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短編小説集

19
短編小説、増幅中。
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#詩

ワンダーランドの手記

ワンダーランドの手記

ーーー此処は暮れ泥むトワイライトに照らされた小さな部屋で、寧ろそれは地下室と呼ぶべきかもしれない。けれどこの僕には珍しく暖色で書き留めたいひかりが机をぼおと包むので、やはり此処は未だ地上だった。これは終わってゆく世界で、いつか海に漕ぎ出したぼろぼろの小舟は、先頭を波を踏んで歩いた馬のあとを追うようにじわりじわりと沈んでいった、馬のきれいなたてがみが塩水で固まった様を僕は見た。でもどうすることもでき

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イオ

イオ

都市を渡る星空間シャトル
始祖鳥の尾羽
僕はけふ十三に成りました
[nl057便をご利用の皆さま…]

海はとうに干上がり、人々はかなしみの余りステーション建設に勤しんだ。ひとつの球体と燻鼠色の長方形の胴体を持ったステーションは、他の星々に遜色ない出来映えで、TVショウでその様子が映されると皆毎日のようにそれを喜んだ。

(スムーズな乗降にご協力ください)
音を発さないアナウンスが響き渡ってーーー

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水葬

水葬

 朝からよく晴れた秋の日に、彼女は死んだ。
 誰も知らないところで死んだ。けれど皆それを感じていた。
 彼女の名前はもう無い。死ぬとき僕等は名前を失くすのだ。
 この街にはしきたりがある。それはひとつだけ、弔いに関することだった。
 水葬。
 それを僕等は今日しなくてはならない。
 白蘭の木で死んだ彼女の重みが無くなった身体を、アルペーオおじさんとその息子が抱き抱えて川へと運ぶ。
 花屋のジルが沢

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小舟に空が落ちたから

小舟に空が落ちたから

 小舟が浮かんでいる。
 行こうと思った。何処かへ行ってしまおうと思った。
 岸には葦と蒲が生え、小さな水草が点描のように留まっている。私はそこに立っていた。季節はいつなのか忘れてしまったけれど、こんなに風がびゅおうと吹くのだから多分冬で、私は置き去りなのだった。
 酷く喉が渇いた。声はもう出なかった。
 黒い鳥が群れをなして吼えながら私の遥か上を過ぎて行った。その声が聴こえなくなると、もう総ては

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