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「ひとり出版社」創業から3年目へ。ー会社づくりで得られるもの

あさま社は軽井沢の地に2022年の1月に誕生した、あたらしい出版社です。
都内の出版社で10年勤務した編集者が、軽井沢への教育移住をきっかけにひとりで立ち上げました。22年には創業第一弾となる書籍「子どもたちに民主主義を教えよう」を出版。販売元を引き受けてくださった英治出版さんのご協力もあり、無事に3刷1.5万部まで伸ばすことができました。その経緯などはこちらのnoteに記してあります。

2023年は第二期目。
振り返ると自社のタイトルとしては1冊となりました。その1冊が「じぶん時間を生きる TRANSITION 」です。それ以外には編集協力として、娘の通う風越学園のお手伝いとして、初めての卒業生22名に向けた「みらいをつくる」。そしてプロジェクト学習の実践者(教師)に向けてその実践をまとめた「プロジェクトの学びでじぶんをつくる」にかかわりました。2冊ともに地域に出版社があること、子どもの学びのために出版社ができることの可能性を感じさせる、あさま社にとって得難い体験となりました。

さて、2024年を迎えるにあたり、二期目に何が起きたのか、創業者である私(坂口)が体験したことを断片的に残しておきたいと思います。これから出版社をつくりたい、という人も少しずつ増えているのではないでしょうか。そんな人の背中を、少しだけ押すことができればなによりです。

信じられない出来事

大仰な見出しだが、当時の自分の気持ちを表現するとこうなる。何があったか? 「じぶん時間を生きる」を都内のいくつかの書店さんが発売前から大々的に仕掛けてくださった。いや、仕掛けてくれた、というレベルではない。50冊から100冊もの事前受注をつけてくださり、先行発売と銘打って発売前から大きく展開してくれたのだ。

あさま社の場合、書店営業は発売前のタイミングで行けるところは同行するようにしている。すべて、とはいかないけれど、この本は「このお店に」「このエリアに」マッチするはず。そう考える店舗さんには英治出版さんにアポを取ってもらい、一緒にうかがい、提案をする。

その中で、この本を注文書(発売前)の段階から目をつけて、たくさん注文をつけてくれた。当時の正直な気持ちを言うならば「大丈夫か・・?」「余ってしまったらどうしよう・・」。もちろん本の仕上がりには自信があった。時流に合っていると確信もあった。でも、実際に売れるかどうかは置いてみなけりゃわからない。テーマ的にも、ひと目見てわかるようなタイトル・表1ではないし、それをめざしていないだけに不安はあった。

装丁をセプテンバーカウボーイの吉岡秀行さんに、イラストを河野愛さんに手がけてもらった。カバーのイラストをフィックスさせるまでに実は10回近いリテイクと打ち合わせを何度も重ねた。帯を取ると東京ビル群が見える、まさにトランジションのbefor/after を表1で表現している。

書店員さんの目利き力


今回目の当たりにしたのは、書店さんが事前にタイトルを嗅ぎ分ける臭覚、そして「売る!」と決めたら本当に売ってしまうという実行力であった。それは店舗の客層(好みや相性)をしっかり掴んでいて、根性や当てずっぽうではなく確率の世界でしっかり勝負をしているのだ、という事実だった。

発売当初は、二子玉川蔦屋家電さん、代官山蔦屋書店さん、青山ブックセンター本店さん、丸善丸の内本店さん(のちに大々的なフェアも)で大きく展開してくださり、本書の売上を引っ張ってくださった。都内でも有数の書店群であることはもちろん、読者としてもある種「ファン」の一人としてこれらの店舗で売れることについて、個人的にも思い入れが深かった。

ここに挙げられない店舗さんも大きく展開してくださったところがいくつもあった。六本木蔦屋書店さんではイベントを開催、さとのば大学の兼松さんがファシリテーションを務めてくださった「神回」でもあった。
著者の佐宗さんの稼働に触れないわけにはいかない。パブリシティで取材や出演を多数引き受けてくださった。「この本についてできることはすべてすると決めました」。そんなメールをもらったことがあった。本業もあるのに決めてくださった。著者の協力が、プロモーションにおいてなにより大事であることはいまさら言うまでもない。
大阪遠征も決行した。
紀伊國屋書店梅田本店さんでは読者と著者が交わるイベントを開催。梅田本店・百々さんのユーモアあふれる司会ぶりでフレンドーな時間が流れていた。終了後にここそこで名刺交換が行われる、まさに交流の場。そこに来てくださった梅田 蔦屋書店さんの担当さんも交えて、横のつながりも生まれた。今も一等地に並べて売り伸ばしてくださっている。

なぜ関係は築かれたか?

どうしてここまでの展開ができたのだろう。

もちろん英治出版さんの営業力と関係構築力の賜物であることは間違いない。もうひとつ挙げるとするなら、当事者としてすでに書店員さんに関わってもらっていたから、ということがあるかもしれない。

あるイベント終了後の雑談で、書店員さんからこんな言葉をいただいた。「発売前の営業で、表紙デザインとコピーを相談していましたよね」と。発売後は広めることに必死で、すっかり忘れてしまっていたのだけど、そうなのだ。発売1ヶ月前に、受注案内と同じタイミングで、書店員の皆さんに意見を聞いて回っていたのだった。しかもそれは相手を制作段階から当事者にする、という戦略めいたものでもなんでもない。心の底から「他者視点」の意見が欲しかったのだった。
実は、帯コピーに「資本主義」というキーワードを入れるのも書店員さんのアイデアだった。表1ラフを大きく変えて、ゼロベースで作り直したきっかけをくれたのは、現場の意見だった。
雑談を聞いていた著者の佐宗さんがひとこと。
「発売前から当事者になってくれていたんですね」と。

全部やるけど、全部はできない

あさま社は、創業者ひとりで運営している。「ひとり出版社」の部類に当てはまると思う。だけど、「ひとり」にこだわっていないし、こだわろうとも思っていない。いやむしろ、多くの人がこの舟に乗り込んでほしいな、その関わりシロが大きくあるといいなと願っている。

これからの数年、どこかのタイミングで自分の足で立ちたいと思いはすれども、年に1冊ペースでは採用でメンバーを迎え入れることは到底できない。給料を稼ぐために本を作る、となるのは本末転倒だ。機動力を守るために人件費にはとても慎重な判断をせざるを得ない。これはベースにある。

でも。一方でもっとたくさんの人と知恵とスキルを出し合って仕事がしたいと願う。「発注・受注」の関係を超えて、1冊の本をどうすればいいものにできるか、どうすればもっと広められるか。そんなアイデアを本気で出し合える関係が多方面で結べるといいのになぁと、心から願っている。

実は、昨年秋に登壇の機会があった。ひとり出版社の創業について話をしてほしいと依頼を受けた。人前で(小さな規模ですが)話す機会をいただいた。人前で話すに苦手意識があるのでこれ幸いと引き受けた。すると、参加者の中から「できることがあれば手伝います」「いつでも声をかけてください」と言ってもらえる出会いがあった。

「働き方」や「会社」という組織形態の話になるかもしれないけど、あさま社という出版社が、誰かの「やりたい」や「社会的な貢献」の媒介(メディア)になればいいと思う。「やりがい搾取」なんて言葉も思い浮かぶのでその方向には重々気をつけながらかもしれないが、もっと「やりたい」「つくりたい」という根源的な欲求と、購買者(読者)をシンプルにつなぎ合わせたい。これは実は、「じぶん時間を生きる」という本の肝にもつうずると個人的には確信している。どういうことか。

外部に適応するだけの人生だった

自分の半生の話をする。

2年前にあさま社を立ち上げて、今、清々しい気持ちで日々の仕事に取り組んでいる。すべての仕事に意味がある。Amazonや書店のPOS で1冊の本が売れることを目にする。そのすべてが有り難いことで、心から喜べる自分がいる。編集だけでなく経営を行うと、こんなに1冊の本の「実売」をありがたく感じるとは思ってもいなかった。
献本のため封筒にで本を入れ、「封」を閉じる。願いを込める。手にとってくださった人が喜んでくれるように。祈るように、テープで止める。その切れ目にまで思いを込める。「右から左へ」、流れるような仕事は一つもなく、すべてが生活の一部であり続ける。これほど、自分と会社と生活が一体となる人生があるとも想像していなかった。

思い返すと、「つくる」ことを忘れた人生だった。
小学校の頃は、漫画を描くのが好きだった。中学に入ってからは詩らしきものを書いてはプリントしていた。だがいつの頃からか、それらは机の抽斗にしまわれ、忘れ去られた。

就活の時期を迎え、「自分のやりたいことは?」「適性は?」「向いていることは?」と矢印を向けた。何も出てこなかった。代わりにとにかく適応の能力を磨いていくことにばかり意識が向かった。何社会社を渡り歩いても「ここではない感」は消えなかった。人生も40を迎えるというのに、転職や履歴書のことは頭の片隅から離れず、目に見えないキャリアの呪いに囚われていた。

2020年、軽井沢に移住をして、会社をつくった(子どものおかげだ)。
すべては偶然の流れだったが、そのなかで「つくる」を再開した。「つくる」楽しさを思い出していった。「つくる」自分を取り戻していった
かつて、どこかに理想郷を思い描き、肩書きや他者評価や年収や仕事内容で自分を規定しようとしていた自分は、どこか「着ぐるみ」をきた自分のようだった。自分じゃない感覚がしていたけれど、そこにはあまり自覚的ではなかった。
今は、自分と会社が限りなく近い。自分が心から発信したい「想い」を会社が代弁してくれている。当然だ。自分が心の奥底から取り出したミッションなのだから。

すると不思議なことに、日々の仕事のひとつひとつも自分に馴染んだものに変わっていく。本づくりというこれまで10年続けた行為であっても、そのひとつひとつの所作の意味はまるで変わった。出版社を「つくる」をとおして手にしたものは、「ようやく自分として仕事ができる」という清々しさだったのだ。

"ともにつくる"を実践する


2024年はどんな年になるか?

コーチングをお願いしているコーチと対話をしているとこんな言葉が出てきた。「険しい時代」。これは自分の心配症が出した言葉だろうか? もしかしたら多くの人が共有している潜在意識ではないかと思うけれどどうだろう。

個人的な感覚として思う。コロナの3年を経て、23年はこれまで続いてきたものに終わりに兆しが見え、24年以降それが加速度的に進んでいく。昭和の価値観はいよいよ終わりを迎え、かつてあった「古き良き」は本当に「古き良き」へと忘れ去られていく。書店の閉店を出すまでもなく、出版業界全体では明るい未来は描きにくい。人口減少という大きな波の中で、かつて成立していたものが、次から次へと成り立たなくなっていくのが24年以降ではないかと思う。

そのときに、必要なものはなんだろう?

何かに依存し、決定を任せていると不満しか出てこない。あまりに無防備だ。一方で、成り立たなくなった社会やルールを、作り直すタイミングに来ているとも言える。リノベーション。規模や計画や人とのつながりを、今あるスケールで再設計する。そのときに大事なのが、自分が人生の当事者であり、物事はつくれるのだという手触りではないか。

冒頭の書店員さんとのやり取り、そして「じぶん時間を生きる」の展開におそらく再現性はない。戦略として他人に伝えるようなメソッド化もできない。
でも、よく考えてみると、これから起こる出来事は、メソッドで再現できることの方が少なくなる気もしている。再現できるかどうか、よりもむしろ「そのやり取りに体温を感じられるか」どうかではないか。どれだけ不可能性の世界に体重を掛けられるか。その重心の掛け方の違いは、やったことがあるかどうかで決まる。

書店員さんとのやりとりに一つとして同じものはなく、目の前の会話にていねいに応えていった結果にすぎない。けれど、そこには喜びのようなものが通っていた。会社員時代にPOS の数字といくら睨めっこしても得られなかった「反応」が「体温のあるやり取り」として目の前に現れていたからだ。これを私自身は手応えと感じ、あさま社としてストックになっていくのではないか、と想像している。(やっぱり願いを込めて)。

2024年、漕ぎ出していく方角は?

2024年のあさま社は、「ともにつくる」を掲げた。
本当に本のことを考えられるプロの方と、本を真ん中において知恵を出し合いたい。受注・発注という関係を超えてつながりたい。自社の本だけでなく、宇宙のような「本」のストックから、1冊1冊取り出して、愛でながらら、知らないことを学び合いたい。

その輪を広げていきたい。

自分が「つくる」感覚を取り戻していったように、今度はチームとして他者とかかわりながら、「ともにつくる」ということがどのようなことなのかを考え抜いてみたい。その先に、あたらしい「会社」の在り方や社会や自治やコモンの可能性があるかどうかはわからない。けれど、エネルギーの交歓によって、閉塞感を打ち破るような、新しい何かを感じ取ることができるかもしれない。

今年はどんな出会いが待っているのか。
正直、不確定要素や不安は見つけようと思えばたくさん転がっている。いるんだけど、それをかわしながら、それに勝る出会いのほうに目を向ける。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。少しでも興味を持っていただけたら、ぜひどこかで出会えるとうれしいです。
                                                                                       (文責:坂口惣一)
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*カバー写真は昨年末に訪れた蓼科親湯温泉

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