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部下と上司の膝栗毛⑭
よく見えるということ
「何あれ?」
隣にいた最上が突然声を上げたので、芳香もつられてそちらを見る。
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屋根の上に何やら、しゃがみこむ女性らしき像があった。
「何故あそこに置いた!?」
公共施設なので、幾分か声を抑えながら芳香も驚きでついそう言った。
朝倉彫塑館。
日暮里駅から程近い、彫刻家・朝倉文夫の記念館。
元はアトリエ兼住宅だったというだけあって、館内には至るところに数多くの彫刻作品が展示されていた。それは建物の上も例外ではないようだったが、いかんせん、設置場所と像のポーズが問題である。
それ以降も、中々に突っ込みどころ満載な像を見つけては最上が声を上げた。
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「下が建物のどこに来るかですよね」
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屋上庭園から下りてきたサンルームの天窓を見上げると、まるで覗き込むように像が置かれていることに気付き、どちらからともなく声を挙げた。
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暫しエキセントリックな像の配置と、数えきれないほどの猫の像に驚きながら、朝倉彫塑館を後にした2人は、大通りへ戻ると、有名な夕焼けだんだだんを下り、谷中銀座商店街を散策した。
平日だったが、人通りは多い。
せっかくだからと、近くのパン屋や総菜屋に立ち寄っていくらか買い込むと、食べ歩きをしながら歩いていく。ここまでこれといった宛てはなかった。
そうして商店街の端まで来た所で、横を歩いていた最上が通りを曲がったのを、芳香は慌てて追いかけた。
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千駄木駅に程近い、根津神社。
そこへ向かう折、最上が表現を濁しながら言ったことを、芳香は遅れて理解した。
「――バランスおかしくないですか?」
最上に促され、神社の門を見上げた芳香は思った。
つまり【根津神社】の4文字が徐々に小さくなっていることで、一種の遠近法が形成されていたのだ。
「これは……こういうもので合ってるんですかね?」
「いやぁ、合ってないとね……だって国宝だよ?」
二人が立っているのは、表参道からまっすぐ進んだ、神橋を渡った先の楼門である。
既に境内を散策し、本殿への参拝も終えていた。
「確かに迫力はありますけど……いかにも書き初めにありがちな、1文字目でミスったやつに見えて仕方がないんですけど……」
「【根津】まで書いて慌てて、後の二文字書いた感じだよね」
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門の前で立ち止まるのは、二人だけ。脇を通る通行人が何事かと、二人の視線の先を見ている。
そこでふと、芳香は笑いが込み上げてきて、思わず声を漏らして笑ってしまった。
「そんなに面白い?」
「いや、文化遺産の見所に、まずこれを持ってくるのは、だいぶぶっ飛んでるなと思いまして……」
「他にももちろんあるんだよ」
「無きゃ困るんですよ」
生憎、見れば見るほど先程の説に思えてくる。
でも、こういう視点も悪くないと芳香は思った。何よりも、それを共有できるという楽しさが最上との会話の醍醐味だ。
(こういうところが、いいんだよな……)
口に出せば最上のことだから、調子に乗って面白がるのは目に見えているので、あえて何も言わなかった。
「――この後はどうしましょうか?」
「森鴎外記念館でも行こうか」
そう言って二人は、後にした。
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