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【創作】演劇部の部室で【スナップショット】


 
小道具運んでくれて、ありがとう
昼休みにごめんね
部員がみんな出払っていて

全然構わない

お礼にね
演劇のチケットがあるんだよ
私と一緒に行こうよ!
 
いや、行かないよ
 
何で? ケチ
この女優さん、すっごい名優なんだよ
 
舞台には興味ないんだ
 
この人が凄いのはね
喋りと歩き方だけで、
幼女からおばあちゃん、
外国の王子様まで演じられるんだよ
衣装も変えずに!
本当にそう見えてくるんだよ!
 
また今日も人の話を聞いてないな
なるほど、でもそういうのは僕には
ただ女優が声を変えている
だけにしか見えないね
そんなのは観客の思い込みだよ
 
分かっていないなあ
その思い込みを作れるのが
演劇の醍醐味なんだよ
人が目の前で変わる瞬間を見るの
例えばそう
こうやって髪を下ろして
おでこを出せば
ほら、君の好きなあの子に変身
 
顔は似ていない
 
私は演劇部
顔がどうだろうと
声色と喋り方と仕草を変えれば
どんな人も演じられる
 
ほんとかな
 
あーあー、よし
わたし、お風呂上りに
アイスを食べるのが大好きなんですう
 
バカにしてるのか?
 
結構似てると思うんだけどな
じゃあこういうのはどう?
わたし、あなたのことが
好きなんです
 
声のトーンは似てきた
 
片思いの子を演じさせて
自分に都合のいいことを言わせて
虚しくならない?
 
急にどうした?
君が勝手に始めたんだが
 
彼女は綺麗なお嬢様
送り迎えはいつも
お父さんの高そうな車
でも嫌味は全くなくて
誰にも優しくて口調は丁寧で
物腰はお淑やかで丁寧な言葉遣い
そんなところに惹かれたの?
 
まあそうなのかもね
自分の周りにはない世界に
彼女はいるからね
 
叶わない思いを持ち続けて
何もないふりをして喋るなんて
辛いよ
そのうち耐えられなくなるよ
 
話せるだけで幸せなんだよ
 
さっきもそうだったね
ほらこんな風にさ
ありがとうございます
いつも優しくしてくださって
本当にいい人ですね
 
急に演じておかしくならないのか
しかも、自分からかけ離れた人間を
 
自分から遠い人物を演じるから
自分自身でいられるんだよ
この女優さんが言っていたんだ
演技というのは
透明なグラスに
色のついた水を注ぐようなものだって
グラスは透明だけど
ほんの少し色がついていて
水の色とまざって
鮮やかな新しい色を創り出す

面白い考えだね

私は彼女の色を知っている
彼女の特徴や情報を全部頭の中に入れて
それを自分の器の中に
流し込むんだ
そうすると、自動的に
自分がその色に染まっていく
役と共鳴するところがあれば
さらに輝いていく
 
なるほど
でもそんな考えで仕事をしていたら
現実の方が役に引っ張られる
ことなんてないのかな
 
それはまあ多少あると思う
でもだからこそ面白いんだよ
舞台の上の虚構が
現実と混ざっていく
それは退屈な現実以上の何かなんだよ
 
僕はぞっとする
自分の現実が
そんな風に変えられていくなんて
 
私は好き
だって普通に生きていたら
ただのちっぽけな自分でしかないのに
自分以外のものに変わることで
自分には出来なかったことができる
自分が見られなかった光景が見える
よし、じゃあ
その良さを分かってもらうために
私が君のために
さっきの現実の続きを演じてあげる
 
うーむ
 
いつもこんな私に
優しくしてくれて
ありがとうございます
こうやって
周りに人がいなくて
二人きりで
お話しする機会って
実はあまりなかったですよね
でも嬉しいんです
私はいつもおしとやかで
お嬢様だって言われて
心のどこかが疲れてしまっています
みんな私と話す時、窮屈そう
でも、あなたはいつも自然体で
飼っている猫の話だとか
空が綺麗な写真の話だとか
他愛もない話をしてくれて
私は息をつけます
みんなの中に私もいていいと思える
だからあなたと話すのが好き
これが私の本音なんです
 
この前僕が彼女と会話した内容を
よく知っているね
よく観察しているなあ
 
あなたは私と違う世界に住んでいると
思うかもしれないけど
私はあなたの世界に入りたいと
いつも思っていました
覚えていますか?
去年の夏の林間学校
気持ち良い森の中に光が降り注ぎ
あなたは笑顔で
川辺を歩いていましたね
あなたは輝いていて
私はあなたから目を離せませんでした
あなたは私を見ているけど
私があなたを見ていることを
あなたは知らないでしょう
あなたと話すだけで
私が幸せなことも
ずっとずっと
あなたを好きなこの想いを
胸に秘めていることも
 
なるほど、これはなかなかうまいね
よく彼女の雰囲気をとらえているよ
即興でこれだけ喋れるなんて
さすが演劇部
でも、一つだけ
去年の林間学校は
僕らのクラスは森だったけど
彼女のクラスは海だったんだ
 
知ってるよ










(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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