六合九里

無駄口が多い、超遅筆文字書き。 支部に載せるほどでもない話を書いていきます。

六合九里

無駄口が多い、超遅筆文字書き。 支部に載せるほどでもない話を書いていきます。

最近の記事

部下と上司とエトセトラ⑨

ほんの些細なこと  きっと違う状況であったなら、些細なことで済んだかもしれない。ただ些細の種類は人によって違うのだし、男女でも違う。今までだって最上に腹が立ったことは幾度となくあって、それでも半日過ぎれば自然と納得できていた。  これほど許せなかったのは初めてだった。 「――マジか」  遅番出勤の日。午前十時に起床し、浴室の鏡に向き合った芳香は困惑した。  額の右側あたりに円形の赤い湿疹が広がっていたのだ。よく見れば、虻に刺されたように腫れていて、表面はかぶれのようにざ

    • 部下と上司とエトセトラ⑧

       あくまでバレンタインのお話 >バレンタインのお返しは用意してあるので、いつでもOKです。  ある年のバレンタイン当日の朝、最上からのメッセージを見た芳香は、思わず冷や汗をかいた。 (……まだ買ってない)  新入社員だった1年目を除いて、バレンタインは毎年プレゼント交換も同然だった。  例年は、節分が終わると本腰を入れて百貨店の催事に足を運んでいたが、今回はどうしたわけか、全く失念していた。と言うのも、最上と全くスケジュールが合わないため、後回しにしていたのだ。 >

      • 部下と上司の膝栗毛⑮

         冬の上野で  上野東照宮ぼたん苑。先ほどから芳香は虫の居所が悪かった。  出かける間際に、宅配物を受け取ったせいで出鼻を挫かれたが、歩く速度が早いのが功を奏して、5分弱の遅刻で済みそうだった。 >5分ほど遅れます。  そう最上に送って、芳香は可能な限りの最短ルートで向かう。  しかし、問題は上野に着いてからだった。  いざ上野駅のホームに降り立ち、スマホを見た芳香は、数分前に最上から来ていたメッセージに思わず、携帯を投げ棄てたくなった。  目的の上野東照宮は上野公園

        • 部下と上司とエトセトラ⑦

          恋人がサンタクロースだったら 有線から流れてきた有名なクリスマスソングを無音で口ずさみながら、芳香はふと思った。 (ーー恋人がサンタクロースだったら、むしろクリスマス会えなくね?)  クリスマスに予定がない言い訳には丁度いいな、などと暢気に思うのと同時に、今日明日と客寄せパンダよろしく多忙だろう男のことを考える。ただそれは恋人ではなく、上司だが。  飲食店や競合店でもそうであるように、芳香と最上が働く店でも、クリスマスのイベントはあった。  パチンコ店でクリスマスと言え

        部下と上司とエトセトラ⑨

          文学フリマ東京36に参加します!

          初めに  いつも拙作『部下と上司とエトセトラ』『部下と上司の膝栗毛』に目を通していただき、ありがとうございます。  六合九里です。  普段はただフィクションを投稿するだけなので、まず少し制作秘話的なことを話したいと思います。しばらくお付き合いください 【創作上司部下】は、【名前付けされてしまう関係性に対する、世間への抵抗】をテーマに、写真小説という試みで行っている創作です。  ただ「男女の友情は成立するのか?」ということではなく、「お互いに境界線がない」という特別さを、告

          文学フリマ東京36に参加します!

          部下と上司の膝栗毛⑭

          よく見えるということ 「何あれ?」  隣にいた最上が突然声を上げたので、芳香もつられてそちらを見る。  屋根の上に何やら、しゃがみこむ女性らしき像があった。 「何故あそこに置いた!?」  公共施設なので、幾分か声を抑えながら芳香も驚きでついそう言った。  朝倉彫塑館。  日暮里駅から程近い、彫刻家・朝倉文夫の記念館。  元はアトリエ兼住宅だったというだけあって、館内には至るところに数多くの彫刻作品が展示されていた。それは建物の上も例外ではないようだったが、いかんせ

          部下と上司の膝栗毛⑭

          部下と上司と膝栗毛⑬

          次来る時の口実  季節は巡り巡って秋。  秋の薔薇シーズンが到来し、各方面では冬のイルミネーションに次いで、バラ園の見頃を告げる時期となった。  月末の恒例イベントであるフラワーギフトのために、芳香の勤める店舗には一時的に多種多様な薔薇が集まった。 >秋薔薇見に行くよりも先に、職場が薔薇まみれになりました……。  そう送った数分後、最上からとあるURLが送られて来た。  北区にある有名な庭園。ちょうど今が見頃とのことだった。幸い、翌日は日曜日でお互い休み被り。週間天気

          部下と上司と膝栗毛⑬

          部下と上司の膝栗毛⑫

          遅刻 >9時半に池袋ね。  前日の話し合いで決まった通りに、芳香は予定通りの電車に乗って、驚くほど順調に待ち合わせ場所まで辿り着いた。だがしかし―― >着きました。 「おはよう」のスタンプと一緒に到着の旨をメッセージで送るが、一向に既読がつかない。  芳香とて、いちいち既読スルーを気にするタイプではなく、むしろ既読したまま返信しないこともあるから、大して気にも止めてない。  それにも関わらず、気になったのは、最上にしては珍しく、朝から何の連絡もよこして来なかったからだ

          部下と上司の膝栗毛⑫

          部下と上司の膝栗毛⑪

          最後の夏に  お互いに都合が合わず、一月ぶりに休みが被った日の前日。  芳香が言い出すよりも先に、最上からそんなメッセージが送られて来た。 (これはまた魅力的な5択だこと……)  箇条書きに列挙された候補に、芳香は唸りながら考える。 >豊洲ですけど、例のアートの奴に行くなら、お台場の方に行きたいです。  思い当たる候補が1つしか思い浮かばず、そう返すと、数分後、「前日にチケット取れるかな?」と返ってきた。  その間に、芳香も公式ホームページを調べていたから、そのまま

          部下と上司の膝栗毛⑪

          部下と上司とエトセトラ⑥

          部下と上司と始まりの釜飯    まだ最上と芳香と、芳香の同期・霜村ミライを加えた3人で出掛けていた頃の話だ。  芳香が2連休の初日に実家へ帰るのに合わせて、3人は夕方過ぎに最寄りから2つ離れた駅で待ち合わせた。 >何かリクエストある? >翌日が焼き肉なので、それ以外で  社員寮の好で組まれたグループチャットで、前もって最上から希望を聞かれていたが、帰省翌日の夜に家族で、よく行く焼肉屋へ行く予定を考慮してそう返した。  だが、夕食の献立が変わるのはよくあること。  外

          部下と上司とエトセトラ⑥

          部下と上司とエトセトラ⑤

          土用の丑の日  「贅沢な悩みだ」と言われて27年、芳香は未だに鰻が苦手だ。  家族はそれを知っているから、土用の丑の日は芳香が豚丼、父や義姉は鰻重を食べる。  幸い、日常的に鰻を食べる習慣など備わっているわけもなく、芳香とて困りはしなかったのだが、それは突然やって来てしまった。 「何食べたい? わりと何でもあるよ」  私用のため、夕方に最上と待ち合わせた。  場所は浅草。パチンコやスロットだけでなく競馬にも精通する最上にとっては、勝手知ったる庭である。  浅草寺周辺を軽

          部下と上司とエトセトラ⑤

          部下と上司の膝栗毛⑩

          食べて祈って揺蕩って >予約した。  突然そんなメッセージと共に、最上から予約完了メールのスクリーンショットが送られてきた。  2日後の公休がお互い被っていて、恒例の出かける約束は既に取りつけてあったが、目的地はいつも通り決まっていなかった。  ただこれもいつも通り、最上から5つほど案を出されていたものの、芳香は迷いあぐねて放置していた。    最上が予約したというそれは、汐留にあるホテルのビッフェだった。  イタリアの街並みも模した一角にある、それこそ【イタリア街】

          部下と上司の膝栗毛⑩

          部下と上司と膝栗毛⑨

          昔の話を聞かせて  4月。世は、入学式入社式と新しい年度が始まりを迎えている。  日々の、不規則で理不尽な寒暖差こそあれ、今年も花見のシーズンが到来した。  王子駅に程近い、飛鳥山。  数年前の、初めて二人きりで出かけた日。 「初めて来た」と言った芳香に、最上は目を剥いて驚いた。 「嘘でしょ!? だって大学、荒川線沿線じゃん!」  都内に現存する2つの路面電車の1つ・都営荒川線。三ノ輪から早稲田を結ぶ沿線に、芳香は学生時代通っていた。  だが、今でこそ頻繁に出かける

          部下と上司と膝栗毛⑨

          部下と上司の膝栗毛⑧

          落ちる時は一緒に 初めてのジェットコースターと言えば、どこが主流なのだろう?  とは言え、小学校低学年の、それもまだ未経験の子供を、絶叫アトラクションで有名な某富士山近くの遊園地に連れていく親というのも、中々に常軌を逸しているのは確かだ。   来瞳芳香(くるめ よしか)は、絶叫アトラクションが苦手だ。  確かに、人生で初めて乗ったジェットコースターが富○急のフ○ヤマだったのは大きいが、根本的な原因は、とあるホラー映画の影響だった。ジェットコースターの事故で死ぬはずだった男女

          部下と上司の膝栗毛⑧

          部下と上司の膝栗毛⑦

          「お茶しよう」って言ったけど 「来瞳ってフルーツ駄目なんだっけ?」  行きの電車の中で、先ほどからスマホで何か調べているらしい最上が徐に尋ねてきた。  というのも、芳香が白樺アレルギーで、リンゴや梨、ビワ、柿、さくらんぼ、桃など、ある特定の果物を生で食べると、蕁麻疹と喉に痒みが出るからである。  なんとも難儀な体質だが、柑橘類やブドウ、苺、スイカなどの瓜科は問題なく食べれるし、対象の果物だって、コンポートやジャム、ゼリーなら食せる。  以前、居酒屋で生の凍らせた桃が刺さ

          部下と上司の膝栗毛⑦

          部下と上司の膝栗毛⑥

          Have a goodtime「来瞳、眠いの?」  11時。駅前のパチンコ屋で合流すると、最上は挨拶の次にそう訊いてきた。 「そう見えますか?」 「うん、今にも横倒しになりたがってる」 「ヒラメじゃないですか」  そう返したものの、確かに今日の芳香は些か勝手が違った。  昨夜は遅番勤務で深夜0時過ぎに帰宅したが、そこから今日の支度やら何やらで、床についたのは4時近く。  11時に駅の改札で待ち合わせだったから、歯磨きや洗顔、化粧する時間も含めて9時にアラームをかけた。 

          部下と上司の膝栗毛⑥