魔法
父が足を切断する事になった。
父は、足を失ったショックで嘆くだろうか。
無い足が痛むという、幻覚痛に苦しむだろうか。
そんな事を知ったところで、どうにもならないと解ってはいた。
だが 私は、札幌の波木星龍に電話で相談した。
彼は余計な事は一切言わず、
「なるほど、なるほど」
と、静かに相槌を打ち、少し間を置いて言った。
「ショックを受ける事も、幻覚痛に苦しむ事もありません、ね」
何かが救われた。
"いや、大丈夫だよ"
と、言われたかのようだった。
だって、しょうがないじゃないか。
俺も お前も なるようにしかならないじゃないか。
父が嘆き、苦しむなら、その姿を見るだけだ。
医者は、鎮静剤でも モルヒネでも打って処置するだろう。
私はきっと、一人になり 耐え切れなくなったら泣くだろう。
それだけだ。
誰に迷惑を掛けるでもない。
私の中で、何かが坐った。
「そうですねぇ・・」
と、言って 波木星龍は続けた。
波木星龍は "恐らく"と言って、執刀医にその筋の優れた知見があり、
また、優秀な外科医である事から、幻覚痛は起きないだろうとした。
彼は、気休めを言っているのではなかった。
占術家の威信を賭け、的中させに来ているのである。
また、父は認知症が幸いして、足を失った事実を明確には把握せず、
今後も、それは変わらないので、ショックを受ける事はないとした。
私に 開き直りと希望を同時に与え、彼は言った。
「これは、大丈夫ですね」
気休めでも、慰めでもない、確信的な響きだった。
「ただ・・、比較的すぐに再手術はあると思います」
と、言った。
「それも含め、大丈夫です」
と、波木星龍は断言した。
2006年1月に 父は片足を切断した。
一か月後、残された足が、切断した方と同様に壊死し始めた。
再手術となり、2006年2月、父は両足を失う事になった。
執刀医は 解剖から入って執刀医になった幻覚痛の専門家だった。
父は、無い筈の足が、時々"痒い"と言っていたが、それだけだった。
執刀医は幻覚痛が起きる理由を私に説明し、再手術も心配ないと言った。
また、認知症の父の中で、
この都合の悪い事実は、全て無い事になっているのだった。
私は、魔法にかけられたような気がした。
波木星龍は私の心を救い、同時に、その予言の全てを的中させたのである。
力量だけではない。
断言する。
その勇敢さ。
優しさ。