見出し画像

夜雨のジェラート


旅先で出会った人にメイクをする。

そんな一つの夢が叶ったシドニーでの話をしよう。

私が一週間寝床にした場所はゲストハウスのドミトリールームで、2つの二段ベッドに世界各地から4人の旅人が集まってくる。

私がいたときはスペイン、イギリス、韓国のバックグラウンドを持った女性がいた。

そのなかで意気投合したのが、韓国の釜山から来たオンニ。
(韓国では年上の女性のことを親しみを込めて언니 (オンニ:お姉さん)と呼びます)

初めて対面したときから溌溂とした笑顔が印象的で、少し話しただけでなんだか元気が出るような人だった。

海外へのひとり旅ともなると、勇気という名のボルテージが加減を忘れるらしく、会った次の日にはディナーに誘い、宿近くのイタリアンへ。

オーストラリアは何でも一人前の量が多くて、ここの人たちの胃袋は一体どうなってるのか。。。と食事のたびに悩ましくなり、それと同時に、シェアできる人がいれば。。。とほんのり寂しくなることもあった。

それらを経て、小さめのピザ一枚とスパゲッティ一皿を半分ずつ、オンニとシェアできただけで、私はニヤニヤしていた。 

お互いの国の話、好きなドラマの話、恋愛の話、仕事の話、これからの話。

拙い英語と韓国語、身振り手振りが多めの会話でも、確かに通じ合っていたし、「雨のなかも悪くないね。」とあえてテラスを選んだのは大正解で、パラソルの下、あんなに夜の空気までもが美味しいと感じたのはいつぶりだったか。

釜山の大きな病院で看護師をしているというオンニはやっぱりパワフルで、そして強くあたたかな優しさがあった。
コロナ禍でずっと休みなく働き続けて、やっと取れた10連休のバカンスらしい。

お腹を満たして私たちの住処についたあと、私が「アイスを食べたい。」とつぶやいたら、ベッドにつけた背中をわざわざ起こして、「가자 가자 !(行こ行こ!)」と賛同してくれた。

「ここはどのお店も閉まるのが早いくせに、ジェラート屋さんだけ夜中まで開いてるのウケる。」と二人して笑いながら、わずかな街灯を頼りに、しめって光るアスファルトの上を早歩きで向かう。

駅前のジェラート屋さんはいっちょ前の賑わいを見せていた。
”ラム”の発音に苦戦しながら、ありついた豪快なジェラート。

マンゴーココナッツとラムレーズン。

「幸せすぎる~。」と言いながら、少し寒かったけど、その幸せのせいで冷たさはほっこりした温かさに変わり、心に残るものだった。

迎えた次の日、私の最終日の朝。おおらかな青空と太陽の下、オペラハウスが一望できるホテル自慢のテラスで、オンニにメイクをした。


海が似合うような生き生きとした印象と、芯の強い優しさを兼ね備えたイメージをメイクで重ねる。


柔らかい丸みを帯びた目元にはオレンジのグラデーションを広げて、繊細なゴールドのラメで大人らしさを。

元気なハイトーンヘアに合わせて、シンプルなベージュのアイブロウ。

太陽の光を跳ね返すように、ヘルシーな色味のチークを頬全体に広げて。

少しイエローを混ぜて、馴染み良くした赤リップがよく似合う。

きらきらした上品なハイライトをちらしたら、あとは私の気持ちをのせるだけ。
(ひみつの隠し味みたいに言う)

言葉だけでは足りないくらいの気持ち、いや今回の場合は言葉では十分に伝えきれない気持ち(語学の問題)を、メイクは伝えられる力がある。 

「どんな時もこの顔でいたい。」と喜んでくれたオンニ。でもそれは元から持っている美しさなのだということをわかってもらえたかな。

出会いは一期一会というけれど、本当にそうで、シドニーという異国地の地でできたメイクは私にとっても幸せそのものだった。

すぐ溶けてなくなるくせに、甘ったるい余韻を残すジェラートと同じくらい。

あの日のメイクは、そんな余韻として私の体に残り続ける。そして今頃、釜山で働いている彼女にとっても、あのときの思い出が少しでもパワーになっていることを願っている。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?