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【創作】霧の山中で【スナップショット】


 
 
 
雨が降ってきましたね
 
不思議な天気
青空が見えて光は差し込んでくるのに
森には霧がうっすらと立ちこめていて
大粒の雨が降ってくる
狐の嫁入りですね
 
何ですか、それは
 
言い伝えですよ
天気雨の日は
狐が嫁入りする日だって
 
美しい言葉ですね
 
あなたは人間ではないのですね
 
急にどうしてそんなことを?
 
ごめんなさい
さっき、隠れて
スマホであなたの写真を撮ったんです
そうしたらあなたは映っていなかった
あなたは不思議な感じがしたから
何か予感のようなものがあった
 
そうですか
それでもあなたは驚いていないようだ
 
ええ
この山には昔からよく狐が出て
人を騙すって聞いていたから
昔、ある農夫が
山中で凄い美人に出会って
一緒に温かい温泉に入りながら
お酒を飲んで
いい思いをしていたら
そこは冷たい泥沼で
危うく溺れるところだったって
そんな話も聞いた
あなたも狐かもしれない
 
それは狐に迷惑なんじゃないかな
 
そうかも
きっとあなたは
何かこの世を超えた存在なんでしょう
私が昔好きだった男の子
顔は似ていないけど
あなたの柔らかい雰囲気、オーラが
あの子を思い出させる
それが
あなたと一緒にこうやって
山を下っていた理由
あなたが物の怪でも驚かない理由
久しぶりにあの子のことを思い出していた
 
それなのに
あなたはどこか悲しそうだ
 
喜んでいいのかは分からない
私は昔、彼と一緒にいるために
彼の写真を撮っていた
彼の美しい姿を残そうと
いえ
ただ彼といるだけで幸せだった
そのための口実に写真を撮っていた
今振り返ると自分は
そんな楽しみに振り回されて
人生を棒に振ってしまった気がする
見ることの快楽
一時的な快感に溺れて
あなたを撮っても
画像に何も残らないように
私の手元に残らないものばかりを
追い続けて
とうとうこんなに歳をとってしまった
 
それはよいことではないかな
人間は我々と違って
不滅の存在ではない
あなたが美しいものを追い求めることは
とても美しいこと
そしてその追求には
いつか終わりがくるから
あなたは生きたと言える
 
ええ
私もそうやって
自分に言い聞かせて来た
でも時折
そんな言葉が何の慰めにもならなくなる
美しい女性と温泉に入っていた農夫が
そこはただの泥沼だと気づくようなもの
気づかなければ死んでいたけど
死んでいた方が幸せだったのかなとも思う
 
それでも、あなたはもう気づいた
それは幸福ではないかもしれないが
決して不幸なことではない
ガラスのレンズや電気の光の中に
あなたの幸福は映らない
あなたの幸福は
あなた自身の中にあることを
知っているのだから
 
あなたの姿が霧の中に消えていく
光と雨と混ざって
どこに行くのですか
 
あなたはきっとそれも知っている
 
狐の嫁入り
今日はあなたの結婚の日なのですか
 
もしそうだとしたら?
 
私はまた一人取り残される
また一つ
自分にとって大切なもの
本当に美しいと思ったものを
失うことになる
過ぎ去って通り過ぎて
霧のようにつかめなくて
いつしか消えてしまう
手を振り回しても届かない
私は見ることしかできない
 
大丈夫
それでもあなたは覚えている
いいえ、私を忘れたとしても
そこに意味はある
あなたはずっと
写真を撮り続けているでしょう
それはよいこと
時間を切り取って
覚えておくことではなく
切り取り続けることに
意味がある
そうやって生き続ければ
いつしかその切り取られた時は
血の通わない機械に映る姿以上のものを
あなたに見せるだろうから
 
それは何ですか
 
あなたの人生
あなたが望むあなた自身です
 








(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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