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【小説】『フラッシュバック』#36

 「明日だ」と天使が言った。「明日終わりが来る」
 
 それを聞いてぼくは茫然と天使の部屋を後にし、あてもなく彼の家の前の川沿いの道を、海に向かって歩き始めていた。
 
 しまった……。ついに終わる……。
 
 どうしようもない感情を抱えながらぼくは歩いていた。世界は終わると同時に、今こうしてぼく自身の心臓と頭も疼いている。
 
 来る……。終わる……。詰む……。
 
 道沿いの川には河口からクジラの死体が押し流されてきていて、耐えがたい腐臭を放っている。どの家の明かりもついていない。それどころか、どの家もあっさりと諦めるかのように自重で潰れてしまっている。車と車が正面衝突を起こしたまま放置されている。人だけがいない。
 
 やばい……。何も残してない……。終わる……。
 
 道沿いの川の護岸の果てしなく続く安全柵には、黒いペリカンのような怪鳥が所狭しと列をなして留まっていて、ぼくを威嚇しながら鳴き狂っている。その目はどの方向を見ているのかわからない。道には赤黒い蜘蛛のようなカニが大群で移動していて足の踏み場がない。何の骨かわからない骸(むくろ)が散乱している。
 
 死ぬ……。終わる……。何も残せなかった……。
 
 やがて視界には何も入らなくなる。ただ茫然として終末の道を歩んでいく。
 
 そうしてだんだんとぼくの心は、深く深く堕ち、堕ち、堕ち、堕ち、堕ちては、闇病み闇闇闇病み闇の詩人詩人詩吟詩人死人詩人死詩詩詩人へと変貌変貌変貌変貌変貌変貌変貌変貌、してしてしてしてしていっいっいっいっいぅいぅいったたたたたあああ――。
 
 世界はどこに向かうのか……。いったい、個人に何ができるというのか……。この世に生を受けた意味はなんだ……? 閉塞。いいところまで進む。しかしそれはマヤカシ。現実には通用せず圧を受ける。本当に潰されかける。いつからかうまく笑えずに何もかもが同じ 無機質の沼に足を取られて目的のない日々 それを無為に過ごす 君を知らない 人生はどこ 何をもって満たされるのだろう 術を知らない 憧れはどこ つまらない基準に身を預けて 正直者が踏み外しかける 自分のことばかり手一杯で他人に興味を見出せない 意味を知らない 終わりはいつ ここを出ずにはいられないだろう 伝手を知らない 未来はどこ 予感と情熱に身を委ねて 深く深く沈潜したい 無秩序をさらけだす朝を逃れて 長く長く流れに乗りたい ほんの僅かなワクワクに縋る 見いだせない情熱 手に入らない目的 辿り着く境地はみんな同じ どこにもない どこであっても関係ない どこにいても現実は地獄 尊敬する人の死 混沌に満ちたナンセンスな日常 ふざけ倒して狂った毎日 お遊びに溢れてるかのように見える でも実は 突き抜ける錆び ぼくは飛びたい ぼくに翼はない 中の状態 中の状態次第 存在 不在 広い世界に行きたい 形にしなければ存在していないも同然 訪れるのは危機 新しい役割 徐々に悪くなる世界……終末 打算で現状を維持していく意味がなくなる 懐疑と諦念 さまよえる信念 それがいい未来なのかは見当がつかない 悲しい情報が溢れていて、無力を感じる 不安と絶望が人間の棲家だと 認識を根底から新たにする 望みなく燃える 捨てきれず騒ぐ 降り続く災厄 自分だけが何故か助かる 混沌 退廃 今に固執すると澱む 未来が見通せないから 今まさに過渡期 既存の世俗的価値観はすべて覆される その発端となる社会制度が悉く消滅する 思い悩む必要はない すべて杞憂と化す それまでを楽しめばいいだけ 今のシステムにしがみついても、どうせ破綻することになる 真綿で首を締めるような支配 覚醒に相応しい危機 道を外しかけると身に危険が迫る 既得権層破壊の慰安装置 恒常的な脳のフロー化 意識の統制 バグが起こる 普段は体制の為の強制昏倒装置 危機も襲う 必然的に知りすぎてしまう 言論空間の統制 思考の枠組みの設計 ビッグデータから個々の情報端末への操作 人間を正常にさせない 広告・情報操作 資本主義経済が回るための これまでの正解 インテリジェンス 非常に過酷だからこそスピリチュアル 究極的にどうなるのか 知っているというのは凄い状態 違いを生む 知らない側からは覗き見れない 現代の愛は通俗的・商業的に バーチャルになっていく経済 電波から通じるメッセージ どうすればいいのか どうすれば通俗的感覚から抜け出せるのか 現代 現代的な苦しみ 予兆的な夢 朝起きて 一日の始まり 朝ぼらけを呪う テレビの報道 通勤風景 いつも屯している 動画稼業の連中 理不尽な指令 非現実的な目標 そのとき地震 外回り 仕事しているふり 街の様子 意味の分からない広告 退廃? 閉塞した雰囲気 時間を潰して凌ぐ 将来の懐疑 成長への疑義 そこにクレーム …はぼくのせいじゃない。きっとぼくのせいじゃない 鈍感になる必要 生き抜く為に 思い詰める必要はない
 責任の欠如とは違う 非難の矛先を自分に向けないということ
 非難の所在は自己にはないと決心すること それが自分への正当な報酬
 すべての仕事は楽しくない ひいては事を長期に継続する秘訣
 当事者になってはならない 持ち帰らない
 嫌なことや苦しみは不可避だから 鋭い感受性は危機を孕む
 閉ざすことを学ばなければならない 感じすぎない それがある種のフロー
 次の日は雨 機を窺う やれることは本の蒐集 こういう流れでこうなる世の中
 閉塞している時代 何も成し遂げられないという焦燥 どこにも行けないのではないかという疑念
 現代的な問題の凝縮 人間の論理的思考には限界があった それらは何も生み出さなかった
 自分で考えつくものは常に誤謬を孕んだ 鴉が鳴いた
 科学的には説明のつかないもの かつてなく激しく移り変わる今
 昨日のことは今日役に立たない 物質的・感覚的なものは全く信用できない
 停滞したくない 他人と時間を無駄にしたくない
 三十五年先の未来など存在しない
 それほどまで信念の提示に難儀する
 だれもが投機をしている
 世界中のだれもが急いでいる
 本当に必要なのはそんな事じゃない
 本当に価値があるものはそんなものじゃない
 ぼくは生き残れるのだろうか
 財政破綻
 天使は現れない
 どうすればいい
 取引先の倒産
 街の荒廃
 忘れ閉ざしていた絶望が押し寄せる
 ぼくは地上に由来していない
 誤ってはならない
 なぜ科学には限界があるのか
 救済
 職を失う
 人口に膾炙させる
 こうして抜け出せないでいる
 思いあがる結果、塗炭の苦しみ
 気づけることにも気づけない
 終わる
 頭が痛い
 死ぬ
 心臓もいたい
 死ぬ
 頭が痛い
 目がまわる
 消える
 まだ何も残してない
 死ぬ
 頭が痛い
 心臓が
 終わる
 死ぬ
 まだ
 何も
 残して
 もう
 ない
 死ね
 終わる…………………………何も……………かも………………………………………
 
 すべてを飲み込むような黒い夜の海に到着していた。自分の力ではどうにも抗えない自然の猛威を感じる。沖には巨大な光らない月が今にも地球に衝突しそうに待ち構えている。ぼくは波打ち際へと歩いていく。靴が濡れていく。海の中へと入っていく。膝まで浸かる。腹のあたりがひやっとする。そろそろ足の着かない深さまで来る。
 
 そうして、世界は終わるというのに、ぼくは絶望して、暗い海の中へと入水(じゅすい)していった――。

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