

           息が続かない。体の感覚がなくなる。視界がなくなる。やがて消える。意識が途切れる。ぼやける。やがて小さな穴があく。何かが見える。しだいに鮮明になっていく。目の前が進んでいく。どこだここは―――――――――――。  ぼくは歩き続けている。身体が宙を蹴って動いていく。どこなんだここは……。  すると視界が開けていった――。  ――音のしない砂漠。浅葱(あさぎ)色と薄紅(うすべに)色が空に同居している。一日のどの時間帯なのかわからない。太陽は動かず、白砂の丘が茫々(ぼうぼう)と

          【小説】『フラッシュバック』#37

          【小説】『フラッシュバック』#36

           「明日だ」と天使が言った。「明日終わりが来る」  それを聞いてぼくは茫然と天使の部屋を後にし、あてもなく彼の家の前の川沿いの道を、海に向かって歩き始めていた。  しまった……。ついに終わる……。  どうしようもない感情を抱えながらぼくは歩いていた。世界は終わると同時に、今こうしてぼく自身の心臓と頭も疼いている。  来る……。終わる……。詰む……。  道沿いの川には河口からクジラの死体が押し流されてきていて、耐えがたい腐臭を放っている。どの家の明かりもつい

          【小説】『フラッシュバック』#36

          【小説】『フラッシュバック』#35

           「そうか」と天使が言った。「なら明日病院に行け」  気がつくと、彼は姿を消していた。  ぼくは呼吸が落ち着くのを待ちながら、あぐらをかいて屋上からどこでもない街の彼方を眺めていた。  何だったんだあれは……。  剝き出しの昇降機を降りながら、ぼくは出来事の意味を考えていた。  どうしてこんな目に遭うんだ……。  夜の住宅街の家々の間を抜けて、歩いて家へ帰った。  そして朝になると、肝心なことをすべて忘れているのだった。  そうして今、ぼくは真夜中のコーヒーショップに

          【小説】『フラッシュバック』#35

          【小説】『フラッシュバック』#34

           天使の過去。遠い昔の出来事。  かつて、彼は今とは別の世界にいた。そして、ある一人の女性がいた。  彼は自分のことがわからなかった。人々は幽霊のように自分の姿を見なかった。鏡にも映らなかった。話しかけても聞かれなかった。そうして雨の日、だれもいない広場で茫然と座り込み、ひたすらうずくまっていた。そこへ、彼は声をかけられた。  「濡れないんですね」  …へ? 初めて人に声をかけられた。女性の声だった。    「あなたは天からの人?」  …え? 彼は自分でも自分

          【小説】『フラッシュバック』#34

          【小説】『フラッシュバック』#33

           雨の日に、天使と二人で歩いていた。  灰と降る雨の中を、二人ともビニール傘を差して、天使はポケットに片手を突っ込んで前を歩いていた。背中の羽が足並みに合わせて揺れていた。  パチンコやカラオケの目立つ猥雑な駅前を抜けて、電車に乗った。雨のにおいがした。  なんとなく気が向いた駅で降りた。  目にとまった楽器屋で試奏する。買って帰ろうか悩む。弾かなきゃよかったと思う。  喫茶店に入る。コーヒーだけ頼む。喋ることもない。時間をつぶす。  ビリヤードに興じる。できない技を試す。で

          【小説】『フラッシュバック』#33

          【小説】『フラッシュバック』#32

           天使は深夜に、ブラウン管でケーブルテレビを観ていた。  「…シンクロニシティの定義ですが、名付け親であるユングは「二つ以上の出来事が重要な意味を持って同時に起こること。そこには単なる好機の到来以外の何かが関わっている」と言いました。意味のある偶然の一致。  例えば、昔流行ったある歌を口ずさんでいて、その後テレビをつけたら、たまたまその歌が流れたり。きのう夢に見た人に、突然街でばったりと遭遇したり。そういう些細な偶然から、それこそ人生を左右するような出来事まで、ある種シン

          【小説】『フラッシュバック』#32

          【小説】『フラッシュバック』#31

           ぼくは引き続き小説を書いていた。  徐々にいいところまでは来ていた。しかし。  ……この日々と思い出ををシンプルに綴っているだけなのに、なんだか完成させたら終わるような気がした。  どうしてだろうか……。  そしてあろうことか、そもそも疑問に思い始めた。  ぼくの書いている小説が、この終わりゆく世界の中でそもそも陽の目を見ることなどないはずだ。もはや生きた証として残すのみ。しかし……それすらも望みは薄いのではないだろうか? なぜなら天使の言った通り、世界はこうして終わっ

          【小説】『フラッシュバック』#31

          【小説】『フラッシュバック』#30

           目を覚ますと、天使が言った。  「ゴルフでも行くか」  こうしてある日、彼とゴルフに行った。雨ではないが天気は死ぬほど悪く、コースの芝は夜逃げされたように放っておかれ、そこら中ぼこぼこだった。  世界は崩壊していく最中(さなか)だったが、天使との思い出はたくさんある。彼はふとした時に習字にして飾っておきたくなるようなことを呟く。いろいろ言ってくるので、未だにぼくの座右の銘は決まらない。一緒に六番ホールを回っているときだった。  「普通以上を目指さなければ」とテイクバック

          【小説】『フラッシュバック』#30

          【小説】『フラッシュバック』#29

           ある夜に、ぼくは悪夢を見た。夢の中では、抗えない一つのシナリオに閉じこめられている。  ぼくは旅支度をしている。旅行鞄(かばん)に荷物を詰め込んでいる。着替え、地図、カメラ、ガイドブック、帽子などを収まりよく配置する。  ……しかし、いつまでも旅に出られない。なぜか出発できない。なぜなら、手元に自分を証明するものがない……。想いはあるのに。  気分転換に手を洗う。水を流し、自分のこすり合わせている両手を眺める。しかし、洗っても洗っても手が濡れない。むしろどんどん黒

          【小説】『フラッシュバック』#29

          【小説】『フラッシュバック』#28

           ぼくは図書館併設のカフェに来ていた。一連の情勢で仮想敵国がいなくなり、国内から長いことお世話になっていた外国軍が撤退したため、憲法が改正され、まもなく徴兵が始まろうとしていた。  なんとなく本を蹂躙(じゅうりん)してから小説を書く算段でこの場所に来ていた。ぼくの頭は偏頭痛に悩まされ始めてもいた。そしてまずは本にあたった。  その日の収穫の模様をお届けする――。  記憶は脳の一体どこに、どのように蓄積されているのだろう? 脳の特定の場所に特定の記憶が位置しているのではなく、

          【小説】『フラッシュバック』#28