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部下と上司と膝栗毛⑬

次来る時の口実

 季節は巡り巡って秋。
 秋の薔薇シーズンが到来し、各方面では冬のイルミネーションに次いで、バラ園の見頃を告げる時期となった。

 月末の恒例イベントであるフラワーギフトのために、芳香の勤める店舗には一時的に多種多様な薔薇が集まった。

>秋薔薇見に行くよりも先に、職場が薔薇まみれになりました……。

 そう送った数分後、最上からとあるURLが送られて来た。
 北区にある有名な庭園。ちょうど今が見頃とのことだった。幸い、翌日は日曜日でお互い休み被り。週間天気予報も連日快晴。混雑は予想されるが、休みが被るタイミングと薔薇の見頃と天気が合う日など、次はいつになるか分からない。

>明日行きます?
>お昼過ぎでよければ。

 既読が付いてから、返事が来るまで1分もかからなかった。

「リベンジですね」

 芳香がそう言ったのも、実は以前来た時は生憎休園日で入れなかった。
 それは何の因果か、初めて二人で出かけたあの日のことだ。
 
 券売機には、庭園見学のチケットの他、徒歩圏内にある六義園との『園結びチケット』なる割引券も販売されていたが、前回、六義園は攻略済みだったため、一般2枚を購入した。


「人多いなぁ……」
「そりゃあ日曜日ですからね」

 最も品種の多い花とされるだけあって、開花の具合も千差万別だったが、全体的に言えば見頃と言っても過言ではない。
 天気にも恵まれ、気温も暖かく、園内には予想通り人で賑わっていた。
 洋館は庭園とは別に見学料が設けられているため、2人は先に庭を回ることにした。
 

 

(この人も甚だわかりやすいよな……)

 一眼レフやスマホのカメラ。はたまた、いかにも映えを狙ったような服装の軍団、熱心にバラをバックで撮影に勤しむ人の群れに混じって、最上が先ほどから1つの苗につき、4~5枚シャッターを切っている。
 何でも母親がフラワーアレンジメントの講師をしている関係で、幼少期から植物が好きなのだという。特に花が好きなようで、二人で出掛けた際は出先で花壇やフラワーアレンジメントを見かける度に写真を撮っていた。
 かの夢の国でも、各エリアにある花壇や植物の写真も欠かさなかったが、キャラクターの撮影と同様の熱量に、芳香は思わず笑ってしまった。


 バラ園を抜けた先には、中々な広さの日本庭園があった。疎らに家族連れなどは見えるものの、ほとんどが薔薇園に集まっていると見えて、ゆったり進むことができた。

「もう少ししたら、紅葉が見頃だろうね」
「これだけ立派だと、さぞ鮮やかでしょうね」
 
 日陰にあったベンチに並んで腰掛けながら、最上はどこかワクワクしたように言った。
 芳香も、庭一面、赤や黄色に色づき、池の水面に落ち葉が揺蕩う様を思い浮かべると、俄然興味が湧いた。

「中、見学しないんですか?」

 庭園を出ると、まっすぐ正門の方へ向かう最上に芳香は慌てて尋ねた。
 本心を言えば、実は洋館が一番気になっていたし、喫茶がセットに付いた見学プランは魅力的だった。
 それに100歩譲って、六義園は一度行ったことがあるが、旧古河庭園は芳香にとって初めてなわけで、まだまだ見て回りたかったのだ。

「うーん……次来る口実がなくなっちゃうからね。今度は紅葉のシーズンに来たいし」

 次があるということに、これほど簡単に安心してしまえる自分に、芳香は内心呆れた。

(こういうところなんだよな……)

 芳香の胸中を察してか否か。だが、きっと最上には全てお見通しなのだろう。
 浮き足立つ本心を誤魔化すため、最上の横に並ぶと、この後の予定を聞いた。

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