【創作】深夜、浴室で【スナップショット】
雨の音が聞こえる
うん
静かだね
夜の雨って静かで好き
そうだね
聞いていると
吸い込まれていきそう
ううん、きっと吸い込まれる
きっと夜の奥に吸い込まれるんだ
吸い込まれたら？
多分もう戻って来ない
どこに行くのか分からない
私は多分そんな場所を
ずっと望んでいたと思う
私が普段どんな生活をしているか
聞きたい？
君が言いたくなければ
言わなくていいよ
何で私がここにいるかも
それも君が言いたくなければ
言わなくていい
ありがとう
そう言ってくれるのが
嬉しい
ここでは普段の自分じゃなくていいから
とても落ち着いて話せる
私もそうだ
きっと普段の私は私じゃない
でもここにいる私も私じゃない
きっと違う何か
私たちは名前を失ったから
そう
夜のホテルって静かだね
人間が滅んだ後みたいに静か
人間が滅んでも雨は降る
そう
私たちがいなくなっても
いなくなっても
死にたいと思ったことはある？
あるよ
私も
私はね、誰も私を知らない場所で
死にたいと思ってた
普段の君を知る人がいない場所で
そう
猫みたいにさ
猫って自分の死期を悟ると
飼い主の元を離れて
どこかに行っちゃうって
きっと自分の親しい人に
弱った姿を見せたくないんだろうけど
でも、君はそうじゃない
うん
私は家族や普段の私の周りの人が
どう思うか関係ない
どうでもいいと思っている
ただ、私も猫みたいに
誰も知らない場所に行くんだ
名前を失くして
年齢も失くして
全部の過去も失くして
ひとりで？
いいえ
私を良く知らないけど
一緒にいて心地いい
あなたみたいな人と手を取って
こんな風に
迷路みたいなホテルの中に入って
この世界を出て行く
出て行った先には？
分からない
何があると思う？
きっと何もない
うん
そうだね
きっと溶けて
雨になるんだ
それで夜の中に消えていく
苦痛も何もない
何もないことも感じない
私は小さい頃自分が死ぬのが怖かった
でも最近はそうでもなくなっている
私も同じだ
死ぬのは嫌だけど
そう
まだ嫌ではあるけど恐怖ではない
多分今の自分の外側に
出て行く場所があると考えることで
気持ちが落ち着くんだと思う
苦しみから逃げる場所
痛みを感じない場所が
必ずあるから
だから、現実にも耐えられる
私も、きっと君も
そうだね
ありがとう
少し気持ちが落ち着いた気がする
言わなかったけれど
色々あったから
いいんだ
ずっとこうしていたい
でも、そんな風に思えるのは
きっとこんな時間に
終わりが来るからなんだろうな
終わりが来て
私たちはまた
昼間の中にもどっていく
また自分にはしっくりこない
名前を付けて
夜なんてなかったふりをして
痛みなんてないふりをして
そんな風に生きて
またいつかどこかで
夜の中に迷って
多分私たちはまた会う
そう、きっとね
そんな風に生きるよ
ありがとう
のぼせてきたから
先に出るね
うん
雨、上がりそうにないな
（終）
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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