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部下と上司の膝栗毛⑩

食べて祈って揺蕩って

>予約した。

 突然そんなメッセージと共に、最上から予約完了メールのスクリーンショットが送られてきた。
 2日後の公休がお互い被っていて、恒例の出かける約束は既に取りつけてあったが、目的地はいつも通り決まっていなかった。
 ただこれもいつも通り、最上から5つほど案を出されていたものの、芳香は迷いあぐねて放置していた。

 

 最上が予約したというそれは、汐留にあるホテルのビッフェだった。
 イタリアの街並みも模した一角にある、それこそ【イタリア街】と名付けられた場所で、芳香には断る理由がなく、二つ返事で了承した。

 品数こそ多くはないものの、【ローストビーフ食べ放題】と銘打たれているだけあって、充分満たされた。
 カードで決済が済んでいて、芳香は金額を知る由もなかったが、建物の立地や佇まい、内装や客層の雰囲気から察するに、安くはないことはわかった。
 

 

「ーー今日のプランはね」

 行きの電車内で、最上は今日のプランを教えてくれた。

①ビッフェで昼食
②新橋まで散策
③品川の水族館に行く

 個人差こそあれ、汐留のホテルから新橋駅までは歩いて行ける距離だったが、最上がわざわざ散策を選んだのには理由があった。

「ーー俺的、超オススメな神社があるんだよね。ビル街の中にポツンとあるんだけど……」

 よっぽど自信があるのか、そう語る最上は興奮気味にそう語った。
 これまで最上のオススメがハズれた試しがない芳香には、期待が大きかったし、その実、それは期待以上だった。

 新橋駅に程近い、烏森神社。

(烏森口の【烏森】ってここのことだったんだ……)

 東京生まれ東京育ち。生粋の東京出身ながら、芳香は参道を見ておもむろにそう思ったが、口に出せば、隣の男が何を言ってくるか分からないので、感嘆の言葉に隠す。

 ディープな飲み屋街を進んでいくと、突然道が広くなり、一般的な形の鳥居とは少し異なった鳥居が姿を表した。
 
「本当にビル街の中にあるんですね!」
「そう、面白いでしょ? 俺的には、都内でも有数のフォトジェニックな神社だと思うよ」

 道中にはちらほらと撮影している人が目に入る。
 
「周りがビルだから、鳥居の形も独特ですね。両側に突起してる部分がない」
「華美でもなく、かといって廃れてもいない……来瞳好きでしょ、こういうの」
「はい、とても!」

 幼少期に見た、喋るネズミが人間にまるで家族のように迎え入れられる映画。それに出てくる、ビルとビルの間に挟まれるように建つ、可愛らしい家を思い出す。
 最上にその映画のことは話したことがなかったが、いつもながら彼女の好みを巧みに汲み取った考えに、芳香は笑った。




>しながわ水族館?

 「品川の水族館に行く」と言った最上に、芳香がそうメッセージを送ると、明らかに笑いを含んだ絵文字で訂正された。

>駅の方にあるやつ

 品川駅が品川区にないことを一瞬憎らしく思った。
 品川駅西口から程近く、ショッピングモールを横切った先にあるビルの中にそれはあった。
 ハロウィンが終わり、早くもクリスマスイベントが始まったばかりで、入り口からイルミネーションを模したプロジェクションマッピングが展開されている。

 驚くことに、序盤はバイキングにメリーゴーランドと、ビル内とは思えないアトラクションが続いた。
 横目に通りすぎ、換気口のダクトや配管が露になった天井に苦笑いを浮かべながら少し進むと、本命とも言える水族館の様相が広がった。

 カップルや家族連れが多い中で、きっと端から見れば最上と芳香も恋人同士だが、交わされる会話が独特過ぎた。 
 すれ違うカップルが思わず振り返るほどである。

「凄い無理矢理、十二星座に寄せた感があるね」
「大変同意ですけど、せめて子供がいないところでお願いします」
「だってさ、これとか名前掠りもしてないじゃん」
「受け取り方は人それぞれですよ」

 

「……比べちゃうね、夢の国と」
「まあメインは水族館ですからね……あっちはアトラクションですけど」

 プロジェクションマッピングに彩られた空間を抜けると、入り口にあったバイキングの脇に出た。
 某夢の国の海賊のアトラクションを彷彿させたが、細かい点に目を瞑ればの話である。

 通路を進むと、大きな水槽が目立つようになり、辺りは一気に水族館の様相に変わった。

「……半熟卵みたいで美味しそうですね」
「葉物抜いたカルフォルニアロールっぽいよね」
「このカクレクマノミ、ずいぶん毒々しい色してますね」
「すじこみたいだよね」
「拭えないスモークサーモン感……」
「雨上がりのミミズの死体って、あんな感じじゃない?」
「プールの中の鼻水では?」
「お姉さん、俺より酷くない?」
「海面に漂うレジ袋」
「確かに……」
「ティッシュを入れっぱなしのまま、回してしまった時の洗濯槽」
「それか海面に漂うティッシュですね」
「どっちにしろ、ティッシュだね」

 周囲ではフォトジェニックな光景をバックに、カップルや女性同士で写真を撮っている。
 アートアクアリウムが人気を博しているように、感嘆の声があちらこちらで上がる一方、水槽内に漂う神秘的なクラゲの様相を、ティッシュやレジ袋に例える者は少ない。


 脇を通り過ぎた子供が不思議そうにこちらを見ているのを、芳香はなんとなく気づいていた。きっと最上も気づいているはずだ。

(最上さんじゃなかったら、呆れられて終わるんだろうな……)

 子供に苦笑いで返しながら、そんなことを思った。
 何をどう思うかは人それぞれだし、どう感じても個人の自由だ。だが、批判もなくこうして共有できるのが何よりも楽しいのだと、芳香は改めて実感した。
 

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