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塑性変形の解明に身を捧げた6年間 〜転位の振る舞いと降伏点現象〜

前回に引き続き、学生時代に取り組んでいた研究の話です。前回は何を研究対象にしていたのかについて書きました。

取り組んでいた主なテーマは、塑性変形という現象を数値解析の技術を利用して詳細に理解すること。高専で3年間と大学院で3年間の計6年間という長期スパンで取り組みました。

今回は高専での3年間の研究の話をします。

高専の研究テーマについて

高専で取り組んだ研究のテーマは「軟鋼の降伏点現象に起因する不均一変形の有限要素法による解析」です。

まずは「軟鋼」について。一般的に使用される鋼材には炭素が含まれています。炭素含有率で名称が分かれますが、軟鋼は炭素含有率が0.1~0.3%の鋼材です。

次に「降伏点現象」について。材料の特性を見るときに使われる「応力ーひずみ線図」で説明すると分かりやすいのですが、軟鋼にはある特有の変形の過程が存在することが知られています。

・上降伏点から下降伏点へ応力が落ちる(降伏点降下)
・応力が一定状態のまま塑性変形が進む(降伏棚)

変形には大きく分けて2種類あります。負荷を解除すると元の状態に戻る「弾性変形」と、負荷を解除しても元の状態に戻らない「塑性変形」です。

降伏点(上降伏点)とは、巨視的(マクロ)な視点で見ると、弾性変形から塑性変形に変わる瞬間です。その際に発生する「降伏点降下」「降伏棚」を合わせて、ここでは「降伏点現象」と呼んでいます。

この降伏点現象の有無により、塑性変形にどのような差が出るのか。それを「有限要素法」という技術を利用したシミュレーションで観察する。それが高専で取り組んだ研究の話になります。

有限要素法の話はこちらの記事で書いているので、ここでは省略します。気になる方は後ほど読んで頂ければと思います。

転位の増殖と飽和について

ここからが今回の本題。転位から見た研究の話です。

転位と降伏点現象の関係が深い現象があります。そのひとつが前回で紹介した「リューダース帯」です。

このリューダース帯は原子面でズレが発生すること(すべり)が原因で、その際に転位が発生するという話を前回しました。

塑性変形の進行は様々な所ですべりが発生すること、すなわち、転位が増殖することに相当します。また、一度すべりが発生すると、弾性変形で必要とするよりも低い応力で、変形が進行することが知られています。

これが降伏点現象を説明する考え方のひとつです(応力降下から降伏棚に至るまでの話です)。

そして、もうひとつのキーワードとなる転位の飽和について。転位はすべりに伴い運動しますが、他の転位や結晶粒界(金属内部の結晶粒の境目)にぶつかることで動きが止まります。

上記の画像は金属の結晶構造を模擬したもので、黒線が結晶粒界です。青点と赤点(プロット)が転位を表していて、結晶粒界で転位が集まる様子が分かります。

結晶内部ですべりが十分に発生すると、今度は増殖した転位が堆積するので、最終的に転位が飽和状態に達します。ここまで来ると、次第に塑性変形が進行しにくくなります。いわゆる「硬化」の状態です。

応力ーひずみ線図で言うところの、降伏棚の先の領域の話です。一般的に「加工硬化」と言われます。結晶粒界に堆積した転位群が今度は破壊の要因に転じて、最終的に巨視的(マクロ)な破断を迎えます。

降伏点現象を有限要素法に適用する

ここまで転位の挙動の観点から降伏点現象を説明しました。今回の研究の目標としては、転位の挙動を考慮したシミュレーション(有限要素法)の手法を開発・実証することでした。

降伏点現象を物理的な観点から説明し、構成式(応力ーひずみ関係を数式で表現したもの)として提案した研究結果がありました。これを有限要素法に導入するという話です。

この構成式を有限要素法の計算プログラムに導入したものを、指導教員が過去に作成していました。私の主な取り組みとしては、それを流用して現実的な問題で検証を進めることでした。

研究成果としては、降伏点現象を考慮することで、塑性変形の進行が局所化かつ早期化することを、シミュレーションで実証しました。これは現実に良く則した結果でもあり、シミュレーションの妥当性を示す良い事例になりました。

ちょうど良い画像がありませんでしたが、上記のようなモデルで色々と試しました。この研究の強みは「転位の挙動を取り入れた塑性変形の解析手法の確立」で、それに成功した一例として、外の学会などでも紹介させて頂きました。

おわりに

今回は高専で取り組んでいた研究を紹介しました。

有限要素法の計算プログラムを理解するのに大変苦労しましたが、この経験から計算理論をソフトウェアに組み込むことを体感させて頂きました。それは現在の仕事の根幹でもあるので、大変貴重な経験でした。

加えて、転位という未知の存在を知り、後に大学院で転位を深く知りたいと考える動機にもなりました。その後の話はまた次回にしたいと思います。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。実際は非定期ですが、毎日更新する気持ちで取り組んでいます。あなたの人生の新たな1ページに寄り添えたら幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

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