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【創作】駅の待合室で【スナップショット】


 
 
久々の外の空気は素晴らしいな
 
ようやく戻って来れたんだね
 
ああ
ここでは空気が動いている
風で人が動いていることを感じるんだ
自分が生きていることを
実感するよ
 
言おうかどうか迷っていたけど
あの人はやっぱり無罪になりそう
 
そうだろうね
もう判決があって
僕が収監されたのだから
覆ることはもうないだろう
 
でも、何かの可能性が
 
いや、もういいんだ
僕はこれからの自分の生活しか
考えていないよ
 
あなたは冤罪なのに
彼をかばうの?
 
かばってはいない
ただ、世の中に
どうにもならないことがあることは
理解している
彼がこの後どう生きようと
問題ではない
 
私は納得できない
彼は罰を受けなきゃいけないし
報いを受けるべき
でなければ、あなたが
この年月苦しんだ意味がなくなる
 
勿論そうあるべきだろうね
それが人間の社会だから
でも、それがうまくいかない
場合だってある
社会は真実をもって
白黒はっきりすべきだけど
それはあくまで原則で
現実の全てではないのさ
 
そんな悟ったことでいいの?
 
悟っていない
僕は誰かが報いを望んだり
復讐したりすることは否定しないよ
そうやって怒りを解消することや
正義の鉄槌を振りおろすことが
その人にとっての生きがいなら
そう行動することも悪くはないさ
許されるかどうかは別にしてね
でも僕にとっての生きがいは
それじゃない
僕がほしいのは人生なんだ
僕はもう若くない
自分の人生を取り戻したいんだ
それは復讐や制裁では
決して手に入らない
 
あなたは、生きたいのね
 
そうなんだ
僕の人生は何年か失われて
幸いにしてまだ残っている
それほど長くはないけどね
だからこそ、望むのは
自分の人生だ
怒りと憎悪はもう十分見た
ただ今は自分の愛する人と
穏やかに日々を過ごして
笑っていたい
それが君とだったら
これ以上望まない
 
ありがとう
私もそう望んでいる
でも、このまま外に出たら
世間の目が厳しいことも
 
分かっている
でも、本当に必要なのは
結局、今その人を信用できるかだ
自分が誠実であり続ければ
きっと信じてくれる人もいるだろう
大切なのはそういう確信なんだと
色々な人を見て思ったよ
 
あなたの眼はすごく穏やかで
きっとみんなが信じてくれると思う
 
まあ、ごく少数の人には
自分が冤罪だったことを
伝えるかもしれないね
自分より心配なのは
君のことだ
君に待たせていたということ
君の人生を狂わせること
それだけが気がかりだ
君がこれからを不安に思うなら
この駅で
僕と反対側の列車に乗ればいい
それを否定しないよ
 
私は大丈夫
あなたの今の言葉を聞いて
信じたいと思っていたことが
確信に変わった
私も残りの人生をあなたと過ごすよ
同情でなく
私はあなたの揺らぎのなさに
自分の人生をみつけた
この年月
私はあなたを待っていたんじゃない
あなたと生きる準備をしていた
 
よかった
そう言ってくれる人がいる僕は
とても幸運な人間だ
 
怒りは消えないけど
 
まあ、別に罪に怯えていなくても
僕は今の彼が幸せとは全く思わないな
金と全く信頼できない家族と部下がいて
一体何が幸福なんだろう
幸福は長続きしないというけど
幸福の間を埋めるのは信頼だ
持続する信頼と、いくつかの幸福があれば
多分残りの短い人生は乗り切れる
それは不幸を金で埋めるよりも
ずっと強いはずさ
 
ありがとう
あなたは以前よりも
ずっと強く
穏やかになった
きっとこの先何があっても
一緒にいられると思う
 
ああ、多くの障害を経て
ようやく僕らは
自分自身の人生を
手にしたのだと思う
僕らがこの年月を生きたことには
意味があったんだ
 








(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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