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水葬

 朝からよく晴れた秋の日に、彼女は死んだ。
 誰も知らないところで死んだ。けれど皆それを感じていた。
 彼女の名前はもう無い。死ぬとき僕等は名前を失くすのだ。
 この街にはしきたりがある。それはひとつだけ、弔いに関することだった。
 水葬。
 それを僕等は今日しなくてはならない。
 白蘭の木で死んだ彼女の重みが無くなった身体を、アルペーオおじさんとその息子が抱き抱えて川へと運ぶ。
 花屋のジルが沢山の花を荷車に載せてやってきた。
「やあ。また、葬式か。」
 僕は手をあげて応えた。
「今日は水の流れが早いようだ。」
 午后三時、街の住人は皆川辺に集まっていた。
 街の刻を告げる鐘が鳴った。それを合図に、弔いは始まる。
 死んだ彼女の身体に、まず野茨の蔓を巻きつけていく。手は交差させて両肩に置き、両足はひとつに纏めてしまう。
 次に林檎酒をゆっくりと全身にかけてゆく。
 髪が濡れて落ち、顔が露わになる。彼女の顔は白すぎて透けるようだった。
 野茨にさまざまな花を刺してゆく。これは皆がする儀式だ。
 花でいっぱいになった林檎の香りの屍体を七人(七人と決まっているんだ。)で川へとゆつくり運ぶ。
 しづかに水に浸け、最後に硝子の細い瓶を胸元に置く。
 この瓶が何かでいっぱいになったとき、彼女は天国へ行けるんだ。
 川へ流されてゆく彼女を見つめながら、僕等はとびきり美しい騒音を立てる。めいめいが勝手に歌を歌い、手を打つ。ダンスをする者もいる。
 墓はない。
 水葬。
 これが僕等の街の葬式だ。
 花に溺れて薫りのなか水に浮かび沈んでゆく彼女は今ほんたうに死んだ。
 とても綺麗に水になった。
 さようならを誰も口にせず、そう、僕等は彼女の名前を知っているから。
 水葬の日。

おたすけくださひな。