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Philipp Schöpke:人物の検査として描く(アウトサイダーアート)

Philipp Schöpke:人物の検査として描く(アウトサイダーアート/アール・ブリュット
フィリップ・ショプケ(フィリップ・シェープケ/Philipp Schöpke,1921-1998/オーストリア)アウトサイダーアーティストだ。

フィリップ・ショプケ(Philipp Schöpke)は、精神科医であるレオ・ナブラティル(Leo Navratil)のすすめで最初に描いた。
それは、透明な体を持った奇妙な姿を示しており、その中には内臓が見える、それを鉛筆や色鉛筆で描かれていた。
心臓、肋骨、腸だけでなく、生殖器も表現され、ある時は、身体の境界を超えていた。頭部とのバランスで神や歯にポイントを置いている。
描かれた身体を文字や数字などを、記号的にシステム化して、画に入れ込んである。そして、それは、絵に取り込められた「システム」の暗号のようだ。

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by Philipp Schöpke

また、皮膚を通して見える体の内側のこの方法を、犬、アザラシ、魚などの他の生物に移植している。
詳細な事だが、ショプケは、例えば、フットボールの試合などの日常の出来事を含んだトピックも描いた。その後、そのフォーマットは大きくなっていく、但し、紙の制限でもある100cmを超えることは少なかった。
そして、1980年代の間に、彼の男性と女性の描写の頭はどんどん大きくなり、歯の数は100倍になった。実にワイルドなオーラだ。
彼は最初に図をスケッチし始め、次にシート全体をダイナミックで濃い色の線で覆い制作する、それが彼の作品の表現の感情的な増幅につながっていった。

略歴-Philipp Schöpke
1921年、エルラッハ(Erlach/ローワー・オーストリア)で生まれた。
フィリップ・ショプケは若い頃に学習困難を抱えていた。彼は、元気ではあるが、兵役についた後に、そこでの過ちが多すぎ、軍隊から不適格とされた。彼は、様々なアシスタント的な仕事で働いたが、結局は精神科の病院に入ることになった。
フィリップ・ショプケの人生は、当時は、うつと躁状態の相互からなっていた。(双極性障害)
1956年から、フィリップ・ショプケ(Philipp Schöpke)は、芸術家の家(マリア・グギング/Gugging)に、継続的に滞在した。
1979年、ヘイワード・ギャラリー(Hayward Gallery/London)で展示された。ヨハン・ハウザーオズワルド・チルトナーアウグスト・ヴァッラなどのGuggingの有名な作家や、ハインリッヒ・アントン・ミュラーアドルフ・ヴェルフリマルティン・ラミレスなどの国際的なアウトサイダー・アーティストの作品と共に展示され、その時点で著名になる。
1981年に芸術家の家(Haus der Künstler/House of Artists in Gugging)所に移り、そこでドラフトマン(draftsman/立案者)として名を馳せたと言えるだろう。

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Philipp Schöpke

Guggingのアーティストの人気メンバーとして、フィリップ・ショプケはいつも冗談を言っていて、笑うことが多かったと言われる、楽しい性格だったのだろう、それは作品からも感じられることだ。


(註)フィリップ・ショプケ(Philipp Schöpke)は、アール・ブリュットとして分類されるが、その事にも疑問符が最近持たれるようになるが、そのジャンル分けより、「作品」をご覧いただきたい。ジャンル分けには、ただ、芸術史的言説で継続的かつ批判的に議論されている。アールブリュッ? 部外者の芸術? 思考と主張の図? このアールブリュッへの反論も一理はあるのだ。後日記載したい。
また、グギング(Gugging)では、彼らは芸術作品と芸術療法を区別しているのだ。そして、私的にも、便宜上の覚書としての仕分けとして、アアウトサイダーアート(アール・ブリュット)としている。


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